人との出会いに感謝

 今、シカゴに戻る機内にいる。食事後、アルコールを飲んだ後、一気に睡魔に襲われ、熟睡してしまった。仕事は山積みなので、少し焦っている。今回の帰国は、内閣府の「AIホスピタル」プロジェクトのヒアリングと、ガバニングボードとの会議、「日本分子標的治療学会」が主目的だった。しかし、それらに加え、目の回るような忙しい日程で多くの方々に出会った。多くの方との橋渡しをしてくれた中学の後輩には、感謝の気持ちでいっぱいだ。初めてお会いした方、久しぶりにお会いした方などを含め、7月に日本に完全に帰国するにあたっての期待の言葉、励ましの言葉を頂いた。清らかな気持ちで機内で過ごすことができている。

特に、ある医師から、「私たち一般の医師は中村先生がシカゴに行かれた時に見捨てられたと思って悲しかった。今回、帰国されると聞いて、本当に喜んでいることを伝えようと思って今日の会議に来ました」と言われた。その言葉に感激して、なんと返答していいか言葉が見つからなかった。私も気持ちは医師であるし、多数の医師の一人にすぎないのだが。

小児がんの研究をしている方からは、「バイオバンクジャパン」から活動支援を受けていたが、予算がなくなり途方に暮れていると聞かされた。私は「バイオバンクジャパン」を立ち上げた責任者として、この事態には責任を覚えたし、今頃になって「これは厚生労働省の仕事だ」と切り捨てた役所の無責任さが腹立たしい。私は日本に戻って、難治がん、小児がんに取り組んでいきたいと思っていたので、正直なところショックだった。個人的な好き嫌いで、恣意的にプロジェクトの方向性を決めている役人がいることは悲しいことだ。

この際、難治がん、小児がんの患者さんや家族には、国に頼るのではなく、是非、自分たちの力で解決すべく行動を起こしてほしいと願っている。もちろん、全面的にバックアップしたい。米国のように、患者会が寄付を募り、まとまった研究に注力すれば、道は開けるはずだ。今や、エキソーム解析とがんの発現解析は20万円前後でできる。これをすれば、間違いなく希望が生まれ、そして、少なくとも一部の患者さんは笑顔を取り戻すことができるはずだ。

残念ながら、内閣府のAIホスピタルには、ゲノム解析からAIを利用したネオアンチゲン予測は含めることができない。これができれば、5年以内に日本を世界一にする自信はあるのだが?医学研究はAMED管轄だから、ゲノム研究は駄目なのだそうだ。こんな小さな発想をしているから、研究が実用化につながらないのだ。病気を治すには、長期計画に基づいた多額の持続的投資が必要だ。いい研究をすれば、自動的に実用化できるのではない。

そして、いつまでたっても公正・厳正な評価ができないAMEDに、この国の将来を託していいのか、はなはだ疑問だ。今回に滞在中にも、私の弟子の一人が、「内容を読んでいないとしか思えないような複数のコメントが付けられて、不採択になりました。気持ちが折れました」と嘆いていた。その研究者の発言内容に間違いがなければ、評価と呼ぶに値しない勝手な作文だ。時間がないからまともな審査ができないのか、審査員の質に問題があるのかわからないが、評価の質が悪すぎる。

公募制度の根幹は、公正で公平な評価である。これができていない組織が科学立国を担っていけるはずがない。 

がんセンターや大病院だけで国民の健康を守っているわけでは無い

時差と闘いながら、到着翌日の今日、3件の会議をこなした。シカゴで飛行機に搭乗する直前にブログを更新したが、そのブログを読んだ、私のかつての部下から下記のメールが届いた。本人の承諾を得て、それを掲載することにした。(自分がどの病院に属しているのかわかっても構わないという返事をいただいたが、迷惑をかけると申し訳ないので個人を特定できるような情報は削除した。) 

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(1)現在小生、地方の基幹病院で地域医療に誠に微力ながら邁進しているところでございますが、当該2次医療圏は、医師数が他地域に比べ最も少なく皆疲弊している状況であります。そのなかで昨日の毎日新聞および先生のブログを拝見し、「人工知能によって、医師が患者さんと面と向かって話ができる時間を確保すること」「人工知能が病気のことや治療方針・治療法・治療薬をわかりやすく双方向で説明して、医療従事者の負担を軽減する」という先生の目的に大変感銘し、メールをお送りしてしまった次第です。
先生のおっしゃるとおり、AIによる病理診断や画像診断は重要でありますが、医師が患者さんの顔を見ず、コンピュータ画面しか見ないで話をしているのは、医師以上にメディカルクラークの確保が地方病院では困難なことも要因で、紙のカルテに比べても煩雑で医師の手間を多く取っている現在の電子カルテをもっと飛躍的に役立つものにすれば「医師が患者さんと面と向かって話ができる時間」は確実に増えると考えます。是非、AIホスピタルは地方の第1線病院での現状もご考慮いただければ誠に幸いに存じます。
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(2)皆、個々ではそれなりに頑張っているにもかかわらず、国立病院機構の全国143病院の合計が1昨年から赤字に転落し、医療機器の更新もままならない、また前述したようにメディカルクラークや看護師の増員も自由にできない状況は、世界に誇る日本の国民皆保険制度を守っていくなかで、国の方針に何か大きな間違いがある気がしております。都会のがんセンターや大病院だけで国民の健康を守っているわけでは無いことを内閣府の方々に解ってもらえたらと思う次第です。

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私が考えていた以上に、医療現場での疲弊が進んでいるのかもしれない。役所のしがらみに縛られて、気持ちが折れそうになることが少なくない。しかし、病気と闘っている患者さんや医療現場の目線で人工知能のできることを考えてみたい。改めてそう感じた。

「都会のがんセンターや大病院だけで国民の健康を守っているわけでは無い」の一言は私も感じていたことだ。新幹線網が発達して、がん治療を求めて、大都会の大病院に患者さんが集まる傾向にある。これでいいのか、日本の医療はと思う。私が在籍していた当時の市立堺病院の外科部長は、大学病院の医師よりもはるかに腕がよかったことを体験した。私自身、「二十四の瞳」で有名な小豆島の病院で地域医療にも携わった。どこにいても等しく医療を受けることができる。それが、日本という国の誇りではなかったのか?

 

公募研究、事前に「内定」応募仕込む?!

標記の記事が、7日の毎日新聞に掲載された。内容は「内閣府が今年度から5カ年で行う「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」第2期事業で、研究開発課題の責任者を公募したにもかかわらず、実際は事前に候補者を決め、各課題の詳しい内容を伝えていた。12課題のうち10課題で候補者がそのまま選ばれ、うち9課題は候補者1人しか応募がなかった。」とあった。

 

私が、名指しで、事前候補者と異なっていた一人であると記事に掲載されていた。まさに、「和をもって尊しとなさず」を地で行く行為になってしまっている。しかし、応募すれば、公正に評価されるという証にもなっている。採用後に知った「上記にある課題の詳しい内容」と「私がヒアリングの際に提案した内容」は、もちろん重複はあるが、異なっている部分がある。私の提案は、「人工知能によって、医師が患者さんと面と向かって話ができる時間を確保すること」や「人工知能が、病気のことや治療方針・治療法・治療薬をわかりやすく双方向で説明して、医療従事者の負担を軽減する」ことが柱の一つである。

 

特に、先端的な医療を推進するには、医療従事者を大幅に増やすか、人工知能でその部分をカバーするしかない。現状を考えれば、後者を優先するしかない。ますます複雑になっていく医療の仕組みを考えた対策がないと、医療現場はさらに疲弊していく。病理診断や画像診断も、人工知能がカバーできれば、何処に住んでいても、同じレベルの診断にアクセスできるはずだ。白か黒か判別が難しい場合には、グレーゾーンを設けておき、それらに関しては専門家の意見・判断を聞く形にできればいいと思う。

 

病理診断や画像診断をする診断医の頭にある緻密なアルゴリズムを人工知能に組み込み、それをさらに学習させる事によって、優秀な診断型人工知能が開発できるはずだ。将棋や囲碁でも名人レベルの人工知能があるのだから、膨大な量の正しい情報をインプットできれば、できないはずがないと思うのだが?専門医から、お叱りの声が飛んできそうだ。しかし、将棋や囲碁でも十年ほど前まで、人間に勝てないと言われていたが、今はそうではないのだから、できると信じたい。

 

これまでも触れているように、医療・介護供給体制の抜本的な改革がなければ、日本の医療制度そのものの維持が難しくなっているのは歴然としている。国家財政の観点から、医療費の膨張は抑制しなければならないが、それは医療の質の維持・向上とセットでなければならない。20世紀型の医療ではなく、21世紀型の健康維持+医療という発想での医療改革が必要なのである。

 

あと1か月あまりで、シカゴ生活を終える準備で、シカゴに来て一番忙しい日々を送っている。研究室員の研究の取りまとめ、論文の校正、審査された論文の改定、研究室の整理、我が家のあと片付けなど、てんてこ舞いだ。今、オヘア空港にいるが、近くのガリバー・シカゴ店で車を売ってきた。そのあと、ウーバーで空港に送ってもらった。便利な仕組みだ。

 

これから、シカゴー日本―シカゴーメキシコシティー、そしてシカゴと約2週間の出張だ。そして、3週間シカゴにいて、日本に引き上げる。体力との闘いだ。

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実用可能なネオアンチゲン特異的T細胞樹立法の開発

 

今日のClinical Cancer Research誌のオンライン版で、「Induction of Neoantigen-specific Cytotoxic T Cells and Construction of T-cell Receptor-engineered T cells for Ovarian Cancer」という論文を公表した。これは他の研究者の話ではなく、われわれの成果である。

これは、私のシカゴでの6年間の総仕上げのような論文である。重要性を一言に集約すると「腫瘍採取から、ネオアンチゲン特異的なT細胞を治療応用可能な量まで作るのに、3ヶ月以内でできる」可能性を示唆したものだ。

ネオアンチゲン特異的T細胞受容体導入T細胞療法を実用化する際の最大の課題は、いかに効率よくネオアンチゲンに反応するT細胞受容体を見つけだすかにある。ネオアンチゲン特異的T細胞受容体導入T細胞の樹立に関しては、われわれを含めて多くの研究者が取り組んできたが、成功しても、その樹立に長時間(多くは年単位)を費やしており、残され命が限られている進行がん患者さんの状況を考慮すれば、実用化には程遠いものであった。論文がゴールならばそれでいいだろうが、「本気で」がんと闘うには不十分だ。

年単位であったものを最短3ヶ月まで短縮可能としたのは、いろいろな技術の進歩のお陰だ。ネオアンチゲン予測システムは、今、がん研究所にいる清谷一馬君が数年前から取り組んでいる。ペプチド合成も安価に、そして、非常に早く出来るようになった。MBL社(名古屋)の開発した簡便にHLAテトラマーを作ることのできるキットも時間短縮・コスト削減に大きく寄与した。もちろん、T細胞受容体の解析はシカゴ大学に来てから取り組んだ大きなテーマの一つである(世界のトップの技術だと自負している)。見つけたネオアンチゲン特異的T細胞受容体遺伝子の合成・クローニングも、2-3週間で出来る。

技術の進歩に加え、、このプロジェクトに関わった池田悠至君(現、日本大学)、加藤大悟君(現、大阪大学)、松田達雄君(現、岡山大学)、Jae-Hyun Park君(現、Cancer Precision Medicine)の治せないがんを治癒させるという熱い想いとたゆまぬ努力があった。彼らの熱い想いが、日本という土壌で冷めてしまわないことを願っている。ドイツのLeisegang教授はT細胞樹立で全面的な協力を得た。あとは、すべてを患者さんに応用できる基準を満たすレベルで準備して、規制当局と生命倫理学者の理解に努める段階だ。それでは、まず、一連の流れを説明する。

腫瘍とその対照となる正常細胞(がんの近くの正常組織でも、血液・唾液DNAでもいい)を全エキソン解析すると、その患者のHLA(白血球の型=ネオアンチゲンを予測するために不可欠)とがんで起こっている異常が明らかになる(今頃、遺伝子パネルなどと時代遅れなガラパゴス島のようなことを言っている場合ではないのだ)。これらの情報から、簡単にネオアンチゲンが予測できる(ただし、これが本当にがん細胞上に存在しているかどうか、免疫細胞を活性化できるかどうかは、かなりのデータを集める必要がある。マウスのデータは参考にならない)。改善は必要だが、実用可能なレベルには到達している。ただし、実際に免疫細胞を誘導できるネオアンチゲンは、10個の内2-3個しかない。

このネオアンチゲンペプチド(8-11アミノ酸がつながったもの)を合成し、まず、樹状細胞と混合した後に、リンパ球を加え、10日間ほど培養するとネオアンチゲン特異的な、ごく一部のリンパ球が活性化する。このリンパ球から、ネオアンチゲンに反応するリンパ球をHLAテトラマーで捕まえで、それらのT細胞受容体の解析をする(細胞が100個程度で十分だ)。これで、ネオアンチゲン特異的T細胞受容体を見つけることができる(言うまでもないが、文章にすると簡単だが、ノウハウがぎっしり詰まっている)。上述した論文では、この方法が有用であることを実際にT細胞受容体を導入して示したのである。ペプチドからわずが2週間程度で(がん組織採取から1か月程度で)、それに反応するT細胞受容体を見つけ出すことができる。後は、T細胞受容体遺伝子を作って、ウイルスに組み込み、これを患者由来のT細胞に導入すれば出来上がる。

技術的には確立され、3ヶ月は長すぎると言われるかもしれないが、実用化できる範囲まで時間は短縮された。現時点では、世界で最短のネオアンチゲン特異的T細胞樹立法だと考えている。しかし、これを現実世界で実行していくには、膨大な(といっても現実的なレベルだが)設備投資がかかる。これが日本では難しい。中国でやるのもいいだろうが、私の「日の丸主義」がブレーキをかける。設備ができれば、治せなかった患者さんを治すことができる可能性が広がる。たとえ、10%でも、20%でもいい。今の標準治療から見捨てられている患者さんの笑顔を取り戻すことができればと願って止まない。

もちろん、治療前には。できる範囲の安全性検査はするべきだが、患者ごとにネオアンチゲンは異なり、ネオアンチゲンごとにT細胞受容体は異なるので、すべての患者さんに、この治療法が「絶対的に安全である」保障はできない。科学的に考えれば、当然の帰結なのだが、感情的な免疫療法否定主義者の脳には届かないだろう。目を瞑り、耳を塞ぐ人たちに、科学を伝えるのは困難だ。

そして、日本では、大きな可能性があってもリスクゼロでなければ、たとえ患者本人や家族が同意しても、「生命倫理」という印籠を振りかざす人たちの壁が立ちはだかる。印籠を振りかざして、患者さんに「座して死を待つ」結果を強要しているなどとは、決して気づかないのだ。この6年間に、生命倫理における価値観が科学的根拠に基づいている方向に変わっていると信じたい。

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「和(なれあい)をもって尊し」となさず

418日に総アクセス件数が300万回に達した。200万回が201734日であったので、1年間少しの間に100万、1日平均2500回のアクセスがあったことになる。医療の進歩と私の愚痴を綴っただけなのに、多くの方に目を通していただき感謝の気持ちで一杯だ。この「シカゴ便り」も、あと2ヶ月弱で終了となるのは残念だが、別の形で情報発信できればと考えている。

日本に帰国する決心をしたものの、私は、聖徳太子の「和をもって尊しとなす」文化とは相容れない人生を送ってきたため、「多くの敵」作ってきた。味方も少しくらいはいるかもしれないが、損な生き方をしてきたと思う。しかし、後悔はしていない。いや、後悔しても過去は変わらないので、振り返らないことにしている。日本人社会では、「調和を乱す」ことが悪いことのように受け止められがちだが、利権を守るための調和(談合)が若い人たちのやる気を削いできた現実を直視しなければ、日本には未来はないと思っている。私の部下や知人(最早、若者と呼べない人が多いが)と話をしていても、年寄りの愚痴のような話ばかりで、希望の持てる未来に心を躍らせるような話は一向に聞かなくなった。彼ら、彼女らは、日々、診療に、書類作成に、委員会に、評価資料作成に時間を取られ、「もう疲れた」といった話題が多いのだ。そして、「患者さんのために」という言葉も、残念ながら、あまり聞かなくなった。

今の私の役割は、日本の若者を元気にすることだ。もちろん、ゴールは、それらを通して、がん研究・医療を改革することだ。これまでの仕来り・風習に逆らって、それらを変えるのは大変だという意味で、「流れに棹さす」のは難しいと書こうとしたが、嫌な予感がして意味を調べ直したところ、文化庁のウェブに“「流れに棹さす」は,「流れに逆らう,流れの勢いを止めようとする。」という意味ではありません。「流れに乗って,勢いをつける。」という逆の意味です”と書かれていた。若者や患者さんと一緒になって、「流れに棹さして」頑張りたいと思う。

こんな気持ちをさらに燃やしたのは、先日、シカゴを訪問してきた知人を迎えに行った時だ。経費節減のために、アパートに泊まっていた。その住所は、なんとなく聞き覚えがあったような気がしていたが、なんと「MELK阻害剤の治験を受けようとして、シカゴ大学を受診された」親子が滞在されていたアパートだった。このブログの“「希望」が「絶望」に変わった瞬間”で紹介した乳がん患者さんとお嬢さんが滞在していたところだった。回転ドアをくぐって中に入った時、あの時の記憶が瞬時に脳裏に甦った。http://yusukenakamura.hatenablog.com/entry/2014/07/31/124757

あの時から4年が経っている。この4年間を振り返って、がん治療に少しでも貢献できてきたのかを考えると、胸が苦しくなってくる。ある医師が「臨床を長くやっていたら、一人一人にこだわっていては、日々暮らせませんよ」と嘯いていたことがあるが、私は、逆に、医師になるって、そんなに軽いものなのかと問いかけたい。

「若い時から使命感がなかったのか」、「組織に飲み込まれているうちに使命感をなくしたのか」はわからないが、医師としての使命感を喪失した人が多くなってきたと感じている。シカゴの6年間の生活で、約20カ国の若手研究者と接したが、他のアジア諸国やアフリカから来ていた人たちと比較すると、日本から来ていた若者は「諦めが先にありき」のような気がしてならない。

研究費を獲得することが目的ではなく、本気で医療を変革したいと若者を支援する、そんな体制を作る必要があるのではなかろうか?「和(なれあい)をもって尊しとなす」など、もう、ごめんだ。

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予算は too little, 新しい事には too slow、そして、結果を too shortに求める体制

病気に関係するすべての分子を標的とする薬剤開発

シカゴは日曜日まで東京の真冬のような気候で、コートを羽織っても肩をすくめるような寒さであったが、昨日から突然、暑くなり(暖かさを通り越して、暑い)、最高気温は昨日は28度、今日は29度と一気に夏のようだ。数日前の最低気温との差は30度で、まるでジェットコースターのような温度変化だ。悲しいことに、体が全くついていけない。

今日は紹介したい話題は二つだ。ひとつはネットニュースに出ていたものだ。ある女性が転んだ際に耳に怪我をして救急外来を訪れた。長く待たされ末に、トリアージを受け、その結果、医師の診察さえ受けなかった。アイスバックと絆創膏を張っただけだったが、後日、5751ドル(60万円以上)の請求書が送られてきた。この話を導入として、救急外来に足を踏み入れるだけで、数百ドルから数千ドルの請求をされる案件がいくつか紹介されていた。

私の知人が救急搬送された際にも、外来治療を終えて入院手続きする際には数百万円をカバー可能なクレジットカードが必要だった。日本の医療保険制度に慣れ親しんだ私には、この理不尽とも思える請求額には言葉を失うしかない。しかし、このブログで何度も触れたように、日本の医療保険制度を維持するためには、医療費の削減だけを謳っていては成り立たないところまで来ている。医療保険制度は、空気や水のように存在しているのではない。子供の頃には、ペットボトルで水が販売されるとは夢にも思わなかった。しかし、今では水を買う時代になった。空気も工場などの浄化設備がなければ、中国のようになってしまう。

質の良いものを購入するためには、それ相当の対価が必要だ。質のいい医療を維持するためには、国民の負担は不可欠だと思う。いつまでも、審議拒否など続けていないで、国民のために真っ当な議論をして欲しいと心から願っている。北朝鮮問題も意外な展開となり、いろいろな状況変化に備えが必要だし、経済摩擦問題も備えが待ったなしだ。TOKYOの話題も、こんなに大騒ぎする問題なのか、疑問に思えてならない。まさに、「魔女狩り」大国、日本の様相だ。

二つ目の話題は、これまで薬を作るために難しいと考えられていた分子に対する、角度を変えた創薬の手法だ。今日の昼食時の講演会で、ボストン(ハーバード大学、Novartis Institutes for BioMedical Research)のBradner先生が「An Open Framework for Undruggable Targets」とのタイトルで産学連携による画期的な創薬手法の重要性を紹介した。名前の通りで、ノバルティス社が支援している研究所で、米国内だけでなく、上海やシンガポールでも協力している。予算規模は数千億円という。

たとえば、酵素や受容体の働きや、タンパクとタンパクの相互作用を抑えるのではなく、標的とするタンパクだけを分解することによって、がん関連分子を抑えるアプローチだ。重要ながん関連物質である、MYCやRASタンパク質だけを分解可能にする薬剤の例が紹介されていた。「ほんまかいな??」と感じたくらい衝撃だった。

また、タンパク質が分解できない場合に、それを作る基となるmRNAやDNAを壊してしまう方法の可能性も紹介された。細かいことは難しいので省略するが、頭を柔らかくしていろいろなアプローチを探るという観点では非常に役立った。しかし、頭が固くなって、回転が遅くなってきた私には、「こんな方法で、人に対して副作用という問題が起こらないのだろうか?」という不安が最後まで残った。

大変革を起こすためには、トップダウンで一気呵成にプロジェクトを進めなければならない。しかし、日本の現状を眺めると、予算規模といい、リーダーシップといい、とてもできない芸当だ。数十年来、「too little, too slow」を改めなければといろいろな施策がうたれてきた。しかし、AMEDが出来て以降、ますます、「予算はtoo little, 判断がtoo slow」そして、結果を「too short」に求めるようになってきた気がしてならない。

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あなたは診察時、患者さんを診ているの、それともパソコン画面?

2日前に、強烈な睡魔に襲われ、ベッドで少し眠ろうとして立ち上がったが、その後の記憶がない。座っていた椅子がバタンと倒れたような気がしている。夜中に目が覚め、フローリングの上で寝ていたことに気づいた。今でも、背中が痛い。椅子も倒れ、床には凹みがあった。これは大型プロジェクトの書類作成のためで、眠れない夜が続いていた。昔のような無理が利かない体であると、今さらながら、痛感させられた。しかし、先ほど、ようやく一区切りつき、メールに目を通していたところ(大半がゴミ箱に直行だが)、あるメールの標題に目が留まった。

When You Talk to Patients, Do You Look at Them or at a Computer?”必死で書いていた書類に、まさにこの問題点を指摘して、人工知能活用の重要性を強調していたところだ。新聞でも報道されたが、私は1週間前に、内閣府の           戦略的イノベーション創造プログラム(SIPAI(人工知能)ホスピタルによる高度診療・治療システム」のプロジェクトディレクターに任命された。

http://www.sankei.com/life/news/180421/lif1804210012-n1.html

 

「医師や看護師の負担の軽減につながる人工知能プロジェクト」で、真っ先に思いついたのが、患者さんの目を見て話できるように時間を確保するための人工知能の活用だ。そして、病気や治療方針の説明をよりわかりやすく、そして、医療従事者の負担を軽減する人工知能だ。これがなければ、遅かれ早かれ、日本の医療現場は立ち行かなくなる。

上記の記事(https://www.medpagetoday.com/blogs/revolutionandrevelation/72529)を日本語にすると

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー私は、先日、抱えている病気で診察を受けるため、高名な医師を受診した。彼女は、この分野では高い評価を受けている医師で、予約を入れるのが簡単ではなかった。私は、私の病気について彼女の意見を求めることを切望していた。

予約時間に訪れると、診察室に通された。そして、しばらくして、彼女は診察室に入ってきて自己紹介した。その直後、彼女はコンピューターの前に座った。パソコン画面を眺めつつ、口早に質問を続けた。それは、私の病歴を聞き取るための表面的な装いに見えた。5分くらいした頃、私は彼女が私の目を全く見ていないことに気づいた。私は自分の病気の経過を詳細に説明しようとしたが、失敗に終わった。

コンピューター画面に必要事項を記入した後、彼女は複数の検査をオーダーしておいたと告げた。私が彼女に「すでに何度も検査を受けた」と言ったところ、彼女は、それではこれまで受けていない2-3の検査をしましょうと答えた。10分経過した頃、彼女が私の病気について重要な点を尋ねていないにもかかわらず、私の診察時間が終わりに近づいていると感じた。何十年もの闘病生活で。私は自分の病気の経過を説明することに熟達しているのだが、今回は、その機会さえ与えられなかった。時間切れになる前に、彼女の意見を聞いてみたいと思った。「私の病気はどうなっているのでしょうか?」という問いに、彼女の目は依然としてパソコン画面に落としたままで、「わからないから、検査をするのよ」と言った。

私は「あなたは私の身体を診察しないのか?」と尋ねたところ、パソコンのキーボードを叩いたまま、「そんな必要はないわ」と返答した。そして、「検査結果が出た時に、また、お越しください。」と付け加えた。13分後、ようやく彼女は私の方を向いて、「Goodbye」と言った。私の診察時間中、目を見て話したのは、1分間もない。

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となる。これが非常に稀なケースならいいが、米国より忙しい日本の実情では、人的にかなりゆとりのある大病院でないかぎり、診察時間そのものがもっと短い。私の友人が、「平然と緩和ケアに言って死を待ってくださいと言われた上に、質問するのも憚られた」と嘆いていた。こんな状況になったのは、もちろん、医療関係者だけの責任ではない。医療現場での医師や看護師の負担増を、医療従事者が自己犠牲を払わなければ成り立っていかない医療供給体制そのものの抱えているひずみが大きくなってきただけだ。患者さんや家族の目を見つめ、丁寧な説明をすればするほど、自己犠牲が大きくなっていく現状を認識した対策ができていないのだ。

医療従事者の負担が軽減され、そして、患者さんや家族がより満足するには、人工知能の活用が不可欠だ。日本の医療を抜本的に変革する決断が必要だ。

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