時代は動く:大腸がん患者へのネオアンチゲン特異的T細胞受容体導入T細胞療法

このブログでも触れたことがあるが、ネオアンチゲン特異的なT細胞受容体遺伝子を見つけ、それを患者さんのT細胞に遺伝子導入して、がん細胞を攻撃するT細胞を人工的に作り、治療に利用する方法が、報告された。7月11日にNature Medicine誌にオンラインで「Adoptive transfer of personalized neoantigen-reactive TCR-transduced T cells in metastatic colorectal cancer: phase 2 trial interim results」というタイトルで報告された。

オブジーボに代表される免疫チェックポイント抗体が効果を発揮するのは、がん細胞に特異的に作られている抗原を目印にがん細胞を殺すT細胞の働きがあるからだ。T細胞にはT細胞受容体があり、それががん細胞の表面にある抗原を認識して結合し、がん細胞を殺す分子を分泌するのだ。シカゴ大学在職中から、このがん抗原を認識するT細胞受容体遺伝子をいち早く見つけ出す方法を確立していた。

シカゴ大学のハンス・シュライバー教授と一緒に、マウスモデルで、このがん特異的T細胞受容体遺伝子を導入したT細胞が完全にがんを殺すことを報告してきた。もちろん、人の患者さんに応用することを目指してきたのだが、日本ではネオアンチゲンという概念がようやく市民権を得るようになりつつあるレベルだ。

ネオアンチゲンワクチン療法の数歩前を行くネオアンチゲン特異的T細胞受容体遺伝子導入T細胞療法など、日本で試みるのは夢のまた夢だ。しかし、海外では確実に進んでいる。今回の論文には7例の進行大腸がん患者さんに試みた結果が報告されている。7例中3人でがんの縮小が見られたとのことだ。細かいことは省くが、日本の評価制度を劇的に変えない限り、日本の競争力は低下の一途だ。



 

 

トランプ前大統領が「急死に一生」?????、そして古江選手おめでとう!

トランプ前大統領の暗殺未遂事件には驚いた。まるでゴルゴ13のような狙撃事件だ。ネット記事を読んでいると、「銃撃で“急死に一生”のトランプ氏」という文字が飛び込んできた。「九死に一生」の間違いか、故意に「急死に一生」としたのか不明だが、語句の使い方も間違っている。

「九死に一生」は死ぬ確率が九割、助かる可能性が一割の状況で、辛うじて生き残った状況を指す。危機一髪であったことは間違いないが、「九死に一生」という状況ではない。また、この記事では、あと数十センチずれていると危なかったと書かれていたが、数十センチもずれると頭の反対側を通り過ぎてしまう。数センチで危なかったと思う。

この「数センチのズレで生命に危機的であった」で思い出したのが、50年近く前のタクシー強盗だ。改造銃でタクシー運転手に発射された銃弾が頬を貫き、脊椎の腹側部で止まっていた。重要な神経も傷つけず、意識も清明であった。奇跡的に重篤な症状がなかった。これこそ、どの方向に数センチずれていても、全く状況は変わっていたはずだ。

こんなおどろおどろした話を切り上げ、明るい女子プロゴルフの話にしよう。古江彩佳選手が、今年日本人2人目のメジャー勝利をあげた。かつて。宮里藍選手が勝利を挙げたことがあるエビアンだが、当時はメジャー選手権に含まれていなかった。かつては、男女とも、米国で決勝に進むだけで精いっぱいであったプロゴルフだが、女子は世界で優勝争いを続けている。古江選手は、パリオリンピックの出場権を最後の最後で逃したが、オリンピックの開かれるフランスで開催されたエビアン選手権でリベンジした。日の丸の誇りだ。

スコアを見ると、最後の5ホールで5つスコアを伸ばし(バーディー・バーディー・バーディー・パー・イーグル)、1打差で優勝した。長いパットが入ったラッキーもあったが、それも実力だ。多くの選手が終盤になるとプレッシャーで押しつぶされそうになる中で、見事だ。私のような気の弱い人間にとっては、驚異的だ。

科学の世界では、日本の地盤低下が著しい中、女子プロゴルフの世界では、世界に羽ばたく選手が続出している。何が違うのか?一言でいえば、才能を延ばす教育の有無だ。日本の教育ではみんな同じで違いを認めない。それぞれの種に応じてどのように育てるのかを考えないのだ。この甘ったれた「結果平等主義」を見直さない限り、日本に花は咲かない。




 

徳田虎雄先生の遺したもの;救急医療と離島医療

7月10日の夜、徳田虎雄先生が天に召された。ALSと診断されてから約20年、難病との戦いに破れた。メディアの報道では「いのちだけは平等だ」という言葉だけは取りあげられているものの、議員としての保徳戦争や家族ぐるみの選挙違反事件など負の側面だけが強調されているのが残念だ。

徳田先生は、大阪大学第2外科の先輩にあたる医師だ。私は、徳田先生の日本の医療与えたインパクトは大きいと考える。まずは、離島医療だ。屋久島・徳之島・沖永良部島・喜界島・奄美大島・与論島・沖縄本島・宮古島・石垣島に合計13病院の系列病院を有している。離島にある病院がここに運営されていれば、経営は厳しく、人材の育成も難しいが、系列76病院が協力・連携する形で離島医療を維持している点は特記されるべきだ。離島医療に対する強い思いは、徳田先生の弟が病気になった時、医師に診察してもらうこともできずに亡くなった悲しい体験に基づくものだ。

シカゴに行く前はよくお会いしたが、週刊誌などのメディアから流される悪い印象とは全く異なり、離島医療を語るときの徳田先生は、目に涙を浮かべつつ、「いのちだけは平等だ」と語っていた。本来は国が担うべき離島医療の供給体制を作り上げた功績は、もっともっと高く評価されるべきではないかと思う。

そして、24時間の救急医療の提供だ。自分の経験を振り返ると、大阪府立病院救急専門診療科での1年間は、濃厚で、多くのことを学んだが、あの過酷な生活を長く続けることはできない。病気は時間を選ばないので、24時間対応することは不可欠だが、それに従事する医師・看護師の肉体的・精神的負担は大きい。しかし、この24時間診療を広げるきっかけとなったのが、徳州会グループだ。もうひとつの「いのちは平等だ」がここにある。

もちろん、多くのメディアが報じるように、いろいろな軋轢を引き起こし、不協和音を引き起こしたのだろう。政治家になったのも、いろいろな課題を政治の力を借りて解決するためだったのだろう。周りが首をかしげるような言動があったことも耳にしたことがある。しかし、24時間救急医療と離島医療への貢献は、これらを差し引いても余りあるものである。徳田先生死去に伴う報道を見聞きして、功績部分をほとんど取り上げない姿に、悲しさを覚えた。いつも言うが、日本のメディアはもっと勉強して欲しいものだ。

徳田先生、長い間ご苦労様でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

小池圧勝、石丸健闘、蓮舫惨敗から見えてきた課題

東京都知事選挙は、小池百合子知事が予想通りに勝利を収めた。公示前の予想を裏切り、蓮舫氏は2位に大きく及ばない3位で惨敗した。予想を裏切り若者票・無党派層の票を大きく集めたのが元市長の石丸伸二氏だ。

蓮舫氏の敗因はいろいろと取りざたされているが、個人的な印象としては、出馬宣言した時の「都政のリセット」という言葉だと思う。小池都政は多くの支持を受けていたにもかかわらず、すべてリセットという強い言葉で否定したのが、事業仕分け時の「2位ではダメなんでしょうか?」という厳しさと科学的リテラシーの欠如に重なって悪印象を与えた。

小池知事も、かつて「排除」という言葉で一気に勢いを失ったことがあるが、「和をもって尊しとなす」民族性には向かないのだ。私も同様の言葉で失敗したことがあるが、「白か黒かの選択」を迫ると、日本では恨みを買って、負のエネルギーに転換されることが多い。私自身、ここまでよく生き延びてきたものだと思う。

国政での自民党批判を都知事選に持ち込んだが、日本国民には、「暗黒の民主党政権」のイメージが色濃く残っている。自民党はけしからんが、旧民主党のような政治はもっと困ると考えている人が多い。論点も「若者の収入を増やす」「神宮外苑の再開発の見直し」というのは受けがよくない。前者は若者を意識したものだが、小池知事も子育て支援をしていたのでインパクトが小さかったうえに、生活の苦しい高齢者を敵にしてしまった。後者の外苑再開発問題は、大半の都民にはどうでもいいことだ。

自民党も旧民主党にも嫌気をさしていた人にとっては、特に若者には、「政治屋断罪」の言葉が響いたのだろう。石丸氏第2位の大きな要因は、若者や無党派層の票を大きく引き寄せたことだ。大阪で橋下徹氏が脚光を浴びた時に重なるものがあった。

とはいえ、どんな首都にしたいのかという議論はほとんどなかったように思う。若者も大事だが、東京といえども高齢者人口は増え、介護や医療の問題は大きい。介護離職率は以前よりも高くなっている。アルバイトの給料が高くなれば、肉体的精神的負担が大きい介護従事者の離職が増えて当然だ。23区と離島・奥多摩との医療格差も大きい。健康を守る・生活を守るうえで、医療・介護の課題があまり話題にならなかったのは残念だ。

 

米国大統領選挙における究極の2択を他山の石にすべし?

米国大統領候補のテレビ討論会が開催された。最後の方は、ガキの喧嘩かと思わせるようなひどいものだった。

私は、アメリカがん学会とアメリカ臨床腫瘍学会で、当時副大統領だったバイデン氏の講演を生で聞いたことがある。流れるように淀みなく、そして、格調の高い講演で、米国の政治家の科学的リテラシーの高さを感じた。10年近い時間が流れ、あの時のバイデン氏はどこに行ってしまったのだろうかと思わざるを得ないテレビ討論会の出来栄えだった。

あらゆる生物は歳をとり、衰え、そして死を迎える。日々、それを実感している身として、バイデン氏の老化現象を目の当たりにしてかなりショックだった。20年前、10年前の自分と比べると、運動能力は落ち、頭の回転もつるべ落としのように低下しているのがわかるので、他人事とは思えない。ニューヨークタイムズもバイデン氏に撤退を勧めているが、引き際が難しい。

バイデン氏は「トランプ氏を大統領にしてはならない」との気持ちが強いのだと思う。そして、トランプに勝てるのは自分だけだと思い込んでいるのだろう。しかし、テレビ討論会の姿やテレビで頻回に流されている「転ぶ」姿を見ると、このままでは、トランプに負けてしまうのではと思ってしまう。

一方のトランプ氏は相も変わらず、自分がすべてについて正しく、自分への批判は「魔女狩り」だとの主張を繰り返している。平気で「黒を白」と言い換える精神力は、驚きとしか言いようがない。意識して嘘を言っているというよりも、自分に都合のいいことだけが記憶として残り、その記憶に基づいて、息を吐くように嘘が出てくるのではないだろうか?私の近くにもそんな人間がいたが、彼は自分に都合のいい部分だけをつなぎ合わせて、自己主張を繰り返す。それで最後に辻褄が合わなくなってきて自滅しても、平気の体だった。

米国民の4人に一人は、この二人の候補者に共に否定的だ。そして、残りの25%ずつは、積極的なポジティブな選択ではなくて、消極的にネガティブな(なってほしくない候補を振り落としての)候補者選択のようだ。どちらがよりましなのかという究極の選択を迫られている米国の不安定さは国際政治に影を落としている。

と他国を憐れんでいる余裕はこの国にはない。この政治家に任せれば、日本はよくなるだろうと期待の持てる候補者がいないのだ。今後の国のかじ取りを託す政治家には科学的リテラシーが絶対的に必要だ。今朝、孫正義さんがテレビで、「人工知能の能力は、4年で1000倍になる。オリンピックを3回迎えるとその能力は10億倍になる。」とコメントしておられた。ひょっとするともっと早いかもしれない。10年少しすると、人工知能の能力が今の10億倍になる社会を見据えた制度設計が必要だ。政治家は目の前10センチメートルしか見えていない人が多い。

10年以上遅れた人工知能を追いかけるだけのような施策では、日本は立ち直れない。近い未来を見据えた戦略と戦術が求められる!

 

東京都知事選挙:中高年者の失望

報道によると東京都知事選挙は現職が大きくリードしているようだ。「若者の手取りを徹底して増やす」を掲げている蓮舫氏は苦戦しているようだ。誰が考えたのかはわからないが、このキャッチコピーは高齢者を敵に回すような謳い文句だ。

東京都の高齢者人口は23%弱である。50歳以上65歳未満は21%であるので、選挙権を持つ人の約半数が50歳以上となっている。60歳を過ぎると年収がかなり減ることが多い。スーパーマーケットなどで生鮮食料品価格の上昇は数%ではなく、数十%を実感するなかで、この蓮舫氏のコメントに失望している中高年は多いのではないだろうか?

私は2年少し前から東京都民ではないが、報道を見ている限りにおいては、高齢者の一人として複雑な思いだ。少子化対策は国として重要な課題だが、若年層の所得増加で片付く問題ではない。子育てを支える社会構造にしていく必要があるのだが、その点に関しての考えが見えてこない。いずれにせよ、高齢者が楽に生活をしている状況でもないので、演説を聞いた高齢者は失望するだろう。選挙対策の失敗だと思う。

そう考えると、選挙戦略としては失敗だ。だれがどのようにして選挙戦略を決めているのかわからない。最近、テレビでも、YouTubeやX、Twitterなどでの人気若手コメンテーターが多く、国民全体の30%を占める高齢者の意見や考えが反映されることが少ないように思う。若者だけを対象にした人気取りだけではなく、本当に国民・都民全体を視野に入れた対策が必要ではないのか?この国を支え続けてきた高齢者の存在感がなくなってきているおかしな国だ。

 

十二指腸閉塞を誤診???

「日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院で、搬送された16歳の男子高校生について、研修医が誤診し、死亡させる医療ミスがあった」とのニュースが流されている。事故調査委員会が「研修医から経験のある医師への相談がされなかったことなどが問題」と指摘したそうだ。診断が速やかにされていれば助けられた命であったかもしれない不幸が起きたことには心が痛む。

しかし、多くのメディアが取り上げて同じような論調で報道されたこの記事が、現場の医療に与えるインパクトは大きい。「十二指腸閉塞」を「急性胃腸炎」と誤診したのが問題で、「経験のある医師に相談すべきだ」という指摘だが、実臨床を考えるとかなり厳しい報道と言わざるを得ない。

いろいろな病気を100%間違えることなく正しく診断することは夢物語だ。米国では診断間違いで死に至る、あるいは、治らない後遺症を残す患者が年間80万件に及ぶという。大動脈解離や動静脈血栓症などの病気では、発症初期は4-5人に一人が正しく診断されていない。医療現場は忙しない状況であり、どうしても診断時に、経験や先入観に基づいて診断すること(ヒューリスティック思考と呼ばれているそうだ)が多くなる。処方ミスも少なくない。

初期症状に関する詳しい情報がないが、「十二指腸閉塞」を疑わなかったことが誤診と称されてメディアから袋叩きに合うのは厳しいなと思う。私自身も私の周辺の多くの医師も「16歳の十二指腸閉塞」は経験したことがないと言っていた。頻度からも「急性胃腸炎」の方が圧倒的に多いので、この誤診騒ぎは納得がいかない人が多いと思う。

事故調査委員会の「経験のある医師に相談しなかったことが問題」というコメントにも疑問だ。研修医と言え、医師免許は持っている。当然ながら診断がつかないような状況や重篤な症状ならともかく、間違っていたとしても、相談しなくていいかどうかは現場の医師の裁量だ。すべてを経験のある医師に相談する事態になれば、医療現場は動かなくなることが必至だ。

後から振り返って、診断が間違っていたことなど、決して少なくない。発症初期に診断が難しい病気などたくさんある。それをこのような形で血祭りにあげれば、医療現場は委縮して、救急医療やリスクの高い診療科を回避するような動きにつながると思う。リスクの高い診療科に進むよりも、手軽にお金が稼げる診療科に進む人が増えてきて当然だ。現に、形成外科、美容外科に多くの医師が流れている。

人間は必ずミスはするし、記憶容量にも限界がある。すべての病気を一目見て間違いなく診断するという非現実世界を夢見て、このように大騒ぎすれば、医療現場はそれに耐えきれず、日本の医療は破綻する。

悲しい不幸が起こったことは残念だが、それで一人の医師や医療機関を責め立てる日本のメディアは本当にレベルが低いと言わざるを得ない。医療現場をどこまで理解しているのか、疑問符が頭の中で渦を巻いている。もっと日本の医療の抱える大きな課題を直視して、どうすればミスを最小限にして、日本の医療の質を高めることができるのか、日常的に真剣に勉強して欲しいものだ。

 

最後に、亡くなられた16歳の方には心からご冥福をお祈りしたい。