青少年の薬物過剰摂取問題

1月11号のNew England Journal of Medicine誌に「The Overdose Crisis among U.S. Adolescents」という記事が掲載されていた。最近、わが国でもメディアなどで薬剤の過剰摂取(オーバードーズ)が取り上げられているが、米国では青少年のオーバードーズが危機的状況に達して社会問題化しているという内容だ。

 

米国での小児死亡原因は、1位が銃関連のものである。日本では考えにくいが、米国では日常となっている。2位の交通事故でありうる話だ。そして、恐ろしいことに薬物過剰摂取は第3位となっている。成人の薬物関連死亡率は、医療用麻薬の拡散に伴って約十年にわたって増加傾向にある。しかし、14歳から18歳の青少年に関しては5年ほど前まではさほど心配するような状況ではなかったが、以降、増加に転じ、2022 年には青少年約2万人に一人が薬物過剰摂取で亡くなっている。

 

2002年には、日本の高校3年生に当たる世代の5人に一人が、大麻ではない違法薬物を使用していたらしいが、 2022 年には、12.5人に一人まで低下していた。しかし、近年、フェンタニル(強い鎮痛作用を示すオピオイド)を含む違法錠剤が流通するようになり、これが青少年の過剰摂取死亡の75%に関与していると推測されている。日本ではドラッグストアで販売されている薬剤の過剰摂取が問題視されているが、今後、違法薬物の流入に注意する必要がある。

 

若い人たちの合法・違法薬物の過剰摂取(違法薬物摂取は過剰でなくとも回避すべき)による死をなくすためには、教育が重要だ。興味本位で摂取するケースもあるだろうし、精神的・社会的な問題を抱えているケースもあるだろう。社会的な孤立を防ぐことやメンタルケアも大事だし、これらの薬物の摂取が取り戻すことができないような健康被害につながることも伝えていく必要がある。

 

 

アナウンサーの上から目線「ライフラインの復旧は遅くないのか!」に腹が立った

今日の公共放送のニュースで、記者が馳浩・石川県知事に「ライフラインの復旧は遅くないのか!」と批難口調で言っていた。どこを見て、そんな言葉が出てくるのかと腹が立った。馳知事とは何度かお会いしたことがあるが、何事にも真摯に向き合う非常に誠実な政治家だ。この2週間でかなりやつれた印象があり、少し心配だ。知事に限らず、いろいろな人たちが昼夜いとわず、一生懸命に取り組んでいるのに、この言い草はなんだろう。

 

このアナウンサーはNHKニュースを見ているのだろうか?道路が土砂崩れや陥没で寸断されており、車の通行もままならない状況を見れば、水道管などもズタズタになっていると容易に想像がつくはずだ。まずは、道路の復旧から始めなければ、ショベルカーなどの重機や水道管も運べない。能登半島の北側を中心に数メートルも隆起しているのだから、水道の復旧や電線を元に戻すことは簡単ではない。道路を平たんにするための砂利を運搬している人も、トレーラーの中の2畳ほどのスペースに二人で寝泊まりして作業している映像が流れていた。

 

余震が続き、土砂崩れなどの危険と隣り合わせの状態に加え、寒さや雪で種々の作業が手間取っているのは致し方ないことだ。馳知事の「能登を元通りにする」という言葉を信じてみんなで応援するのがわれわれの務めだ。取材と言う名のもとに、土足で踏み込み、挙句の果てに上から目線で何を偉そうに言っているのだ!と思う。

 

そして、最も心配なのは、被災者の方々の体の健康と心の健康だ。タイとインドネシアの地震・津波の被災者の約20%がPTSDに罹患したとの報告がある。住む家を失い、家族を失い、友人を失って、心の痛手を負う中で、ストレスの多い避難所生活を送っている被災者が健康を維持して、心の平穏を保つことを心から願っている。被災者の方々が、元通りの生活を取り戻すには長い時間がかかると思うが、それまでは温かい心の支援が大切だ。

 

細菌叢研究は数百万人の子供の命を救う??

1月11日号のNature誌のコメント欄に「Boosting microbiome science worldwide could save millions of children’s lives」という記事が掲載されている。

われわれの体表や体内には多くの細菌が存在している。環境や食事内容によって腸内細菌叢(細菌の種類や数)が変化して、細菌が作り出す代謝産物が変わってくる。もちろん、われわれの体内環境も変化して、病気に関係するし、全身の免疫環境に影響を与える。

最近、多くの細菌叢の研究が行われているが、世界人口の15%が住んでいるに過ぎないヨーロッパと北米からの論文が、全論文の85%を占めているそうだ。当然ながら、欧米で得られた知見が、アフリカではそのまま通用しないので、国際的な協力が必要だというのが論文の主旨だった。

遺伝子多型解析研究、全ゲノム解析・がんゲノム解析の時も国際的協力が叫ばれたし、遺伝子の違いによる病気のリスクスコア(病気の成りやすさを推定する危険度の点数)も白人のデータを基にしたリスクスコアが、アジア人やアフリカ人では通用しないこともよく知られている。コメントには住んでいるところが違えば、細菌叢が異なるので、「Location matters」と書かれているが、もともと人種間の遺伝子多型差があるし、食事内容が違うのだから、住んでいる地域によって腸内細菌叢が違っていて当たり前だ。

ロタウイルスワクチンの有効性が先進国では90%有効なのに、アフリカや南アジア諸国では50-60%と低いのは、子供たちの腸内細菌叢が違い免疫環境が悪いためと述べているが、かなりこじつけだと思う。腸内細菌叢が違うのは間違いないと思うが、そもそも低栄養だし、低栄養だと下痢によって大きな影響を受ける。

細菌叢研究も重要だし、私は世界的に腸内細菌叢や免疫ゲノム研究が必要だと思っているが、まずは、食糧支援が優先されると考える。それだけで数百万人の子供が救えるのではないのか?米国に住んでいた時、あまりにも多くの食料が廃棄されているのを目の当たりにしたし、日本でももったいないと思うことがある。ビュッフェ形式で、お皿にたくさんの料理を残していく客を見ることも少なくない。みんなが少しずつ寄付をすれば多くの子供の命が救えるはずだ。

研究者の私が、あまりにも我田引水的に国際的細菌叢研究を支援するこのコメント欄に批判するのもおかしな話だが、その前にもっと私たちが考えていくことがあるのではと自省しつつ考え込んでしまった。

PS:能登半島の被害状況把握にどうしてこんなに時間がかかるのか、日本と言う国に悲しさを感じてしまう。しかし、若い人達が「高齢者を残して、自分たちだけが被災地を離れることができない」と言っていた言葉に救いを覚えた。高校生の時、友人たちと能登半島を一周旅行したことがある。千枚田、時国家、見附島、恋路海岸がなつかしい。がんばれ、能登半島!

 

なぜ、能登半島地震の被害全貌把握は遅いのか?

地震の被害、津波の被害が日々伝えられているが、なぜ、全貌把握がこれほどまでに遅いのか疑問だ。能登半島西の輪島市中心部から、東の珠洲市までわずか40-50キロメートルだ。元旦の夜に衛星から見れば停電の状況はすぐに把握できたはずだし、2日朝からヘリコプターやドローン・飛行機で上空から調べれば、道路の寸断状況を含めて被害状況は把握できたはずだ。

それぞれの地区の人口もわかっているはずだし、帰省をしている人たちを含めた被災者のおおよその数も推測できたと思う。阪神大震災や東日本大震災などを経験した国として、いったいどのような危機管理マニュアルができていたのだろうかと疑問だ?すぐに大津波警報を発していたのだから、珠洲市での津波がどうだったのか、2日には詳細を調査するべきであったが、動きが遅い。

危機管理において、正月休みだったという言い訳は通用しない。もし、これが外国からの侵略であった場合と考えると背筋が凍る思いだし、あまりにも危機意識に欠けていると言わざるを得ない。非常事態の人員確保、救援物資の輸送などのマニュアルが何もなかったのかとさえ思わせるような状況だ。シビリアンコントロールは必要だが、コントロールできる有能な人材があっての話だし、コントロールできる人材がいないような体制ならば、すべて自衛隊に任せればいいのではと思ってしまう。

緊急事態においては、指揮命令系統の一本化が極めて重要だ。東日本大震災時の初動の遅れはまさに未熟な政権幹部のドタバタの反映だった。今回、被災され、避難された方々が孤立して、水も、食料も、暖もない状況で過ごされている。陸路からの支援が報道されているが、空からの支援はあまり目にしない。いろいろな配慮があってのことだとは思うが、無事避難できた方々の健康と命を守ることを優先して欲しいものだ。



 

神戸の医師過労死問題は救急医療崩壊の引き金となるか?

あけましておめでとうございます。

と新年を祝う間もなく、元旦に令和6年能登半島地震が起こった。そして、2日は羽田空港で日航機と海上保安庁機の事故が起こり、飛行機が炎上している衝撃的な画面を目にした。まさに、波乱の幕開けとなった2024年だ。羽田空港では、不幸にも海上保安庁の5名の命が失われたが、日航機側は乗客・乗員が無事脱出したとのことで、最悪の事態は免れた。

地震報道を見ていると、被害状況の把握今ひとつ遅いような気がしている。朝になって状況が明らかになるにつれて、その惨状に心が痛むばかりだ。珠洲市の海岸沿いのショッピングモールが津波被害を受けた。予想よりも低い1.5メートルの津波だったが、その威力は恐ろしい。人員確保が最も難しいこの時期に起こってしまったので、救助活動が大変に難しいようだ。余震が収まってきて、早く復興に結びつくことを心より願っている。

いざという場合の人員確保は簡単ではないが、「働き方改革」が始まる医療分野では日常的に人員確保が難しくなるであろう。神戸の若い医師の自殺が、過労死と結びつくと認定された。働きすぎがあった事実は消せない。しかし、病院運営法人や病院長が労働基準法違反で書類送検されたことで、医療現場・医学研究は大変なことになる。このブログでも触れたことがあるが、医療現場は医師・看護師などの犠牲的精神によって成り立っていると言っても過言ではない。大学病院や地域基幹病院では、臨床だけでなく、教育・研究といった活動も必要となる。

この研究部分には、学会活動なども含まれる。学会などの準備が、自主研修か、勤務の一環かの議論が活発になると思うが、議論を待たずに、これから起こると予測されることは、救急医療の崩壊だ。病院の管理者は、医師の他病院でのアルバイト時間を含め、医師の勤務時間の管理に対して責任を負うことになる。労働基準法違反に問われることを回避するためには、厳格な勤務時間管理を行う必要がある。そうなれば、犠牲の上に成り立っている救急医療の人員確保はかなり厳しくなる。

かつて、出産中に起こった不測の事態で産婦人科医が不当に逮捕された事件が起こった。これを契機に、産科医療が崩壊した。地方から産科医が去り、産科を目指す医師が減った。逮捕そのものが異常であったのは言うまでもないが、それがどのような影響かを全く考えなかった司法の大失策だった。

今回、働き方改革を推進するならば、医療供給体制をシミュレーションし、それに十分な対策を練るべきであったはずだが、それができているとは思えない。正月に餅を詰まらせて亡くなる高齢者が100人以上いるという。高齢者が増えている今、当然ながら救急医療の需要は増える。医療機関が労働基準法に抵触しないことを優先すれば、救急医療の需要と供給の比は大きく崩れる。

司令塔のいない日本の医療は危機的だ。

 

やさしくて、卑屈な、かよわき者の国に;高島屋とダイハツ問題

高島屋がクリスマスケーキ問題で「原因の特定は不可能」とコメントした。「ケーキを作って、凍らせて、配送する」といった至って単純なプロセスにもかかわらず、「原因がわからない???」はいかにも日本的だ。誰かに非難が集中するのを回避したかったのだろうが、これでは会社として、今後、同様のケーキの配送を責任もってできませんと言っているに等しい。ケーキが冷凍されていたのかどうか、配送中の温度はどうだったのかなどのモニタリングが全くできていなかったことを認めているようなものだ。

原因がわからないと、手の打ちようがないので、「今後万全を期す」といっても、今後同様の問題が起こらないと断言できるはずもない。こんな単純なプロセスで検証できないというのは、企業としてあまりにも無責任だ。冷凍おせち料理はスケジュール通り配送するそうだが、問題の個所を特定できず(特定せず)と原因究明を放棄したにもかかわらず、商品は発送し続けるのはいかがなものだろうか?

十年ほど前、知人から桃を送っていただいたことがあるが、すべてが一部腐っていた。配送する時期が遅かったのか、配送中の温度が高すぎたのかわからないが、あまりにもひどい状況だったので、出荷元に連絡したことがあった。送り直してくれたので、特に理由は尋ねなかった。今回、クリスマスケーキを再送してもらったから買主はそれでいいというわけではない。クリスマスの日に友人・知人を招いていた人にとっては、楽しい思い出作りに至らなかったのだから、高島屋の態度は商売人として失格だ。

かつて日本製品は質が高いと評価されてきたが、最近は、日本の信用が失われつつある事件が多い。今回のダイハツの問題なども、その象徴だ。しかし、不思議の国アリス状況であるのは、新車は生産しないにもかかわらず、今走っている車にはほとんど言及されないことだ。走行している車が十分安全ならば、基準値が不必要に厳しく制限されていることになるし、基準値に満たず安全でないなら、走行中の車をどうするのかに言及してしかるべきだ。

こんな矛盾がありありとしているにもかかわらず、メディアはその点には触れない。ジャニーズ問題で忖度が問題視されたにもかかわらず、背景に存在している大企業には、広告費は欲しくて何も言えないのだろうか?おかしな国になってしまったものだ。

NHK大河ドラマで、北川景子さん演ずる茶々の最後の言葉が話題になっている。

「つまらぬ国になるであろう」

「正々堂々と戦うこともせず万事長きものに巻かれ、人目ばかりを気にし、陰でのみ嫉み、あざける」

「やさしくて、卑屈な、かよわき者の国に」

 

本当につまらぬ国になってしまったものだ。





 

妊婦のつわりは胎児が産生するホルモンに関係する?

Nature誌に「GDF15 linked to maternal risk of nausea and vomiting during pregnancy」というタイトルの論文が掲載されている。また、News&vews欄で「Pregnancy sickness linked to hormone from fetus」と紹介されている。GDF15(growth differentiation factor 15)はいといろな病気との関連が報告されているホルモンだが、食欲を抑える機能も指摘されていた。

2018年にはゲノムワイド相関解析によって、GDF15が妊婦の吐き気や嘔吐に強い関連を持つことが示されている。脳幹に作用して吐き気を起こすことやがんの悪液質(食欲がなくなって、体重減少を引き起こすなどの進行がんの症状)にも関わっているらしい。

このGDF15遺伝子の個人間の遺伝子の違いによって、202番目のアミノ酸がヒスチジンからアスパラギン代わるH202D多型が存在する。コロナ感染症流行前にはH202Dを説明するのが難しかったが、コロナ感染症でE484K変異株などの言葉が頻回に使われていたので、一般の方も漠然と理解されているように思う。このHタイプとDタイプを妊娠していない人で比較すると、Dタイプでは血液中のGDF15の濃度がかなり低い。また、つわりのない妊婦とつわり症状が強い妊婦で比較すると、症状の強い人では、つわりのない人よりも、妊娠6-12週のGDF15の値が上回っている。

なぜ、News欄のように胎児(+胎盤)から作り出されるホルモンが・・・・と言えるのか?それも、やはりアミノ酸の違いを検出した結果だ。母親がHH型(ゲノムの二つの遺伝子が共にH型)で胎児がHD型(母親からH型、父親からD型)の場合、タンパク質のタイプを調べることによって、GDF15が胎児由来かどうかを識別できるからだ。

妊婦がHH型の場合、妊娠前からGDF15が高いので、受容体が慣れていて、GDFが妊娠初期に上昇しても強い反応を引き起こさないが、D型で妊娠前に低い場合にGDF15が増えると、過剰に反応して強い吐き気・嘔吐を引き起こすようだ。何だか、難しい話だ。βサラセミア(遺伝的に引き起こされる先天性小球性溶結性貧血症)患者では血中のGDF15が定常的に高値であり、この病気を持つ妊婦はつわり症状を示すことが稀だそうだ。胎児がGDF15を作り出しても、高い値に慣れていると吐き気や嘔吐が起こらないという仮説に合致している。

妊婦によっては強いつわり症状が長く続くため、体重減少がひどくなって、胎児の生命に関わる場合もある。高いGDF15が、吐き気・嘔吐・食欲減退の原因であれば(論文を読む限りにおいては因果関係がありそうだ)、これを抑える新な治療薬の開発も期待できる。つわり症状の背景は、もっと複雑だとは思うが、重要な第1歩だ。

遺伝子多型は重要だ。