脳に埋め込まれたチップが心を読み取る!

イーロン・マスク氏のNeuralink社が、Brain-Computer Interface(BCI)(脳の思考をコンピューターに伝える装置)を初めて人の脳に埋め込んだと、マスク氏がツイートしたことに関連するニュース記事が2月2日号のNature誌の掲載されていた。記事のタイトルは「Elon Musk’s Neuralink brain chip: what scientists think of first human trial」である。

自分の考えが伝えられない一部の患者さんたちにとっては希望の光であることは間違いない。埋め込んだチップが脳の考えを読み取り、ワイアレスでコンピューターに情報が送られ、テキストや話し言葉で伝えられるようになるのである。病気が進行したALS患者さんは文字盤上の字を目の動きで追いかけて言葉を読み取ってもらっているが、このような技術が利用可能となれば、簡単に意思伝達を行うことが可能となる。

当然ながら、頭皮上に着けた装置と比べれば、埋め込み型チップは感染症のリスクやチップによる短期的・長期的な副作用問題が起こる可能性は否定できない。日本だと安全性を確認してから・・・・と非科学的な指摘が起こるであろう。しかし、考えを読み取る実験をマウスでできるはずもない。死に直面している患者さんに、安全性を確認するのが優先すると言って、常識的にはその患者さんの望みを絶つことが日常茶飯事として起こっている。

イーロン・マスクのこの臨床試験が、米国の臨床試験データベースClinicalTrial.govに情報が登録されておらず、透明性が保たれていないという批判がある。ただし、米国FDAはこの臨床試験の実施を認めたそうだ。オープンな形で情報共有すれば、もっと研究開発が早く進むと透明性を強く求める声は多いが、技術開発が知的財産権につながるので、世の中は綺麗ごとだけではすまない。いつも言っていることだが、米国から新しいものが生み出されるのは、この可能性に賭ける精神だ。今朝新聞を読むと、「日本製のクラウド創出に6億円の補助金がでる」ことが一面で取り上げられていた。桁が3桁ほど少ないのではないのか。誰が考えても、「Too Little」だ!

必要なものに、必要な資金を提供しないと、すべて水泡に帰す。

 

科学を蝕む不正研究者;科学的評価が根底から崩壊する?

Scienceの2月2日号に「Citation manipulation found to be rife in math」と言うタイトルの記事が出ている。科学者の評価の指標の一つとして、論文の引用(citation)回数が用いられることが多くなってきた。その指標の信頼性を根底から揺るがす事象が起きている。一部の数学研究者がカルテルを組んで仲間の論文を引用し合い、カルテルメンバーの論文引用数を故意に引き上げている(targeted citation)というのだ。

論文捏造工場に加えて、このような引用回数を人為的に操作するようなカルテルが横行すれば、科学に対する評価基準が失われることになる。最低限の守るべきモラルが次々に損なわれ、カオスの時代になりつつあると言っても過言ではない。数学の分野だけでなく、他の分野でも起こりそうな(すでに起こっているかもしれないが)予感がする。科学は一歩一歩積み上げていく必要があるが、その一歩・二歩がフェイクであれば、地盤が大きく崩れ去るような事態が生ずるに違いない。

2008年―2010年の間で最も引用された上位1%の論文には、UCLA(カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校)とプリンストン大学から発表された論文がそれぞれ28編、27編が含まれていた。しかし、2021年―2023年には数学の分野でほとんど実績がなかった中国・サウジアラビア・エジプトの研究機関が上位を占めていたそうだ。名指しされていたのは中国医科大学(瀋陽)にとサウジアラビアのキング・アブドゥルアズィーズ大学だ。3年間に数百の論文を発表し、その中で最も引用の多かった論文を多く引用していたと指摘されていた。

これに対して、クラリベートなどの調査企業やジャーナル出版会社は頭を痛めているとのことだ。大泥棒の石川五右衛門が辞世の句として「石川や浜の真砂子は尽くるとも世に盗人の種は尽くまじ」を残したという。浜の砂は尽き果てても、悪人の種は尽きないほど、悪の種は次から次と生まれてくる。論文捏造工場、論文引用カルテルなど十数年前までにはなかった非道徳的行為がモグラたたきのように続発する。「天網恢恢疎にして漏らさず」で見つかるに決まっているのだが?

正直者が馬鹿をみる社会であってはならないと思うが、道徳観が喪失する現実に悲観的にならざるを得ない。「もしトラ」が現実になると、さらなる悪夢が現実になってしまいそうだ。

 

診断ミスをなくすために!;人工知能をうまく使え

1月25日のScience誌Expert Voices(専門家の声)欄に「Toward the eradication of medical diagnostic errors」という論文が報告されている。タイトルを訳すると、「医療現場での診断ミスをなくすために」となる。著者は、私が和訳した「Deep Medicine」を著したEric Topal教授だ。

 

このブログでも取り上げたことがあるが、米国では診断ミスによって、毎年80万人が、命を落とすか、治療不能な後遺症を残すと報告されている。「診断ミス」という言葉は医療現場では、「起こってはならないこと=論じてはならないこと」のように扱われている。40歳未満の心筋梗塞は見逃されやすいし、肺栓塞が肺炎と診断されることも少なくないようだ。

 

診断ミスの最大の要因は病名が思い浮かばず、それに伴って適切な検査の指示ができていないことだ。もちろん、思い込みという人間としての本質的な課題がある。脳の思考過程にはシステム1思考とシステム2思考のあることが知られている。システム1思考は、速く、自動的に、頻繁に、感情的に、固定観念的に、無意識に行われるもので、ヒューリスティック思考と呼ばれる経験や先入観に基づく直感的な思考法(思い込み)に近い。1月2日に起きた日航機と海上自衛隊機の事故も、機長たちと管制官の思い込みがその原因として大きい。

 

2015 年のNational Academies of Sciences, Engineering and Medicine(米国)による報告書では、毎年、米国成人の 5% が診断ミスを経験しており、大半の人が生涯に少なくとも 1 度は診断ミスを経験すると推測されている。 情報量・知識量が人間の記憶量をはるかに上回る上に、忙しさに追われた医療現場では、直感的な判断を強いられることが多くなるので、ミスが多くなるのは当然だ。

 

時間的ゆとりが生まれれば、ゆっくり、いろいろなことを考慮しつつ、論理的で、計算的で、意識的な思考であるシステム2思考が可能となり、それに、人工知能などを活用すれば、診断ミスは激減するはずだ。稀にしか遭遇しない病気は頭に浮かばないし、典型的なでない症状の場合、その判断は難しい。しかし、 日本では診断ミス=悪のような固定観念で、現実を見つめることさえタブー視されている。

 

質のいい医療を目指すためには、医療の現実の課題に目を向けて、それを改善していくことが不可欠だ。科学には、客観的な事実に目を向けることが絶対的に必要だ。

 

利益と不利益の狭間で考えること

Nature誌の速報として、「T-cell Lymphoma and Secondary Primary Malignancy Risk After Commercial CAR T-cell Therapy」というタイトルの論文が報告されている。2023年11月23日にFDAが、CAR-T細胞後にCARを導入したT細胞が関連するがんが多いことを警告した。これに対してペンシルバニア大学でCAR-T細胞治療を受けた449人の2次がんの発症率をまとめ、CAR-T細胞治療関連のがんはそれほど高くないことを報告したものだ。

追跡期間の中央値10.3か月で(追跡期間の平均値ではなく、449人の治療を受けた患者のうち、最初から数えて225番目に長い追跡期間)、16人が2次がん(再発ではなく、別に新しくできたがん)に罹患していた。固形がんの再発の中央値が26.4か月、血液がんの場合には2.3か月だった。T細胞リンパ腫は1例だけだった。

CAR‐T細胞療法といっても複数種類の企業のものがあるが、特段の差はなかったそうだ。過去のデータによるとCAR-T細胞治療後5年以内に起こる2次がんは15‐16%であり、血液がんが多いようだが、この論文の報告によると固形がん(造血器系のがんでないもの)が、血液系のがんよりも10倍多い。

FDAからの警告についても議論されている。FDAへの報告(FDA Adverse Events Reporting System(FARES))では、報告された8000名のCAR-T細胞療法を受けた患者のうち、20名がT細胞リンパ腫を発症したので、治療関連2次がんとして報告され、警告につながったと思われる。リンパ腫細胞に導入されたキメラ遺伝子を検出すれば、関連性がはっきりして、治療関連2次がんとなる。しかし、FDAの報告にある400名に一人の割合と比較して、この大学からの報告の449人中一人は似たような割合だ。

年齢的な背景がわからないので、治療後5年以内の2次がん発症率が高いのかどうかわからないが、治療の結果としてB細胞が極端に低下したり、無くなったりすると、抗体を作る細胞がなくなり、抗体によるがんに対する免疫が低下して、2次がんリスクが固まる可能性は否定できないと思う。

しかし、CAR-T細胞の治療効果の高さを考慮すると、2次がんの心配するよりも、今存在しているがんを叩き、消滅させる利益の方が、2次がんのリスクを考えて治療を受けない不利益よりもはるかに勝るのではなかろうか?

わか国には伝統的に利益と不利益を冷静に客観的に比較し、議論する文化がない。ヒトパピローマウイルスワクチン接種が進まず、日本では子宮頸がんの発症数が高止まりしている。そして、若いお母さんが子供を残して天に召されたり、子宮摘出で子供を産めなくなったりしている。みんなに利益があって、誰も不利益を被らない薬剤やワクチンなどないのだ。この現実を無視して、不利益だけを大きな声で取り上げて、理想を語っているだけでは、日本の医薬品開発は進まない。そして、助けることのできる命を、助けることができない状況が続くのだ。

 

アメリカの下院委員会で、中国系?バイオ企業を締め出し!

1月26日のGenomewebというウエブサイトに「Congress Introduces Bill to Prevent Medical Providers From Using BGI, MGI, and Affiliates’ Products」というタイトルの記事が掲載されている。

BGIグループは、今は深センに拠点があるが、もとは北京ゲノム研究所として発足したもので、ゲノム解析で英米の企業と競っている。MGIはMouse Genome Informaticsで(BGIの子会社の一つ)あり、米国発のComplete Genomicsという会社はBGIの関連会社のひとつとなっている。「米国と中国共産党の間の戦略的競争に関する」米国下院特別委員会(US House Select Committee on Strategic Competition between the United States and the Chinese Communist Party)が、「Biosecure Act」として、公的資金を使った研究から、上記の企業を締め出すことを求める法案である。この委員会には与野党の議員が参画しているので、法案が成立する可能性が高いと考えられる。

公的には国際競争の観点からの措置とされているが、すでにこれらの企業の一部は、中国軍関連企業として米国のブラックリストにあげられている。これらの企業が中国政府や中国軍と結託して情報を流しているとの懸念があるのだろうが、真相は闇の中だ。当然ながら、BGIグループは、中国政府・軍との関連性を否定している。ゲノム医療が進む中で、ゲノムシークエンスは巨大なマーケットになる。シークエンス技術・機器・試薬は国策として重要になってくる。まさに、バイオ産業を巡る国家間競争の様相を呈している。

日本でも数年前から、ゲノム情報の流出が問題視されているが、問題が起きない限り、大きな議論の対象とはならない。人工知能もそうだが、この国は国家的なビジョンなく、場当たり的な対応がなされ、対策が常に後手後手に回っている。本来1キロメートル先に視点を置いて踏み出す方向を考えるべきだが、ゴールの方向を見定めずに足元だけを見て1歩・2歩・10歩と間違った方向に進んでいるので、だんだんとゴールが遠のいているようだ。

 

AIやデジタルは万能ではない!

1月18日のNature誌のニュース欄に「Fingertip oxygen sensors can fail on dark skin — now a physician is suing」と「Medical AI could be ‘dangerous’ for poorer nations, WHO warns」という記事が掲載されている。

前者はコロナ感染症の流行で一般でも広く知られるようになった「指先につける血液の酸素飽和度を測定する装置が有色人種では正確でない」ことに対する訴訟だ。有色人種では数値が高い傾向となり、診断や処置が遅れることを問題視したものだ。この人種間差は数十年前から指摘されていたそうだが、何の対策も練られないままに今日に至ったとのことだ。

白人を対象として開発された医療機器の測定値が、有色人種では正確でないようだ。2020年12月のNew England Journal of Medicine誌の「Racial Bias in Pulse Oximetry Measurement」というタイトルの論文によると、動脈血で測定した酸素飽和度が88%を切っていたにもかかわらず、オキシメーターで92-96%となっていたケースが、黒人では11.7%もあったそうだ(白人では3.6%)。皮膚疾患のAI診断の精度が黒人では低かったという報告もある。

二つ目の論文は、医療用AIが低所得国では危険なものとなるとWHOが警告したとの主旨だ。しかし、低所得国という表現は間違いだと私は思う。所得の問題ではなくて、科学的には人種間差、民族間差のはずだ。白人のゲノム情報を利用した疾患リスク診断は日本人では通用しない。日本も貧しい国になりつつあるが、やはり、どう考えても国の貧富の問題ではなく、民族間の差が不正確さの原因だ。

同じ疾患を持つ患者さんに、同じ薬を同じ量だけ投与しても、効く人・効かない人、副作用や副反応のない人・弱い人・強い人がいる。お酒を飲んだ時の反応も多種多様だ。個人差を理解するには、遺伝子多型や環境の違いなど多様性を理解することが不可欠だ。これを理解することが、健康で長生きすることにつながり、医療産業の発展にもつながる。

人工知能も突き詰めていけば、多様性を理解する科学である。多様性の理解の基礎は遺伝学である。この分野の教育がお粗末な日本の弱点がボディーブローのように日本の弱体化を引き起こしている。




 

フェイク論文工場の根絶へ

能登半島の方々は厳しい冬を過ごしておられるのに、この国の政治は何をしているのだろうと思う。派閥の会長を辞めたはずの人が、派閥の解散を声高に主張する。総理大臣を辞職した政治家が、内閣の総辞職を宣言することができないのと同様に違和感がある。この1点だけでも摩訶不思議な世界だ。

その上、どう考えても派閥の存在と裏金問題のすり替えが起こっている。不正を行っていない派閥もあるのだから、常識的に考えて、派閥があるから裏金が生まれるとの関係は成り立たない。派閥をなくすことと、資金を透明化することは別次元の課題であるはずだ。そして、すべてを秘書の責任にという昭和時代を見ているような構造が、日本をむしばみ、日本の衰退を招いているのだ。多くの識者が脱税ではないのかと訴えているが、多くのメディアがダンマリを決め込んでいる。

そして、科学の世界では根拠のない論文を生み出し、それを販売しているペーパーミル(フェイク論文製作工場)に対して大きなメスが入ろうとしている。1月19日のNature誌のNews欄に「Science‘s fake-paper problem: high-profile effort will tackle paper mills」というタイトルの記事が掲載されている。

嘘にまみれた論文が増えている現状は、大気汚染が急速に広がっているようなものだ。近年、科学の分野では真贋相混ぜた論文が発信され、科学の根底が揺るがされようになってきている。2022年に発表された論文の2%、50編にひとつがフェイク論文であったという推測もある。生成AIの発達に伴って、さらに多くの巧妙なフェイク論文が生み出されるだろう。当然ながら、これらを見つけだすプログラムも開発されつつある。

出版社・研究者の集団が、フェイク論文の摘発に向けた取り組みを進めており、記事にはねつ造拠点が、南アジア、中国、ロシア、イランなどにあると記述されていた。確かに、論文数を増やすことに汲々としている研究者にとって、何の労力も必要なく、お金だけで論文数を増やすことに気持ちが動いているのだろうが、砂上の楼閣は間違いなく簡単に崩れ去るものだ。デジタル雑誌が簡単に発行されるようになったが、科学は真偽取り混ぜ、複雑怪奇となった。

競争が激しいのでフェイクで実績を積み上げるのは仕方がないと擁護する声もあるが、お金がないので万引きをしてもいいという理屈と同じで、基本的な科学者倫理の問題だ。政治には表に出せないのお金が必要なので、裏金を作るのは仕方がないという言い訳と重なってくる。