米国の科学技術政策の転換

「SCIENCE: A NEW GOLDEN AGE」という報告書が、科学技術政策局からトランプ大統領に提出された。

この報告書は、1945年にヴァネヴァー・ブッシュがとりまとめた歴史的報告書である『Science: The Endless Frontier』以来、約80年ぶりとなる米国科学技術政策の新たな基本方針を示している。

1945年の第二次世界大戦終了後に構築された米国の研究開発システムは、基礎研究への政府支援を柱として、半導体、宇宙開発、インターネット、ゲノム解析など多くの革新的技術を生み出して、米国の経済・安全保障・国際競争力を支えてきた。しかし、その仕組みは時代の変化に対応できなくなり、抜本的改革が必要であるとの認識のもとこの報告書にある基本方針がまとめられたのである。

近年の米国における研究開発環境は大きく変化し、企業による研究開発投資は年間約7,000億ドル(約115兆円)に達し、政府や大学を大きく上回っている。また、基礎研究と応用研究を切り離して、それらを直線的につなぐモデルは現実に合わなくなってきている。いまは、基礎研究・工学・産業開発が同時に連携しつつ循環させていく新しいモデルへ移行しつつある。米国での研究費は増加しているにもかかわらず、画期的な成果や創薬の効率は伸び悩み、研究者は多くの時間を申請書や事務作業に費やしている。こうした非効率性が米国科学の競争力を低下させていると述べている(日本では、大した予算でもないにもかかわらず、申請書・報告書・評価委員会などの事務作業に振り回され、もっと非生産的である)。

さらに、報告書には、「中国をはじめとする各国が国家戦略として科学技術投資を急速に拡大しており、米国はかつてない競争環境に直面している」とある。中国は政府・大学・企業を一体化した国家的体制でAI、量子技術、半導体、バイオテクノロジーなどの重点分野を推進しており、米国も従来型の制度では優位性を維持できないと警鐘を鳴らしている(日本では、相もかわらず、そんなに公平・校正とも思えない審査システムで、予算をばらまいている。そもそも、国家戦略がないのだから、もっと危機感を持つべきなのだが)。

米国のこの報告書には、今後10年間に実施すべき改革として四つの柱を提案している。

第一は、「研究者中心の研究システム」への転換である。優秀な研究者個人を直接支援する制度を拡充し、若手研究者への大型・長期研究費や柔軟な資金配分を進める。また、従来の審査制度だけに依存せず、「ゴールデンチケット」と呼ばれる大胆な提案を採択できる制度など、多様な研究費配分方式を導入することを提案している。さらに、行政手続きを大幅に削減しするなど研究者が本来の研究に集中できる環境整備も柱の一つだ。

第二は、「戦略技術における米国の優位性確保」である。AI、量子科学、原子力、宇宙、半導体など国家安全保障上重要な分野では、研究成果を迅速に実用化・製造へ結び付ける必要がある。そのための規制改革を進め、新技術を試験できる「規制サンドボックス」の整備や、国立研究所・NASA・国防施設を民間企業へ開放し、公民連携を強化することを提唱している。さらに、国家プロジェクトを再び推進し、製造業の国内回帰も重要政策として位置付けている。

第三は、「科学技術を国民全体の利益へと還元する」ことである。科学技術政策は論文や特許だけではなく、製造業の雇用、人材育成、地域経済の発展につながらなければならない。そのため大学教育に実践的な技術教育やインターンシップを組み込み、地域のコミュニティーカレッジや職業教育を強化するとともに、地域ごとのイノベーションクラスター形成を推進することを提案している。

第四は、「AI時代の科学研究基盤の構築」である。AIは科学研究そのものを根本的に変革する可能性を持っているが、これを最大限に活用するためには、研究制度自体をAI対応へと変化させる必要がある。報告書では、スーパーコンピュータ、AI、各種研究データベース、実験装置などを統合する「Genesis Mission」を国家プロジェクトとして推進し、10年間で研究生産性を倍増させることを目標としている。また、これまでも指摘されてきた再現性、データ共有、透明性を重視した「Gold Standard Science」を確立し、AIが信頼できる科学知識を学習できる基盤を整備すること、さらに自律型実験室やAI主体の研究システムを整備し、科学研究そのものを高度に自動化する未来像を提示している。

この報告書で繰り返し強調されたメッセージで、我々日本としても重要視すべき点は、「科学技術政策は単なる研究費配分ではなく、国家戦略そのものである」という点である。日本には、特に私が関与する医療・医学分野には、長期的な国家戦略がない。20年後、50年後の医療を見据えた国家戦略が必要であるが、足元だけの視野狭窄的な視点で研究費が配分され、水泡のごとく消えていっている。

前を見て追いつき、追い越そうとする施策ではなく、とりあえず、今日できることをバタバタとやっているうちに、5年の遅れが10年の遅れになってきているのがこの国の施策だ。国家としてのビジョンがなければ生き残れない、そんな激動の時代になっているのだ。

 

局所進行胃がん・胃食道接合部がん術前・術後免疫療法に治療効果を予測するバイオマーカー

Cancer Cell誌に「Perioperative tislelizumab plus chemotherapy for locally advanced gastric cancer: A randomized, prospective phase 2 trial」というタイトルの論文が報告されている。

局所進行胃がん・胃食道接合部がん(GC/GEJC)に対する術前・術後免疫療法において、がん細胞におけるHLAクラスII分子発現の有無が、治療効果を予測するバイオマーカーとなるかを多施設共同・前向き・無作為化第II相試験の結果を報告したものである。

対象は切除可能な胃がん・胃食道接合部進行がん患者136例で、まずHLAクラスII発現陽性群68例と陰性群68例に分類した後、それぞれの群に対してティスレリズマブ(抗PD-1抗体)+SOX/XELOX療法と化学療法単独に1対1に分類した。

腫瘍細胞でHLA-クラスII陽性患者群では免疫療法との併用療法群の奏功率は61.8%であり、化学療法単独群の26.5%を大きく上回った(P=0.003)。病理学的完全奏効率(顕微鏡下でがん細胞が検出されなかった割合)も32.4%対8.8%(P=0.016)と、約3分の1の症例で完全にがん細胞が消失していた。

しかしながら、腫瘍細胞でHLA-クラスII陽性患者群では奏効率では、23.5%対26.5%、および病理学的完全奏効率では5.9%対8.8%と、免疫療法の効果は全く認められなかった。すなわち、免疫療法の恩恵は主としてtsMHC-II陽性患者に限られることが示された。そして、現在、予測のためのバイオマーカーとして広く用いられているPD-L1発現の有無はこの研究では十分な予測因子とはならなかった。

安全性については、重篤な有害事象の頻度は免疫療法併用群と化学療法群で大きな差はなく、免疫関連有害事象も概ね管理可能であった。ただし、一部で心筋炎、肝炎、肺炎、大腸炎などグレード 3の免疫関連有害事象が認められた。

治療に奏効したHLA-クラスII陽性患者群では、CXCL9陽性マクロファージ、エフェクターCD4・CD8 T細胞、濾胞性ヘルパーT細胞など抗腫瘍免疫に関与する細胞が多かったことも報告されていた。このHLA陽性細胞で提示されていた抗原は何なのか、特定のT細胞受容体を持つCD4/CD8細胞が存在していたのかどうかなど、気になるところだが、これらについては触れられていない。

胃がん術前免疫療法において「どの患者に免疫療法を行うべきか」という重要な課題に対しHLA-クラスIIという新しいバイオマーカーの可能性を実証した点で意味がある。

 

パピローマウイルスワクチン接種は子宮頸がんによる死亡率を劇的に低下させる!

Lancet誌に「Cervical cancer mortality trends following HPV vaccination in England, 2001–24: an analysis of population-based mortality data」というタイトルの論文が掲載されている。

英国では2008年にヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種が開始された。HPVワクチンは子宮頸がん予防効果が既に証明されているが、この論文は、英国における死亡統計を利用して、子宮頸がん死亡率低下を実証したものだ。2001~2024年の全国死亡統計を用いて解析した結果である。

解析の対象となったのは20~24歳、25~29歳、30~34歳の女性であり、それぞれのグループでHPVワクチン接種導入前後の死亡率を比較した。ワクチン未導入であった場合に予測される死亡数を推定して死亡率の低下率を推測した。12~13歳でHPVワクチンを接種した世代が含まれている20~24歳女性では、2020~2024年の5年間に子宮頸がんによる死亡がゼロであった。過去のデータから予測される死亡数は約23人であったが、死亡率は100%低下(95%信頼区間84~100%)したことになる。さらに20~24歳の群で2015~2019年に80%の低下、25~29歳では2020~2024年に69%の死亡率低下と推測された。

ただし、接種を受けたかどうかのデータはないので、接種率を考慮すると、接種者における死亡リスク低下率は20~24歳および25~29歳でともに100%と推定される。研究者らは、2024年末までにHPVワクチン導入によって約200人の子宮頸がんによる死亡が回避されたと推定していた。しかし、接種世代はまだ若年層であるので、今後年齢が高くなるにつれて、回避された死亡数はさらに顕著になってくるものと予測される。

これまでHPVワクチンは、「HPV感染予防」や「子宮頸がん発症予防」というデータが示されてきたが、今回の結果はさらに死亡率低下にも寄与した可能性は高いことを示したことになる。

パピローマウイルス感染症と子宮頸がんの関連が示され、HPVワクチン開発、そして、子宮頸がんの予防へとつながった。今後も、感染症関連がんは予防できることが期待される。これらの結果に対して、日本のメディアはかつての報道が、日本でのHPVワクチン回避につながり、世界的に見て、子宮頸がん予防を遅らせてきたことに対してどのような責任を取るのだろうか?

科学的なリテラシーもなく、HPVワクチンの副反応(科学的な実証はなされていない)を異常なまでに騒ぎ立てて、若い子宮頸がんの予防を遅らせ、子宮頸がんによる死亡数減少を妨げた責任は軽くない。

すべての人に対して効果があり、全く副作用・副反応がないワクチンや治療薬などないという科学的事実を理解しない限り、公共政策はいつまでたっても歪められたままになる。遺伝的多様性を含め、人の多様性を理解しない記者など医療分野での記事を書く資格はないと思う。

 

相も変わらず、科学リテラシーに欠けるコメンテーター

「1947年に皇籍離脱した旧11宮家の男系男子と現在の天皇陛下には、36親等から38親等の隔たりがある」と宮内庁が説明したことから、旧宮家と天皇陛下には何のつながりもない赤の他人に等しいという声が多い。これは全く生物学的な常識を知らない無知なコメントだ。

 

男系男子で繋がっているならば、何代遡っても共通のY染色体を受け継いでいることを理解できていない。わが国の皇室が2千年にわたって継続されていると主張できる根拠の一つが万世一系であるが、生物学的にはY染色体が受け継がれていることだ。

 

女性天皇でいい、女系天皇でもいいという議論のなかでは、文化的・歴史的背景として万世一系とはどのような意味であり、これを維持することが伝統としていかに重要なのかことなのか、それとも意味のないことなのか、もっと科学的な側面も議論して欲しいものだ。

 

科学に対する社会の信頼は危機

Nature誌に「THE SURPRISING TRUTH ABOUT TRUST IN SCIENCE」という記事が掲載されている。

この本記事は、「科学に対する社会の信頼は危機にある」という一般的な認識が、必ずしもデータによって裏付けされていないことを紹介している。実際には、世界全体では科学者への信頼は依然として高いレベルを維持している一方、一部の国や政治的集団では信頼の低下が進み、科学を取り巻く環境が非常に複雑になっていることを明らかにしている。

2022~2023年に68か国、約7万2千人を対象に行われた国際調査では、科学者に対する信頼度は5点満点中平均3.6点と比較的高く、科学者は医師や教師と並び50%以上の人の信頼を得ている。政治家やソーシャルメディアインフルエンサーは15%程度の人にしか信頼を得ていない。ジャーナリストは約27%であり、信頼を得ている人の割合は科学者の半分程度だ。医師への信頼は調査した中では最も高い。

ただし、英国では「科学を非常に信頼する」と回答した割合が2020年の63%から2026年には34%へ低下し、米国でも「非常に信頼する」層が減少している。温暖化を否定したり、ワクチンを否定している人が、国のトップに就任しているのだから、当然のようにも思える。しかし、科学だけが特別に信頼を失っているわけではなく、政府や企業など社会制度全体への信頼低下を映し出していると理解すべきである。

特に米国では、科学への信頼が政治的立場と強く結び付くようになった。共和党支持層では科学者への信頼が大きく低下した一方、民主党支持層ではほぼ変化がなく、科学そのものというよりも、政治的対立を反映する形で、科学への指示の違いを生み出していると考えられる。

もう一つの重要な問題は、科学的コンセンサス自体を否定する人々の増加である。16か国調査では、回答者の約70%がワクチンや生乳などに関する少なくとも一つのニセ情報を信じていた。SNSやインターネット、さらにはAIが科学情報の主要な情報源となる一方で、誤まった情報が急速に拡散し、信頼できる科学情報を埋没させてしまう悪い影響が起こっている。記事では、「科学者が信頼を失っているのではなく、科学を発信する影響力を失っている」と表現している。

科学への信頼を維持・回復するためには、科学者自身が研究成果だけでなく、不確実性や限界も含めて正直に説明し、市民との双方向の対話を進めることが重要であると述べている。また、多様な背景を持つ研究者が社会と接することも信頼向上につながる可能性がある。

しかし、SNSが感情的な対立情報を拡散する(煽る)構造にも課題があり、プラットフォーム企業や規制当局の役割も重要である。

最後に、日本での「科学に対する一般の方の支援」は、データに示されていた13か国中、アルバニア、ロシアに続く下から3番目であった。科学教育をおろそかにしてきた影響だ。科学なくして、国の発展はない。

 

汎用大規模言語モデル(LLM)が医療特化型AIより優れもの!?

Nature Medicine誌に「General-purpose large language models outperform specialized clinical AI tools on medical benchmarks」というタイトルの論文が掲載されている。

最近、医療現場ではAIの活用が急速に進んでおり、医師向けの診断・治療支援ツールとして複数のAIの医療特化型AIが広く利用されるようになってきている。しかし、これらの医療専用AIが、汎用大規模言語モデル(Large Language Models: LLM)と比較して本当に優れているのかを、独立した立場から検証した研究は限られていた。

上記の論文では、GPT-5.2、Gemini 3.1 Pro、Claude Opus 4.6という代表的な汎用LLMと、OpenEvidenceとUpToDate Expert AIの2種類の医療特化AI、およびGoogle検索に組み込まれたGoogle AI Overviewを対象として、その性能をいくつかの角度から比較したものだ。

評価には3種類の指標が用いられた;(1)米国医師国家試験レベルの500問からなるMedQAによって医学的な知識全般を評価、(2)500例の臨床シナリオに対する判断を医師の回答と比較するHealthBench、(3)実際の診療現場で医師がAIに入力した100件の匿名化質問(Real Clinical Queries: RCQ)を用いて実臨床での有用性を検証、した結果をまとめている。これらの回答は12名の米国医師によって評価された。

その結果、医学的知識ではGemini 3.1 Proが97.4%、GPT-5.2が94.2%と極めて高い正答率を示し、OpenEvidence(89.6%)やUpToDate AI(88.4%)よりも有意に高かった。(2)のHealthBenchではGPT-5.2が88.0点と突出して高く、Gemini 3.1 Pro(79.3点)、Claude Opus 4.6(77.0点)に続き、医療特化AIは60点台にとどまったのである。(3)の実臨床質問においても、Gemini 3.1 Pro、GPT-5.2、Claude Opus 4.6が上位を占め、OpenEvidenceやUpToDate AIを上回った。

安全性にかんしては、有害な回答や幻覚(hallucination・うそ)の発生率はいずれのモデルも極めて低く、差は認められなかった。著者らは、これらの結果に対して、汎用LLMが圧倒的に大規模な学習データを持ち、高度な推論能力と更新サイクルの速さを備えていることが優位性の理由であると考察していた。また、医療AIで広く用いられる検索拡張生成については、不要な情報を取り込むことで性能の低下を招いている可能性が指摘された。

この研究が示す最も重要なポイントは、「医療専用AIであること=高性能を保証するAIと限らない」ということである。現時点では、GPTやGemini、Claudeなどの高性能な汎用LLMに、適切な医療知識や医療機関固有のデータを組み合わせる方が、より優れた臨床支援システムを作り上げる可能性が高いことが重要だ。これは今後の医療AI開発の方向性を考える上で極めて重要な示唆を与えるものである。

 

電子タバコも発がんリスクを高める?

Nature Medicine誌に「Electronic cigarette use after smoking cessation and lung cancer risk」という論文が掲載されている。これまでのタバコから電子タバコ(e-cigarette)に切り替えた場合、禁煙後の肺がんリスクにどのように影響するのかは明らかになっていなかった。

 

この論文では、過去に喫煙歴のある韓国人成人約452万人を対象に、少なくとも2023年12月まで追跡調査した結果を報告している。禁煙した後に電子タバコを日常的に使用していた人は、電子タバコを一切使わずに完全に禁煙した人と比較して、肺がんの発症リスクが1.56倍(統計的に有意)、肺がんによる死亡リスクが2.00倍(統計的に有意)であることが示唆されていた。

 

この傾向は、禁煙してからの期間(短期・長期)に関係なく認められており、特に肺がんの高リスク群(元々の喫煙量が多かった人など)において差がはっきりしていた。この研究は電子タバコと肺がんの直接的な因果関係を証明するものではないが、「禁煙した後に電子タバコを使用すること」は、「完全な禁煙によって得られるはずの肺がん予防効果」を帳消しにしてしまう可能性がある。

 

この結果は興味深いが、完全に禁煙できた人たちと、電子タバコのい依存してしまった人たちでは、従来のたばこを喫っていた量や期間に差があると考えられるので、電子タバコそのものの影響なのか、そもそも2群間で大きな背景要因の違いがあったのか解釈が難しい。とはいっても、このような大規模研究を実施したことを高く評価したい。日本のように中途半端に研究を支援せず、「どの規模でどの程度追跡すれば、意味のある結果が得られるのか」を考えた韓国の研究者とその支援機関に拍手を送りたい。