急性リンパ性白血病に対するCAR-T細胞療法

土曜日にシカゴに戻って来て以降、曇天と雨が続いており、なんとも体も気持ちも重い。日本を行ったり来たりしたためか、時差ぼけがひどく、脳の働きがすっきりしない。4日間連続で、午前3時頃に目が覚めて、しばらく眠ることができない。こんなひどい状態になったことは過去にはなかった。歳をとったのだろうが、3週間で日本に2往復は厳しかったのだろう。

そして、こんな体力・気力が落ち込んだ時に「喝」が入るのは、患者さんや家族からメールである。今回も、若い患者さんのお父様からのメールを読んで、心のスイッチが一気にオンになった。この親子が、必死にがんと戦っているのに、コックリさんのように居眠りなどしている場合ではない。人生は気合だ!アフリカから来ている留学生から預かっていた論文の校正をすることも、このブログを書こうと思っても、頭が霞んだようでどうにもならなかったが、昨日からはエンジンが一気に全開になった。論文の校正を2日間で一気に終えて、今、この文章を書いている。

彼女はエチオピアから来ている留学生であるが、研究補助として3年近く前から勤務している。医学部に進学したいとの希望を持っており、入学に少しでも有利になるように総説を書きたいと言ってきたので、彼女を励まして書いてもらったものだ。以前に、ケニアからの留学生もいたが、彼も、まじめで、前向きで、人間的にも素晴らしい人物だった。今は、シカゴのダウンタウンにあるノースウエスタン大学の医学部に通っている。昨年12月に私の誕生日にコメントを寄せてきてくれたが、「あなたに技術補佐員として採用してもらえなければ、その数日後にビザが切れて、母国に帰らなければならなかった。そうなれば、私の医者になる夢が終わっていた。しかし、来年(2018年)の秋には研修先の病院を探すためにインタビューを受けることになる。自分の夢が叶えられたのはあなたのお陰だ。感謝しても仕切れない」と。涙腺が弱くなってきたので、読んでいてウルッとなってしまった。

彼女や彼らを見ていると、母国の患者さんに貢献したい気持ちがひしひしと伝わってくる。このような気持ちこそ、医療にとって最も大切な要素だと思う。苦しんでいる患者から苦痛を取り除き、希望を失った患者さんに希望を提供する。自分の面子や組織の利権に汲々としている人たちに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気持ちだ。何のために、誰のために、医療や医学があるのか、根源から考え直して欲しいものだ。彼らには、是非、成功して、将来は日本とケニア・エチオピアの医療分野での架け橋となって欲しいと願っている。

とタイトルと全く関係のない話が長くなったが、急性リンパ性白血病に対するCAR-T細胞療法の話に戻す。論文は2月1日号の「New England Journal of Medicine」誌に発表されたものだ。CARの抗体部分はCD19と呼ばれるBリンパ球特異的な分子を認識するので、B細胞由来の急性リンパ性白血病にしか応用できない。53名の患者さんに対して投与したところ、44名(83%)が完全寛解(がん細胞が完全に消えた)となった。この数字だけ見ると驚異的であり、5千万円の治療費も仕方がないと思えてくる。

しかし、サイトカイン分泌症候群という副作用が14名(26%)で生じており、これによって1名が亡くなっている。しかも、生存期間中央値は12.9ヶ月であるので、半数近くが1年以内に亡くなっていることになる。完全寛解率83%という高い数字と、1年で半数の患者が亡くなるという現実のギャップは大きい。がんは本当に強かに生き延びるものだと思う。

細かく読むと、骨髄の芽球数(白血病細胞)が5%未満の患者さんでは生存期間中央値は20.1ヶ月であり、5%以上の場合には2年以内に90%の患者さんが亡くなっている。前治療が多いほど、完全寛解率は低下する傾向にあった。また、サイトカイン分泌症候群は、骨髄芽球が5%未満の患者さんでは5%の頻度で起こったのに対して、5%以上の場合は41%の患者さんで認められた。白血球細胞が大量にCAR-T細胞に殺されると、不都合な免疫反応が一気に起こるものと推測される。いろいろな観点から、がんは、やはり、できる限り早期に叩くことが重要であることが再認識される。特に、免疫療法は、もっと早い段階で検証できるようにしたほうがいいと思う。

それにしても、がんゲノム医療に限らず、日本のがん医療の遅れは危機的という言葉では不十分なくらいの惨状だ。国立がん研究センターの幹部が、世界の動きを全く把握していないようなコメントをしていたと心配するメールが送られてきた。そして、相も変わらず、免疫療法バッシングが続いているようだが、CAR-T細胞も免疫療法だ。免疫チェックポイント抗体療法にしても、CAR-T細胞にしても、患者さんのリンパ球から分泌される細胞傷害性物質ががん細胞を殺している。がん患者自身の免疫力の重要性は言を俟たないのだ。味噌と糞を一緒にした魔女狩り的論調ではなく、糞を駆逐して、味噌を上手に利用する建設的な議論をして欲しいものだ。子宮頸がんワクチンもそうだが、三流の医療メディアが三流の研究者を利用して、日本の医療崩壊に拍車をかけている。

 

がんゲノム医療中核拠点;選択?か忖度か?

シカゴに戻ってきた。日本に1週間、シカゴで1週間、続いて日本に1週間。65歳の体には、非常に厳しいものがある。おまけに、外は、またまた、雪が舞っており、なんとも鬱陶しい気持ちだ。しかし、私の残りの人生を賭けた「がんプレシジョン医療(CPM)ネットワーク」を確立する準備のために体に鞭打って動き続けなければならない。

 

OTS社と韓国テラジェン社の合弁遺伝子解析企業、大きな病院グループ、免疫療法クリニック、そして、全国にネットワークを持つ臨床検査企業、人工知能企業、がん検診センター、細胞培養受託企業、医療保険会社などを含めた大きなネットワークを構築し、日本のがん医療を根底から変えていきたいのだ。すでに、前3社の提携は決定し、臨床検査企業、人工知能企業、細胞培養受託企業、がん検診センターとは、交渉中。もちろん、この枠の中に、がん患者さんや家族の団体が加わっていただけることが不可欠だ。できれば、今年の夏までには、ネットワーク発足式をしたいものだ。

 

そして、少し落ち込んだのが、日本滞在中に発表されたがんゲノム医療中核拠点11病院だ。私が、プレシジョン医療研究センターの顧問をしているがん研究所有明病院は、予想通りに?、私の期待を裏切って11病院には入らなかった。日本国内で最大の手術件数を誇っている病院であり、私が生化学部長になった1989年からゲノム研究に取り組んでいる日本のゲノム研究発祥の地だ。どこから見れば、拠点にふさわしくないのか、その理由もはっきりと公表して欲しいものだ。私は遺伝性がん研究を牽引してきた専門家だ。臨床遺伝学専門医として指導もしていた。米国ならば、何が不足していて認定されなかったのか、絶対的に反論が許される。どう考えても、忖度で決められる日本の現状を象徴している結果であると思う。

 

しかし、個人的には、ゲノム医療などは、国が規制しながら進めていくものではないと思う。シークエンス解析技術など急速に進展しており、米国に比べて5-10年遅れて歩いているような現状に対する危機意識が完全に欠落している。リキッドバイオプシーと新規免疫療法の開発が、今後のがん医療の牽引役となることは、繰り返して述べてきたし、現在、このブログで「プレシジョン医療」に関するシリーズを紹介している。国立がん研究センターを含む官のゆったりとした時間の流れでは、絶対に世界との競争に勝つことなどできるはずもない。

 

国は常にトップダウンで変革を進めようとしてきた。国立がん研究センターに予算を落とし、厚生科学研究費で配下の公立がんセンターを牛耳り、忖度というオブラートで包まれた方法で、ギルドのように研究費利権を維持しようとしている。公募という見せかけの言葉に、競争と公平な評価という科学の場で絶対に必要な条件を飲み込んで、日本の研究費制度は歪み続けている。

 

このままでいいのか日本のがん研究・がん医療は?

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プレシジョン医療―8;リキッドバイオプシーの擬陽性・偽陰性率

検査には擬陽性と偽陰性の問題が常に付きまとう。「本来は腫瘍があるにもかかわらず、検査で陰性と判定されるのが偽陰性であり」、「腫瘍がないにもかかわらず、陽性と判定されるのが、擬陽性である」。リキッドバイオプシーは、この種の問題に関しては、これまでの方法よりも複雑なので、詳細に説明したい。

 

報告されている文献から判断する限り、多くのがんでは陽性率は非常に高く、ステージ4の進行がんでは、画像的診断などからがんが存在するにもかかわらず、偽陰性となる割合は0-20%程度となっている。しかし、一般的に治癒切除可能なステージ12ではリキッドバイオプシーによる検出率は約半数程度であり、脳腫瘍や甲状腺がんでは、もっと低い数字が報告されている。脳腫瘍では、脳血流関門があるため、腫瘍DNA断片が血液中に流出しにくい、甲状腺がんでは増殖がゆっくりであるために、壊れるがん細胞の数が少ないことなどが、これらのがんでの陽性率が低い原因ではないかと推測されている。したがって、その分、偽陰性率は無視できる数字ではなく、検査結果の判断は単純ではない。ただし、血液中のDNAは数時間で壊されるために、試料の取り扱いが不適切であれば、取り出すことのできるDNA量が少なくなり、偽陰性となる可能性が高くなる。

 

そして、擬陽性の判定にも大きな課題がある。乳がんの再発をリキッドバイオプシーで追跡した結果を報告した論文を紹介する。手術で摘出された腫瘍中に認められた遺伝子異常は、手術前には血漿中で検出されるが、手術後、一旦、血漿中から消失する。しかし、数か月後には再びわずかではあるが出現する。この段階では画像診断で再発が確認されていない。そして、リキッドバイプシーで異常のある遺伝子が多く含まれるようになった(シークエンスの結果、正常DNAに対して、変異DNAの割合が高くなってくる)6-9か月後に転移が画像診断で確認されたとのことだ。この結果は二つの意味で非常に重要だ。

 

(1)リキッドバイオプシーは画像診断よりも感度が高い可能性がある。

 

再発をモニタリングする過程で見つかったこれらの結果は、リキッドバイオプシーでの陽性が擬陽性であると判断することが難しいことを示唆する。再発の追跡経過で、血漿中の変異遺伝子の割合(コピー数)が増えているし、最終的に画像でも再発が確認されている。これは、リキッドバイオプシー陽性・画像診断陰性であった結果は、リキッドバイオプシーの結果が擬陽性でなかった可能性が高いことを意味する。すなわち、画像診断よりも(超)早期にがんの再発を捉えたことを示唆するものであり、がんの再発や再燃をもっともっと早い段階で知りうることを意味する。もちろん、多くの症例での確認が必要だが、これが確認されれば、がんの治療体系を根底から変える可能性を秘めている。

 

(2)超早期での再発診断による超早期診断は、がんの治癒率を高める可能性がある。

 

これまでの画像診断で転移再発を確認した上で治療を開始した場合と比べて、リキッドバイオプシー陽性・画像診断陰性の段階で治療を開始した場合、治癒率の改善が期待されるかのではないか?最近では、大腸がんの肝転移や肺転移に対しては積極的な外科切除が行われるようになり、それによって予後が改善した。5ミリのがんと5センチのがんでは、がん細胞数は1000倍異なるし、一般的には小さいがんの治癒率は高い。したがって、目で見えない(画像で判別できない)段階での治療の開始は、治癒率を高めると私は確信している。

蟻塚でもがく日本

今、シカゴオヘア空港にいる。まだ、体調は完全には回復していないが、あと1時間ほどで飛行機に乗る。今回は、2泊でシカゴに戻る予定だったが、他の重要案件の予定が入り、5泊することになってしまった。ようやく、時差ボケも取れ、体調も戻りつつある中での、東京行きは正直かなり気が重い。

 

しかし、7月以降の活動に決定的な影響のある会議が続くので、気は抜けない。私の考える「がんプレシジョン医療」は「がんの診断」「治療薬選択」「新規の免疫療法開発」とがんの医療体系を改革することを目指している。ゲノムと人工知能が共通のキーワードなので、大きな視点でとらえた方が、より効率的に新しい医療の構築につなげられる。

 

繰り返しになるが、日本では数百遺伝子を調べる遺伝子パネル検査がようやく動き出した。それに、50万―80万円の検査費用が設定されようとしている。これだけの費用をかければ、今の技術と価格では、正常とがん組織のエキソーム解析とトランスクリプトーム解析は十二分に可能だ。そして、遺伝子パネルでは得られないネオアンチゲン情報も得ることができる。これを考えれば、5年後を見据えて、全エキソン解析に舵を切るべきだが、そうはならない。5年前に考えたことを、今になって実現化するといったスピード感の無さが、日本のガラパゴス化につながっているのだ。

 

悲しい話だが、日本から入ってくる話は、5年以上も前に米国でされていた議論と同じで、黴臭くなった話だ。ゴルフで、10年くらい前の古いクラブと古いボールを使えば、ほぼ勝ち目はない。最先端の技術と情報を速やかに医療現場に取り入れていく発想が必要だが、常に5-10年前の米国の情報をもとに、議論されているように思えてならない。

 

最先端のポジションで、最先端の取り組みをしてこそ、最先端のイノベーティブな発見が生まれる。それを医薬品開発や診断法開発につなげてこそ、日本は医療の先端国でありうる。この20年間以上、この当然のことができないままに、日本は蟻塚の中でもがき、脱出できないでいる。オリンピックではないが、がんばれ、日本だ。

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厳寒のシカゴで「愚者の選択」?

シカゴは寒さと雪が続いている。日曜日にシカゴに戻ってからゼロ度を上回る日がない。そして、帰国直後から、疲れからか、体が重く、頭も働かず、4日間ほど寝込んでいた。これほど体が重く感ずるのは、シカゴに来て初めてだ。それでも、仕事は蓄積してくるので、体に鞭打ってこなしている。

日曜日に放映された「賢者の選択」は

https://urldefense.proofpoint.com/v2/url?u=http-3A__kenja.jp_pickup-5Fnakamura_&d=DwICJg&c=Nd1gv_ZWYNIRyZYZmXb18oVfc3lTqv2smA_esABG70U&r=9HJJIxiHKIuH-Bb2GZZJc8nHGLB9XzIfBmJnz11WIH0&m=2lxAwPukz82f8wdH5nKVWdieBOKzaUn61no-namK1Us&s=dv7ghcYoghO693jwXR8nAyVVv4kDfruAZT7dB9cK4ps&e=

  で見ることができるようになっているが、まだ、見ていない。自分の登場する番組は、見るたびに反省だけが残るので、次第に恐ろしくなって見ないことが多くなった。あのように言えばよかったとか、こうすればよかったとか、いつも後悔していた。今回も、見ると落ち込みそうで、小心者の私はなかなかクリックできない。

収録番組では、実際に番組で流される2倍、時によっては3倍くらい録画され、最終的には番組の担当者によって切り取られる。素晴らしい編集者がいる半面、こちらが言った意図を歪めるような編集になることもある。特集番組などでは、2時間が2分しか利用されないことも少なくない。私の部下の多くがテレビに出ると実家に連絡したが、まったく放送されず、翌日落胆して出勤してきたことがある。収録時に「この場面は大事です」という嘘は、テレビ業界では許されるものらしい。医師がこんな無責任なことを言えば、つるし上げられるが、大手のテレビ局は何でもありだ。私もビートたけしの番組に協力した時、たけしが収録中に不用意な発言をして(詳細は教えてもらわなかったが)、私の部分が完全にカットされたことがある。何時間かけて協力しても、電話一本でお払い箱だ。

そして、この忙しい中で、アポイントメントを取っておいたシカゴ大学の上司に、「6月一杯でシカゴ大学を辞める」と報告した。遅くとも1ヶ月前に告知すればいいことになっているが、いろいろと進行中の計画もあり、ギリギリになって迷惑をかけるのも申し訳ないのでこのタイミングで報告した。ネオアンチゲン療法の提唱者である仲良しのHans Schreiber教授と奥様からは、「ぽっかり穴が開いたようで寂しい」とのメールが来て、メールを読みながらウルウルしてしまった。彼との議論を通して学んだ事は最大の収穫だ。口角泡を飛ばしてのやりとりは、本当に有意義だった。私が出会った研究者の中で、もっとも純粋な気持ちの研究者だと思う。

シカゴ大学で宣言したものの、日本で戻る場所が正式に決まっているわけではないので、ここで報告はできない。ひょとすると7月以降は定職がない事態もありうるが、出たとこ勝負だ。1年位前から、いろいろと考えていたのだが、決断の最大の理由は、日本のがん患者さんのために、もっと直接的に貢献したい気持ちが強くなってきたことだ。シカゴ大学は定年がないのに、どうしてかとも聞かれたが、募ってきた気持ちを抑えることができなくなってきた。がん患者さんに貢献できる場所があれば、東京でも、大阪でも、いわきでも、どこにでも行きたい。

この6年間、シカゴにいても、多くのがん患者さんや家族の声が日本から届いた。メールを読んでいて、胸が張り裂けそうになる時もあった。子を思う親の気持ち、親を思う子供の気持ち、連れ合いを思う嘆きの声、「がん難民」はたくさんいるのだ。日本にいたとしても、何もできなかっただろうが、少なくとも直接声をかけることができたかもしれない。ありがた迷惑かもしれないが。

何らかの貢献をしたいと思いつつも、現実的には何もできなかった。がん患者さんのために自分に何ができるのか、何度も自分に問いかけ、天国にいる母親のお告げを聞こうとした。そして、ここに至った。この決断は、「賢者の選択」ではなく、「愚者の選択」に終わる可能性もある。人もいない、お金もない状態から立ち上げるのはとっても大変だ。シカゴに来た時、ここで学ぶことによって、より多くのがん患者さんに貢献できると思った。そして、多くのことを学んだが、日本でもっとがん患者さんに貢献できる道を探したいと今は思う。

政治力も、影響力もない私だが、一人でも、二人でもいいので患者さんに寄り添って希望を提供できる存在になれば良いと願っている。そして、日曜日から、また、日本に向かい、5日間滞在する。体は重いが、気持ちは前を向いている。

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人間愛のないがん医療

今、日本にいて、明日朝、羽田からシカゴに戻る予定だ。1週間の滞在の間、火曜日から水曜日にかけて、いわき市に行き、木曜日と金曜日は徳島にいた。月曜日には国際医療福祉大学三田病院で、肉腫センター主催の講演をしたので、1週間に3回の講演会をした。昔は、これくらいの活動は平気だったが、さすがにシカゴーいわきー徳島―シカゴの移動は体には厳しいものがある。

 

しかし、福島県の被災地で地域医療に注力している人たちに会ったのは、いい刺激になった。7年前、大震災の被害に遭われた方たちに、何か貢献したいと1年間もがき続けたが、何も出来なかった。そんな自分が情けなかったし、当時の政権に失望した結果として、今の私がある。6年間シカゴに暮らし、力を結集すれば、日本を世界に冠たるがん医療先進国にできるのではという想いが募ってきた。その一方で、今さら、私が言い出しても周りはついてこないのが現実だと思う。そんな心の葛藤が1年以上続いたが、多くの患者さんから「日本に戻って来てください」という声を直接聞き、日本に戻る覚悟を決めた。敢えてこの歳で苦労を買って出る必要はないと思うが、心がそう叫んでいる。今回の帰国期間中にも、これでいいのか日本のがん医療という声を聞いた。

 

あまりにも安易に「あなたは6ヶ月です」「あなたは3か月です」と予後を告げる標準医療・マニュアル医療に怒りを覚えたという声を3回聞いた。外食6回で3回だから、確率は非常に高い。決して医療側だけの責任でこのような無機質な心の通わない医療になったのではない。「患者に告げなかった」ことを極悪非道のように報道したメディアの責任が最も大きい。医療側も重い心の負担を背負い込むことなく、統計学的な事実とおりに(悪く言うとマニュアル通りに)余命を宣告することが科学的だと喧伝した。医療は科学的であるべきだが、私は人間愛を無くしては「医療」と呼ぶに値しないと思う。

 

三田病院の講演後に、一人の患者さんから、「希望を持って生きることが私たちには必要だ」と涙を流しながら訴えられ、演者席で思わず涙ぐんでしまった。母が亡くなる前の6ヶ月間を振り返ると、本当に辛い日々だった。私の同級生に、余命を宣告するのは私に任せて欲しいと言ったものの、最後の最後まで母には切り出せなかった。そして、自宅に連れ帰った時に、タンスの引き出しから白い死装束を見つけた時には、涙が止まらなかった。言わなくても本人にはわかるものだと。米国流の在り方が日本人に適しているのかどうか疑問だ。私は、患者さんの苦しみを背負い込むのも医師の仕事だと思っている。患者さんの家族から、患者の死後に訴えられても、患者さんの精神的な苦しみを背負うのも医療の一部だと思っている。築地の新聞社からは、時代錯誤だと批判されそうだが、「自分が亡くなる日を数えて暮らせ!」と告げることは血が通わない医療だと思う。

 

そして、突然話が変わるが、AMEDが、私が立ち上げたバイオバンクの維持をする機関を公募したと聞いた。はっきり言ってアホだ、虚けだ、大馬鹿だ。東京大学医科学研究所にDNAバンクも血清バンクもある。物理的に他の機関が維持できるはずがない。すべて公募する取り決めだから公募するでは、馬鹿の一つ覚えだ。何の思考力もない組織であると言わざるを得ない。公募にすることによって、すべて選考・評価委員会の責任にするなら、各省庁の研究費運営組織よりも、質が悪い。各省庁でも、先を見据えた研究案が練られている。国家戦略としてトップダウン戦略が必要なものがあるはずで、それがなければ魂のない仏像と同じだ。歯車を公募で集めても、すべての歯車がかみ合わされないと機能しない。不可欠な歯車が何か、誰に作らせればいいのかを考えるのが、本来の責務だ。こんなことを書いていると、日本に戻ってもAMEDの支援は期待できない。

 

そして、明日正午に日経CNBC,午後6時にBS12、明日の22時にサンテレビの、「賢者の選択」という番組に出演する。私の思いを語った番組だ。ぜひ、ご覧になっていただきたい。

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がんプレシジョン医療ー7;がん細胞を見つける

この範疇には、ゲノム情報を利用して、「がんを早期診断すること」、「がんの再発を超早期に診断すること」、「手術後のがん細胞の残存を診断する」、「がん細胞を定量的に計測すること」などが含まれる。 

これらを可能にしたのは、DNAシークエンス技術や遺伝子変異を鋭敏に感知する技術だ。特に、正常な1000分子中に1個しかないような異常遺伝子を検出できることになったのは大きい。といっても、特定の遺伝子の変異を高感度に検出する試みは、われわれも含め、20年前から行ってきたことだ。

ひとつの例を紹介したい。

リンパ節中に存在するがん細胞をKRAS遺伝子を利用して検出する方法だ。下にあるのは1996年に作成したスライドである。MASA(Mutated Allele Specific Amplification)と命名した変異遺伝子だけをPCR法(遺伝子増幅法)で増やして、検出することができることを紹介したものだ。正常KRAS遺伝子1000:KRAS変異遺伝子1の割合で存在していても、、PCRの際のプライマーと呼んでいる分子を工夫することで、正常遺伝子を増やさず、変異遺伝子だけをPCR法を利用して増やす(増幅する)ことで、極微量な変異遺伝子の存在を明らかにする方法である。変異遺伝子だけを増やすことによって、PCR前の1000:1の比を1000:100,000に逆転でき、変異遺伝子の存在=非常に少数のがん細胞の検出ができる。ただし、検査は厳格な条件で行わなければならず、習熟した技術者が、手順通りに進めていかないと、疑陽性や偽陰性というエラーが起こる。どんな検査でもそうだが、まともなトレーニングを受けていないものが簡単にできるものではない。

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近いうちにすべてが自動化されるだろうが、機械を扱う人が未熟だと、結果が怪しくなる。結果はLancet誌(1995年 林ら)に報告した。がん細胞へのリンパ節転移を遺伝子レベルで検出した結果、組織学的な検査で陰性であっても、遺伝子レベルで陽性であることがあることを示したものだ。

 

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182名の大腸がんケースで調べたところ、組織診断陰性・遺伝子診断陰性の83例は再発がなかったが、組織診断陰性・遺伝子診断陽性78例では、約45%の35例が再発したという結果だった。当時、遺伝子診断陽性例に、強い化学療法をすることによって再発率を下げることができないかどうか、臨床医に相談をした。しかし、残念ながら、現在利用されているような有効な化学療法もなかった時代なので、ここで研究が終わってしまった。時代を先取りしすぎたのかもしれない。「オーダーメイド医療」もそうだが、周りがついて来れないことを言っても、変人扱いされるだけだ。「バイオバンクジャパン」も10-20年後の評価を待ちたい(私はこの世にいないかもしれないが)。その頃にはAMEDもなく、誰も責任を取らないだろうが。 

後述する血液を利用したリキッドバイオプシーでも、摘出したがんで見つかったものと同じ異常遺伝子が、術後に血液中に検出された症例は2年以内にほぼ全例が再発していたとジョンスホプキンス大学のグループが報告している。

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 上記も1996年に作成したスライドだ。痰・便・尿・膵液(十二指腸液)を利用したがん診断の可能性を示唆したものだが、血液は含まれていない。まさか、DNAシークエンス技術がこれほど早く進歩すると想像していなかった。技術革新が、できないと思っていたことを可能にしたのだ。