東京オリンピック番外編ー2;どうした日本!

東京2000人超えが先だと思っていたら、全国で5000人超えが先行してしまった。政府は日本の感染者数は欧米に比べて少ないと公言しているが、徹底したPCR検査で感染者を洗い出している国とPCR検査で絞り込んでいる国を比較すること自体が、この国の非科学的な対策を象徴している。最近では、無症状や軽い症状で検査を受けていない感染者が、有症状者の5倍との報告もある。この人たちを捕捉できずに、感染を広げやすいインド株に置き換わっているのだから、しばらくは感染拡大は止まらないだろう。国が非科学的なコメントを続けていることは、国の恥だ。

 

しかし、これまでは緊急事態宣言は、その効果が期待できるよりも早く、感染者数の減少が起こっていたので、ワクチンの効果と相まって東京3000人、全国で10000人くらいになると、日本人は強いブレーキをかけ、自然と感染収束が起こってくるのではないかという気がする。人数に対する重症者の割合はこれまでよりも低いので、医療崩壊には至らず持ちこたえて欲しいと願わずにいられない。そして、私にもようやくワクチン接種の依頼がきたので、協力したい。

 

感染はいずれ収束するだろうが(もっと強力な変異種が出てくれば数年かかるかもしれないが)、日本に対する国際的な信頼度の低下には歯止めがかからないように思う。永田町にも、霞が関にも、日本の将来を担っていくと期待できる気概のある人物が見当たらないのだ。こんな状況では政権交代が起こっても不思議ではないのだが、自公に代わりうる政党が存在しないという底の見えない危機的状況だ。開会式直前の組織委員会のゴタゴタも、シャボン玉のように簡単に弾けるバブルも、日本という国の誇りを無残に傷つけているように映っている。

 

バッハ会長が「日本」と言うべきところを「中国」と言ったら、まともな政府ならもっと抗議してもいい。言い間違いで済むことと、済まないことがあるが、これは絶対に後者だ。韓国の福島の人の心を踏みにじる態度には「帰れ」と言ってもいいと思う。ユダヤ人の抗議にオロオロとして平身低頭する姿には(ホロコーストを揶揄する表現は許されない。一体、どんな人選をしてきたのか?)日本人の一人として悲哀を感ずる。ユダヤの人たちのように、バッハや韓国に対して毅然とした態度を取れないものかと思う。ヘラヘラとせずに、福島の人たちのために、「ふざけるな!選手村の食事が嫌なら、韓国に帰れ」と言って欲しい。こんな不愉快な思いをしてまでもオリンピックが必要なのかと改めて思う。

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オリンピック番外編

私の予測よりも早く、今週中に東京の1日感染者数が2000を超えるかもしれない。全国の合計も今週中に5000人を超える可能性も高い。緊急事態宣言の無力化とデルタ株の影響を考えれば、科学的には何の不思議もない。

 

オリンピックの開催を前提に振り返れば、(1)今年初めの緊急事態宣言を1か月ほど早くすべきだったのでは?、(2)前回の緊急事態宣言解除はすべきではなかったのか?(3)水際対策が抗原検査でよかったのか?など不可思議な決定がなされていたことは今後の検証が必要である。

 

ワクチンの急加速と急ブレーキは、日本のデジタル化の遅れの象徴である。4000万回のワクチンが潜在しているというが、医療関係者は、ワクチン接種の登録がアナログすぎて追い付いていないだけで、本当は接種者はもっと多いのではないかと考えている。数か月前、河野大臣が、段ボールにタブレットを置いてピントを合わせ、接種券の数字を読み込んでいた姿が報道されていたが、これは漫画的でもあった。致命的とも言えるような悲しい現実を見た気がした。

 

ワクチン接種者をリアルタイムで読み込むような制度設計は、1年以上前に計画すべきであったはずだが、分科会は何をしていたのであろうか?PCR検査を否定したのも分科会だったし、変異種の危険度を推し量って対策を提言するのも彼らの責任であった。尾身会長の発言など、1年前にすべき内容であったと多くの人が思っている。

 

国内にまん延する責任感の欠如は、日本の信頼感の低下につながっている。内閣支持率も低下の一途だ。そして、「責任」の軽さは、日本の地盤低下と連動している。こんな状況でも、与党の支持率はあまり落ちていない。批判というよりも、揚げ足取りに終始している野党への信頼の低さが与党を助けている。

 

与党にも野党にも欠ける「ビジョンの欠如」が、若者の無力感につながっている。日本全体のフレイル化が進行しているのではないか?

 

気持ちは落ち込んでいるが、 池江選手、内村選手、桃田選手には頑張って、日本の誇りを示して欲しい。

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これでいいのか日本の医療! 最終回

2014年の6月21日にこのブログを書き始めて7年間が経過した。7年間に950回投稿し、560万回を超えるアクセスをいただいた。平均年間80万回以上のアクセスをしていただき、私の駄文に目を通していただいたことには感謝の一言しかない。

 

1年数ヶ月、コロナ感染症対策に苦言を呈してきたが、最近の動きは、日本は破滅に向かって一直線の感がある。政治家から、言葉の重みと責任が消え、まるで漂流国家のようだ。「勝負の3週間」「短期・集中で」という言葉がシャボン玉のように軽く、消滅していく。何を質問されても、「責任を取る」姿勢が皆無に映る。質問とかみ合わない回答を繰り返して、日本という国のいい加減さをさらけ出しても支持率が30%を切らないのは不思議だ。この理由は、野党に対する信頼感の低さの裏返しだ。総選挙になっても期待する候補がいない人が多くなるかもしれない。

国に明確な戦略・ビジョンがなく、目の前の課題に小手先の戦術で対応して、失敗しても口先の言い訳ばかりが続いている。デジタル化の遅れというが、この課題は、私が2011年に内閣官房参与となり、内閣官房の医療イノベーション推進室長として、日本の医療の課題として取り上げたものの一つだ。当時の課題は何も解決されていない。

昨日、ある会合で、私がシカゴに行ったのになぜ日本に戻ってきたのかと、ストレートな質問があった。いくつかの理由はあるが、最大の理由は、私たちが開発した薬剤の治験を受けるために、わざわざシカゴ大学に来られた患者さんとその娘さんが、結局、登録基準を満たさなかったので、日本に帰らざるを得なかった出来事だ。私のオフィスでせっかく来ていただいたが治験を受けることができないことを告げ、玄関で見送った。シカゴを訪れ、マンションまで借りていたのに、その患者さんが夢かなわず、タクシーに乗り込む姿を見て、涙が止まらなかった。患者さんにとっては、「希望」が「絶望」に変わった瞬間だった。今考えても心が痛む(「希望」が「絶望」に変わった瞬間、というタイトルのブログを検索して読んでいただければ幸いです)

滑膜肉腫の抗体療法の治験をフランスのリヨンで始めた後、高校生の患者さんのお父様から、日本人の研究者が作り、日本の会社が行っている治験薬をどうして日本の患者が受けられないのかという、やり場のない胸の痛むメールをいただいたこともあった。フランス政府の支援で行っている治験なので、参加できるのはフランスの人に限られていることを知らなかった私の責任だ。ただただ、悲しかった。

日本のためにと思って頑張ってきたが、民主党政権に絶望し、日本を捨ててしまった。しかし、シカゴにいても、患者さんの私に対する期待は絶えることはなかった。今さら日本に戻ってもとどうなるのかという思いと、日本人の血が流れているのだから日本の患者さんのためにという思いが交錯して数年間苦悩したが、2018年に後者を選んだ。後悔がないといえば噓になるが、日本のがん医療を変えたいという思いは募る。

それから3年、今の状況を考えると、日本に帰ってきたことが正解だったという答えは導き出せない。コロナ感染流行の影響もあるが、思い描いていたことができないままにコロナ禍の1年半が過ぎた。そして、私のがん研究所の任期もあと1年6か月だ。この10年あまり、私の頭の中で考えていたことが、手足に伝わらないようなことがたくさんあった。念ずれば気持ちは伝わるというが、根幹となる哲学・理念が全く異なる人たちに対しては、何も伝わらないことを再三再四体験した。自分のやりたいことは、自分で実行するしか道はない。

がん患者さんに希望を提供するだけで、私の人生を終わりたくない。希望をなくした患者さんや家族に、心の底からの笑顔を取り戻す姿を見てから、自分の人生を終わりたい。そのためにできることを、自分の力の限り、振り絞って頑張るしかない。7年間を一区切りとして、ブログに費やす時間を、目の前の患者さんに費やす形に変えて新しいことに挑戦していきたい、そして、自分の生き様を書き残していきたい。

長い間、ご愛読していただいた読者の方々には心からお礼を申し上げます。

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花咲く日を迎えることができるのだろうか?;これでいいのかこの国は?

緊急事態宣言は解除になる。東京では2人以内、90分以内なら、午後7時まで飲酒が可となるようだ。よくもこんなアホなルールを決めたものだ。このルール一つをとっても、この国の行政の世間知らずが丸出しだ。

4人組の客が来て、「われわれは2人ずつ2組だが、隣の席に」と依頼されれば、お店はどうするのだ!3人が、「会計は一人ずつで別々だから」といえば、どうするのだ。もちろん、店側からこのように提案することも可能だ。行政の自分たちは自粛を厳しくしたというアリバイ作りがさもしい。

すべてが誤魔化しと曖昧だ。分科会も責任逃れのアリバイ作り、メディアもとりあえずリスクを伝えれば責任を果たせるといった姿勢だ。総理がG7でオリンピックの支持を取り付けたので「中止の選択肢はなかった」とのたまう。G7の文章では「安全に安心できる環境で」と注釈がついている。こんなギリギリになって偉そうなことを言って、どこか専門家だ。「責任逃れの専門家」と肩書を変えればいい。

一昨日、昨日、今日の3日間の感染者の合計は

東京  1406人 (前週 1314人)

神奈川 626人 (610人)

千葉  372人 (319人)

これで安全安心が確保できるのか?

国民の健康や命ではなく、自分の地位が最優先の、ギャンブルのようなオリンピック開催でいいのか?ギャンブルに負ければ地位を失うのは自己責任だが、同時に多くの国民の命も奪う。このようなギャンブル政治が許す政治家も同罪だ。

これでいいのか、日本の政治は、そして、医療は?

花咲く日を迎えるために;なぜ、無観客開催はできないのか?

緊急事態宣言が20日で終わる。東京都と千葉県では2日連続で前週を上回っているにもかかわらずだ。下げ止まりというより、再拡大の兆候が見え始めている。ワクチン接種によって5月には1日2000人を下回っていたイギリスでも、ここ1週間ほどは7000人台の感染陽性者だ。インド株(デルタ株)の脅威は歴然としている。これがそのまま日本で起こると、7月下旬から8月上旬に今の数倍に増えるリスクがある。科学的な観察に基づく対策が求められるが、楽観的な希望・期待で施策を決めているようにしか見えない。

 

オリンピックが無事終われば、総裁選に勝利し、自民党が衆議院選挙でも勝利するだろうが、オリンピックが直前中止や期間中に中止になれば、政権交代が起こるかもしれない。あるいは、自民党が割れる可能性もある。何よりも人命が多数失われるし、日本の信用は失墜する。有観客にすれば、誰が考えても、感染拡大のリスクは高まる。どうして、無観客開催という選択肢がないのか不思議だ。日本を破壊するような科学リテラシーの欠如だ。国民の命よりも大切なものかあるのか?

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花咲く日を迎えるために;分科会 VS 官邸

オリンピックの観客を上限1万人にするかも?との報道があった。ビックリ仰天の発想だ。感染症の専門家 VS 官邸の戦いのヒートアップが予測される。

英国のジョンソン首相がインド株(デルタ株)に警鐘を鳴らした。感染者も死者も増える危険性を指摘していた。ドイツのメルケル首相が、オリンピックのリスクを容認しているようには思えない。昨年の感情のこもったスピーチは記憶に新しく、現在の日本の感染対策に合格を出しているはずがない。そして、日本では感染者数が減っているが、下げ止まりとともに感染者に占める若年層の割合が増えている。この世代にはワクチンは届いていないので、高齢者の接種が終了しても、緩めると感染急拡大のリスクは非常に高い。

20日ころに公表すると言っていた分科会(あるいはその有志)のコメントに注目が集まる。無観客にしなければ責任をとれないと言って、辞表を叩きつけるくらいの覚悟があるのか、専門家の矜持が問われる。

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花咲く日を迎えるようにがんばろう

尾身の乱の行方が見えない。反乱を起こすなら、半年前だろうと思う。オリンピック後の再拡大からの責任回避にしか見えない。G7会議では感染対策が支持されたのか、オリンピック開催が支持されたのかもはきりしない。すべてが、曖昧なワンダーランドだ。

G7の公表文書の最後に
「reiterate our support for the holding of the Olympic and Paralympic Games Tokyo 2020 in a safe and secure manner as a symbol of global unity in overcoming COVID-19.」

とあった。「安全安心に運営すること」を前提での支持である。国民でもどのように「安全安心」が保証されているのか理解できていないが、「安全安心」が確保されなければ支持しないという意味でもある。

しかし、今は、ワクチンの全集中するしかない。

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