利益と不利益の狭間で考えること

Nature誌の速報として、「T-cell Lymphoma and Secondary Primary Malignancy Risk After Commercial CAR T-cell Therapy」というタイトルの論文が報告されている。2023年11月23日にFDAが、CAR-T細胞後にCARを導入したT細胞が関連するがんが多いことを警告した。これに対してペンシルバニア大学でCAR-T細胞治療を受けた449人の2次がんの発症率をまとめ、CAR-T細胞治療関連のがんはそれほど高くないことを報告したものだ。

追跡期間の中央値10.3か月で(追跡期間の平均値ではなく、449人の治療を受けた患者のうち、最初から数えて225番目に長い追跡期間)、16人が2次がん(再発ではなく、別に新しくできたがん)に罹患していた。固形がんの再発の中央値が26.4か月、血液がんの場合には2.3か月だった。T細胞リンパ腫は1例だけだった。

CAR‐T細胞療法といっても複数種類の企業のものがあるが、特段の差はなかったそうだ。過去のデータによるとCAR-T細胞治療後5年以内に起こる2次がんは15‐16%であり、血液がんが多いようだが、この論文の報告によると固形がん(造血器系のがんでないもの)が、血液系のがんよりも10倍多い。

FDAからの警告についても議論されている。FDAへの報告(FDA Adverse Events Reporting System(FARES))では、報告された8000名のCAR-T細胞療法を受けた患者のうち、20名がT細胞リンパ腫を発症したので、治療関連2次がんとして報告され、警告につながったと思われる。リンパ腫細胞に導入されたキメラ遺伝子を検出すれば、関連性がはっきりして、治療関連2次がんとなる。しかし、FDAの報告にある400名に一人の割合と比較して、この大学からの報告の449人中一人は似たような割合だ。

年齢的な背景がわからないので、治療後5年以内の2次がん発症率が高いのかどうかわからないが、治療の結果としてB細胞が極端に低下したり、無くなったりすると、抗体を作る細胞がなくなり、抗体によるがんに対する免疫が低下して、2次がんリスクが固まる可能性は否定できないと思う。

しかし、CAR-T細胞の治療効果の高さを考慮すると、2次がんの心配するよりも、今存在しているがんを叩き、消滅させる利益の方が、2次がんのリスクを考えて治療を受けない不利益よりもはるかに勝るのではなかろうか?

わか国には伝統的に利益と不利益を冷静に客観的に比較し、議論する文化がない。ヒトパピローマウイルスワクチン接種が進まず、日本では子宮頸がんの発症数が高止まりしている。そして、若いお母さんが子供を残して天に召されたり、子宮摘出で子供を産めなくなったりしている。みんなに利益があって、誰も不利益を被らない薬剤やワクチンなどないのだ。この現実を無視して、不利益だけを大きな声で取り上げて、理想を語っているだけでは、日本の医薬品開発は進まない。そして、助けることのできる命を、助けることができない状況が続くのだ。