がん患者さん・家族・団体への恩返しのために

今年の日本の勤労感謝の日と米国のThanksgiving Dayは同じ日となった。勤労感謝のも日が1123日に固定されているのに対し、米国のThanksgiving Day11月の第4木曜日となっているので、5-6年に一度しか同じ日にちにはならない。この頃から、正月明けまで、時がゆっくりと流れるのが特徴だ。日本の正月休みには時が止まったかの感があるが、米国のこの1か月あまりは、だらだらと時が流れている感じだ。

今、東京医科歯科大学で26日の午後1時から開催される「がん患者大集会」に参加するために、オヘア空港にいるが、意外にも人が非常に少ない。荷物検査に時間がかかると思って早く来たが、荷物検査場もガラガラで、かなり肩透かしだ。連休の中日なので、人の移動が少ないようで、空港のラウンジも今までに見たことがないくらい閑散としている。気候も10月に続いて11月も比較的穏やかで、水曜日の朝にマイナス4度まで冷え込んだが、今の外気温は15度もある。水曜日は完全防備で歩いて出勤した。心臓への負担は心配だが、運動不足も不安なので、マイナス10度までは頑張って歩いて通勤したい。

今回の「がん患者大集合」のテーマは「患者力」だが、このテーマは私には荷が重いので、講演では世界の動きを紹介することに重点を置きたい。しかし、少しだけ触れると、がんを克服するためには、「自分自身のがんと闘う、患者さん自身の力」が不可欠だし、「がんという病気を国レベルで対応するための圧力団体としての患者力」も必要だ。それに加え、米国のがん患者団体は寄付金を集めて研究支援する、「研究をリードする力」も持っている。

個人レベルの患者力として、免疫力を高めるさまざまな工夫が絶対的に不可欠だ。もちろん、詐欺師に騙されてはならない。私自身は、科学的な臨床試験の形で、ネオアンチワクチン(+樹状細胞)療法、あるいは、がん抗原特異的TCR導入T細胞療法を進めるべく準備を整えている。人生最後の仕事と思っているが、日本で確立できるまで生きていられるかどうか健康には自信がなくなってきた。しかし、ここで引き返したり、立ち止まったりしているわけにはいかない。前に進むしかない。坂本龍馬は死ぬ時も前のめりに崩れ落ちたというが、私も最後の一歩まで前向きに進む覚悟である。

6年前にシカゴに移った際には、朝日新聞事件によって心が折れた上に、民主党政権下でのストレスが重なって、日本に対する愛国者を自認する私でも、日本という国にいるのが嫌になった。私に期待をかけて待ってくれている患者さんがたくさんいることを十分に理解していても、メディアの理不尽さ、政権の津波サバイバーや放射線に暴露された人たちへの不誠実さに、心が前を向いて歩む気力を失ってしまっていた。最近の安倍政権に対する「印象操作」という言葉を聞くたびに、私に対する朝日新聞の「印象操作」を思い出し、胸が苦しくなる。関係のない事実を並べ、「ワクチンを開発するためにオンコセラピー社を設立した」という根も葉もない嘘をでっちあげてまで、印象操作を行った。一人の研究者を抹殺するための悪意が満ち満ちていた。しかし、私は学術団体、そして、患者団体に守られて生き延びることができた。その恩義は決して忘れない。それがなければ、私の人生は終わっていただろう。私ができる恩返しは、がん患者さんの健康と笑顔を取り戻すことだ。

私が日本で始めようとすることには、必ず、抵抗勢力が足を引っ張ってくるだろう。「面従腹背」の厄介な人たちが登場してくるかもしれない。でも、今回は何があっても逃げない。そして、たとえ、私が前のめりで倒れても、後継者が必ず成し遂げる用意を周到にするつもりだ。久しぶりに闘争心が蘇る。私は、カーブやフォークボールを絶対に投げないし、隠し玉などしない。ストレートを投げ続けて試合を続けるだけだ。それで負けても本望だ。

20171126日、日曜日を、日本のがん医療の記念日とするために、是非、多くの人に集まってもらいたい。選挙と同じで、数こそ力だ。これも患者力を示す一つのバロメータになるはずである。知人・友人を誘って来場いただけることを心から願っている。厚生労働省に力のある政治家・がんで闘病している政治家・少し元気のない都知事なども集まって欲しいものだ(望みは限りなくゼロだが)。

よし、今から東京に向けて出発だ。

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リキッドバイプシーで免疫治療の効果予測?

10月号の「Clinical Cancer Research」誌に「Hypermutated Circulating Tumor DNA: Correlation with Response to Checkpoint InhibitorBased Immunotherapy(免疫チェックポイント抗体治療法の効果が、血漿中DNAに遺伝子異常が高頻度に検出されることと関連する)という論文が掲載されていた。内容的には低レベルな論文で、これを臨床応用するには大きな課題を解決する必要があると考えるが、国際的な流れの一つとして紹介したい。

 

著者たちは免疫チェックポイント抗体薬を含む治療法を受けた69名の患者の血漿DNAを利用して、54-70種類の遺伝子変異を調べた。そして、遺伝子変異のうち、タンパク質の機能に及ぼす影響がわからない遺伝子変異数が3以下の群(49名)と4以上の群(20名)に分けて、治療効果を比較した。その結果、最低6ヶ月間病変の進行が認められなかった患者/腫瘍縮小効果が認められた患者の割合が、変異数4以上あった群では45%に対して、3以下の群では15%であったと報告していた(p値は0.014)。変異の影響が明らかである遺伝子異常を含めた遺伝子変異数で比較した場合、7以上と6以下の群に分けても同じような差が認められたとも記述されていた。いずれにせよ、タイトルにある「Hypermutated」と呼ぶには程遠い数字だ。

 

すでに、遺伝子異常数の多い患者では、免疫チェックポイント抗体治療の効果が高いことが示されており、この論文はその遺伝子異常をリキッドバイオプシーで評価したことに新規性があるのだろうが、臨床応用には遠いうえに、科学的に容認できない大きな問題点が二つある。変異数3以下と4以上で二つのグループに分けているが、調べた遺伝子数が54-70と幅がある点が最大の問題だ。70種類の遺伝子を調べて遺伝子変異4つあった患者さんでも、54種類の遺伝子しか調べないと確率的には3つの異常しか見つからない(遺伝子の大きさや調べる範囲の影響もあるので、単純な計算では比較できないが)。したがって、科学的に比較するならば、70遺伝子を調べたとしても、54遺伝子で揃えて解析すべきである。私が審査員なら、絶対に容認できないレベルのいい加減な方法論だ。

 

そして、変異数3で線を引いて二つの群に分けた根拠が明確でないことも問題だ。P値が最も小さくなる(統計学的な差が最も大きくなりそうな)所で線を引いたのならば、これも統計学的に不適切だ(複数の異なる数字で線を引いて検討したのなら、このレベルのp値で統計学的に意味があるとは言いがたくなる)。変異数の中央値で線を引いて2群に分類するならばともかく、49名と20名と偏った二群に分ける根拠が乏しい。さらに、進行がんでも、限られた遺伝子だけを調べる場合、リキッドバイオプシー検査が陰性の患者が数十%程度いる。このような症例をどのように評価していくのかも大きな課題だ。この論文は、流行の治療法+流行の検査法を組み合わせたので、審査の基準が甘くなったのであろうが、科学的に非常に雑な(複雑ではない)レベルとある。

 

とはいえ、肺や肝臓のバイオプシーに比べれば、血液を利用できるリキッドバイオプシーは、患者さんへの負担は格段に軽い。血漿中にあるDNAの量が限定的なので、一定の頻度の擬陰性(本当は陽性だが、検査結果が陰性とでる症例)は避けることができないが、バイオプシーによる患者さんの肉体的・精神的負担や合併症のリスクの軽減、採血による医療側の負担の軽減、医療費の節減などとのバランスを考えて議論し、方針を決定していく必要がある。

 

世界の動きは加速度がついているので、日本の周回遅れが大きくなっている、そんな気がしてならない。

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相撲界のAlternative fact

シカゴは一気に冬に突入だ。今日は、久しぶりに晴れ上がったが、外の気温は午前11時にマイナス1度とすっかり冷え込んでいる。強い風も吹いていて、縮み上がるような感じだ。

 

そして、日本の相撲の世界がドロドロとしている。モンゴル人力士の飲み会で、横綱が平幕の力士に暴行したのは事実のようだが、日本相撲協会の政治パワーゲームも関係するようで、謎は深まるばかりだ。

 

そして、複数のAlternative factがあり、誰かが、嘘をついていることが明白だ。最終的に、いずれか、あるいは、双方の当事者の責任は回避できない状況だ。Alternative factとして

 

1.ビール瓶で殴ったのかどうか?

この点は、犯罪性の悪質さを判断するうえで、大きな鍵となる。相撲では張り手などの技があるので、ビンタ程度であれば、痴話げんかの延長線上レベルだが、ビール瓶で頭を殴るというのは生命を脅かす行為であり、明らかな犯罪である。被害者と加害者ではこの点は、対立しているし、ビール瓶では殴っていないと証言した横綱も、これが嘘ならば責任は免れない。

 

2.けがの重症度

「頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」との診断書を書きながら、「相撲を取るには問題がない」と発言した医師も不可解だ。画像や症状からこのように診断したならば、相撲には支障ないと言うのは無責任だ。相撲の激しさを考えれば、「頭蓋底骨折疑い」と「相撲を取るのは大丈夫」は整合性がないように思う。また、警察に提出した診断書と相撲協会に提出した診断書が異なっているのを指摘して騒いでいたメディアがあったが、これは貴乃花親方を批判する意図が透けて見える。硬膜下血腫など症状が遅れて出てくるケースなど少なくはなく、時間が経過して症状が重くなれば、診断名は変わってきてもおかしくはない。報道を見る限り、被害者がどのような生活を送っていたのか、入院前に具体的にどのような症状が出ていたのかという、ケガの重症度を判断する材料がない。症状が軽かったのか、入院しなければいけないほど重症だったのか、という事実こそ、この事件の最重要項目だと思う。

 

3.休場を要する状態だったのか?

2と関連するが、休場を余儀なくされるような重症だったのかどうか、これも悪質さを判断するキーポイントだが、被害者の実情に焦点が当たっていない。報道の中には、休場する必要がないにも関わらず、無理に休場させて政治問題化させたかったと指摘するものもあった。

 

4.横綱が暴行を始めるきっかけとなった行為

被害者が「あなたたちの時代が終わった」と言った一言がきっかけだったという報道や「説教している最中に、着信のあった携帯出ようとした」、あるいは「〇〇〇と言った」のがきっかけなど、ハッキリしない。何を言ったにせよ、暴行は許されるものではないが、情状酌量と言う観点では重要だ。

 

単なる暴行事件ではなく、相撲協会幹部とストイックな貴乃花親方の対立が見え隠れしていて、モヤモヤとした感じが漂っている。近々、警察によって事実が明らかにされるのだろうが、何らかの嘘やごまかしが明らかになれば、責任は免れないだろう。しかし、この事件によって、確実に、相撲界はイメージダウンした。

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切除不能第3期非小細胞肺がん患者・化学放射線療法後の抗PD-L1療法

今日の「New England Journal of Medicine」誌に「Durvalumab after Chemoradiotherapy in Stage III NonSmall-Cell Lung Cancer」という論文が掲載されていた。Durvalumabは抗PD-L1抗体であり、対象となったのは、第3期の局所進行・切除不能肺非小細胞がん患者さんで、かつ、化学放射線治療治療でがんの進行が認められなかった症例である。

 

709名の患者さんのうち、473名がこの抗体治療を受け、236名が偽薬を受けた。無増悪期間の中央値は、抗体治療群で16.8ヶ月、コントロール群で5.6ヶ月であった。12ヶ月間無増悪であった症例の割合は、抗体治療群で55.9%、コントロール群で35.3%18ヶ月間無増悪であった症例の割合は、抗体治療群で44.2%、コントロール群で27.0%となっていた。腫瘍縮小効果が認められた割合は、抗体治療群で28.4%、コントロール群で16.0%であった。グレード3-4の重篤な有害事象は、抗体治療群で29.9%、コントロール群で26.1%であり、わずかの差しかない。このうち、肺炎は、それぞれ、4.4%3.8%であった。有害事象のため、治療が継続できなかった患者さんの割合は、抗体治療群で15.4%、偽薬群で9.8%であった。心の歪んだメディアの人たちに念を押しておくが、偽薬群での有害事象は、常識的に考えれば、がんの進行によるものであり、進行がん症例を対象とした臨床試験では、がんの進行による有害事象は必然的に起こるものである。

 

少し脱線したが、この段階の肺がん患者に対する抗PD-L1治療薬の効果は明らかである。解釈が難しいのは、コントロール群でも16.0%の割合で腫瘍縮小効果が認められた点である。おそらく、化学放射線治療によって、がんの部位での免疫細胞の活性化が起こり、治療終了から遅れて、これらの免疫細胞による攻撃が始まり、がんの縮小が起こったと考えられる。しかし、化学放射線治療が終了してから、1-42日後に抗体治療が開始されているので、単に、前治療である化学放射線治療の効果が少し遅れて出てきた可能性もあり、どう判断するのかは少し難しい。

 

化学放射線治療によって、病勢がコントロールされている(病気の進行が抑えられている)患者さんにおいては、がん組織内で免疫細胞が活性化されている可能性が高いことが示唆されている。したがって、このような症例に対して、追加的に免疫チェックポイント抗体でさらに免疫細胞の活性化を図るのは、理にかなっていると思う。それゆえ、12ヶ月、18ヶ月の無増悪患者の割合が、かなり改善しているのだと考えられる。

 

臨床試験の統計学的な結果だけをエビデンスと信じて疑わない人たちが多いが、医学は科学であり、どのようにすれば今よりも患者さんの生活を改善することができるのかを科学的な思考をもとに考えていくのが医学・医療に携わる人間の責務であると思う。やればできることを、何もしようとしない。それでいいのか、日本の医療は?

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がん細胞はHLA遺伝子を欠落させて免疫系から逃げる!

1130日号の「Cell」誌に「Allele-Specific HLA Loss and Immune Escape in Lung

Cancer Evolution」という論文が掲載されていた。非小細胞肺がんを詳細に調べた結果、早期のがんの40%HLA遺伝子の存在する部位が、細胞から欠け落ちていたそうだ。遺伝子がなくなると、もちろん、HLAを作ることができなくなる。免疫チェックポイント抗体の効果が限定的である理由の一端にもなっている。われわれは、メラノーマの組織を調べて、HLAの発現がない腫瘍では抗PD-1抗体が効かないというデータを報告しているが(http://dx.doi.org/10.1080/2162402X.2016.1204507HLAの発現を落とすことは、がん細胞が免疫系の攻撃から逃れる重要な仕組みの一つだ。

がん抗原(がん細胞の目印となる)はHLAに結合することによって、リンパ球から抗原として認識される。したがって、がん細胞が免疫系の攻撃を回避する仕組みとしてHLAを作らなくすることは、当然と言えば当然のことなのだが、HLAの重要性が通用しないことが多い。特に、マウスでがん免疫研究をしている人たちには、がん細胞が免疫という攻撃から逃れるためにHLAを作らなくしているという考えがあまり通用しない。マウスでは、多くの場合、100-200立方ミリメートルの大きさの腫瘍を対象に研究がなされる。人で直径2センチのがん(早期がん)が見つかると、球体の体積は4立方センチメートル超であるので、細胞数は数十倍である。直径が5センチになると約65立方センチメートル(約60億個の細胞)となり、マウスの研究で対象となるがん細胞数の数百倍となっている。細胞数が多い分だけ、人ではがん細胞の多様性が桁違いに大きい。進行した乳がんや前立腺がんではHLAを作らないものが多いことはよく知られている。そして、免疫細胞の多様性は、マウスと人の体重差である数千倍よりも、数桁以上大きい。

がん細胞は、分裂する過程で、DNA(遺伝子)の変異を蓄積する。われわれの体は、がん細胞がのさばってくるのを黙って見過ごしている訳ではなく、免疫細胞などを利用して排除しようとしている(排除は政治の世界では禁句のようだが)。しかし、がん細胞がHLAを作らなくする変異を起こすと、がんはがん細胞である目印(抗原)を提示しなくなる。個体(がん患者)から見れば、がん細胞が免疫細胞(がん傷害性リンパ球)に対してステルス化することを意味する。一部の研究者は、「がん細胞が免疫系の攻撃から逃れるために変異を起こす」と説明するが、がん細胞が都合よく、特定の部位に変異を起こすことができるはずもない。分裂を繰り返す過程で、偶然、HLAを作らなくなった細胞が、免疫系の攻撃を回避して生き延びるのである。もちろん、これ以外にも、がん細胞は免疫攻撃から逃れる仕組みをたくさん持っている。

と、かなり横道に逸れたが、大事なことは、がんが進行してから免疫療法を試みても、この論文からわかるように、効果を発揮する可能性が低くなることだ。がんの領域では、薬剤が尽き果てた患者さんを新薬の臨床試験の対象とするのが通例のようになっている。この段階では、がん細胞の数は数百億個から1000億個超となっている。感染症を発症してから、ワクチンを投与しても遅すぎるのと同じように、がんが大きくなって多様性を増し、がん細胞の集団が免疫細胞の攻撃から逃れる準備を整えてから、免疫療法を試みても遅いのである。リンパ球対がん細胞の数で考えても、がん細胞の強さを考えても、勝てる確率は格段に下がってくる。科学的に考えれば、免疫療法の効果を検証するには、もっと早い段階のがん患者さんで検証するのが理にかなっていると思うのだが、頑固な頭を切り替えるのは大変だ。ビール瓶で頭を殴りたいところだが、大騒動になり、警察に逮捕されるだろう。海外のものを日本で一番先に取り上げて、それで満足するような文化を変えることが不可欠だ。

メディアで5000万円のがん治療薬が取り上げられているが、いい加減に、国家戦略として、海外依存体質から脱却するための具体的な方策など打ち出せないものか?がん患者団体にも、是非、もっと積極的なロビー活動をして欲しいと願っている。

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5年間のホルモン療法後の長期間乳がん再発率;厳しい現実を前にして

先週号の「New England Journal of Medicine」誌に「20-Year Risks of Breast-Cancer Recurrence after Stopping Endocrine Therapy at 5 Years」(5年間でホルモン療法を止めた後の、20年間にわたる乳がん再発リスク)というタイトルの論文が報告されていた。多くのがんでは5年間再発がなければ、ほぼ完治したと考えられているが、乳がんはどこかに潜んでじっとしたまま、5年以上してから突然再発するケースが少なくない。今回の論文では、EBCTCGというデータベースに登録されていた500,692名の臨床試験に登録された乳がん患者から、5年間だけホルモン療法を受け、その間無再発であった乳がん患者62,923名を追跡調査した結果である。気の遠くなるような数字であるが、このようなデータベースはがん治療の進歩には絶対に必要だ。

 

乳がんは5年を過ぎても再発するケースが少なくないことから、ホルモン療法を10年間程度まで継続することが多くなっているが、女性ホルモンの働きを抑えると、更年期障害に類似した症状を併発する。副作用のレベルも個体差があるが、それらを規定している要因もはっきりしない。そして、骨粗しょう症や筋力低下などが日常生活に支障を引き起こす場合もあるので、単純に乳がんの再発予防を優先して、ホルモン療法を継続するという訳にも行かない。そして、この論文では、5年間でホルモン療法を止めた患者さんの5年目以降の遠隔転移リスクが、腫瘍の大きさとリンパ節転移の程度に関係することを明らかにした。

 

腫瘍の大きさがT1(2センチ以下)でリンパ節転移がなかったケース(N0)で、5-20年間の間に遠隔転移が見つかるリスクが13%、T1で1-3個のリンパ節転移があった場合(N1-3)で20%、T1で4-9個のリンパ節転移があると34%であった。5-10年の年間遠隔転移リスクはT1N0で0.8%/年、T1N1-3 で1.5%/年、T1N4-9 で3.2%/年だそうだ。腫瘍の大きさがT2(2センチより大きく、5センチ以下)でリンパ節転移がなかったケース(N0)での5-20年間の間に遠隔転移が見つかるリスクは19%、T2N1-3で26%、T2N4-9で41%であった。T1でも1センチ以下でリンパ節転移がないと5-10年間の遠隔転移リスクは0.5%/年と低くなる。そして、病理学的な悪性度が高くなれば、当然ながら再発リスクも高くなる。

 

約50万人から約6万人に絞りこむ過程で、バイアスがかかっている可能性があるので、この数字が絶対的に正しいかどうかは配慮する必要がある。また、著者も述べていたが、ホルモン療法を5年間受ける予定の患者を選んだのだが、本当に5年間ちゃんと服用していたかどうかが確実でないという問題点もある。また、化学療法の有無や抗HER2抗体療法を受けていたかどうかの情報もない。しかし、結論として、副作用があっても、命に関わるもではないので、ホルモン療法を長期間受けたほうが望ましいのではないかと述べられていた。確かに細胞傷害毒性の強い抗がん剤に比べれば、副作用のレベルは高くないが、骨粗しょう症が進行した段階で、筋力低下による転倒などで骨折し、寝たきりになるケースもある。人生を長さだけで評価するのではなく、どのように生きたのかを考えることも重要だ。

 

腫瘍の大きさ、リンパ節転移の有無で違いはあるものの、前述した13-41%の数字は、無視するには大きすぎる。この論文の数字は、間違いなく、厳しい現実を患者さんに突きつけている。この結果が現実の数字であるとしても、20年間も再発リスクを心配しながら生活するのも辛いものがある。

 

この数字を改善するためには、HER2陽性症例には術後にHER2抗体療法を加えることも一つの方法かもしれない。もちろん、免疫療法を加えると予後は良くなると期待される。しかし、リンパ節転移のない、あるいは、少ない、そして、腫瘍サイズの小さい、再発率の低い症例で臨床試験をするには、膨大な費用が必要となる(観察期間が長くなるほど、臨床試験の経費は嵩んでくる)。この厳しい数字を改善し、再発の不安を低減するためには、臨床試験の制度設計から考え直す必要があると思う。もちろん、国の責任においてだ。がんの臨床は大きく変わりつつあるが、固定概念という呪縛が、進歩を妨げている。科学的・論理的な発想を臨床現場で速やかに評価できるような体制作りをしないと、日本は欧米だけでなく、中国にもすぐに追い抜かれるだろう。嘆いているだけではどうにもならないことはわかっているのだが、タメ息しか出てこない自分が悔しくもある。

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基礎も臨床も「木を見て森を見ずに」ならないように

今、羽田空港にいる。高松宮妃がんシンポジウムに3日間参加したが、3日間座り続けるのは結構きつかった。しかし、腫瘍微細環境について、かなり色々なことを勉強できた。私は腫瘍環境の中におけるT細胞やB細胞の話に絞って話題を提供したので、他人のことは言えないが、どうも木を見て森を見ずだ。好中球と言う種類の白血球に焦点を置いた話、線維芽球に焦点を置いた話、血管系に焦点を置いた話、腸内細菌を中心に病気を説明する人、色々な経口色素を利用して2D・3Dの像を示す研究者など、角度を変えるとがんが異なった姿に見えてくるのは面白かったが、何だか、箱に空けた小さな穴から、中を覗き込んで、想像を膨らましているように感じてならない。もちろん、自分に対する反省も含めてだが。

 

私は、ゲノムという技術を利用して、がんを理解しようとしてきたが、がん組織にはがん細胞だけでなく、多種類の免疫細胞、線維芽細胞、血管細胞など、多種類の細胞から構成されており、それぞれが相互作用しているので、がんを完全に理解することは容易ではない。がん組織内のがん細胞も、大きくなるにしたがって、がん細胞ごとの遺伝子異常は変化して多様性が高まるので、大きな腫瘍では、どの部位を調べるかによって微小環境も大きく異なってくることがあり、一筋縄ではいかない。そして、マウスで腸内細菌を変えると、免疫療法が効きやすくなるという話を聞くたびに、人とマウスの免疫系の複雑さを考慮しない研究にため息が出てくる。

 

私の反省も含めて、今回のシンポジウムで感じたことは、技術が進んでいろいろなことの理解が進んできたが、冒頭にも述べたように「木を見て森を見ず」の傾向が進んできたのではないかということだ。がんの置かれている環境は、さまざまな要因の総和で成り立っている。したがって、Aがおかしければ、必ずBが起こるというような、1:1の関係になることは絶対にないと言っていい。ある遺伝子異常が存在すれば、それを標的にする薬剤が100%の患者に効果があることはないのだ。

 

研究が細く深く進んでいくことは重要だが、私のように好奇心の塊には、一つのことに何十年もこだわることはできない。研究の進化に伴って、いろいろなことを学びたいと思うし、新しい技術を利用して、これまでは調べることができなかった世界を覗いてみることが、治療法の進歩に不可欠だと信じている。がんの全貌をつかんだわけではないが、新しい知見が新しい治療法を生み出し、治らなかった病気が治るようになった例も増えている。

 

基礎研究の成果、動物でのデータは立派なエビデンスなのだが、それを考えない臨床腫瘍医が日本での薬剤開発の進歩を妨げている。日本にも臨床につながりそうな立派な芽はたくさんあるのだ。しかし、それを育て実ができるまで支え続ける体制がない。海外から導入して、日本で一番になればいいと考えているような考えが払しょくできていないためだ。世界で一番を目指すような研究をもっと支援できないものかと思う。

 

シカゴの今朝の気温はマイナス6度だ。極寒の冬を迎える。私にとって、これが最後のシカゴの冬になるのか、神のみぞ知る。

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