国内で失われた希望を海外に求めるがん医療でいいのか?

K1の山本KID選手が胃がんによって、天に召された。私はある事情から、山本選手がグアム島で療養を受けていることを知っていた。死後、ネットに書かれた心ない言葉が議論になっていたが、彼は最後までK1選手としての復活を願っていた。そして、家族、特に幼い子供さんたちのために病と闘っていた。最後までK1選手の誇りをもって逃げずに戦っていたのだ。心からのご冥福を祈るのが人の道だと思う。

そして、小さな子供さんたちがいる40歳代の胃がん患者さんが、同じような状況で、本人や家族が望んでいた免疫療法を受けることなく、8月の終わりころ、この世を去っていった。今の日本の制度では、胃がんの場合、2種類の抗がん治療を受けた後にしか、免疫チェックポイント抗体治療を保険診療として受けることができない。

厚生労働省の免疫チェックポイント抗体の胃がんに対する最適使用推進ガイドライン(平成30年8月改定)には下記のようなコメントがある。

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【有効性に関する事項】

 ① 下記の患者において本剤の有効性が検証されている。

 2つ以上の化学療法歴のある治癒切除不能な進行・再発胃癌患者

 

② 下記に該当する患者に対する本剤の投与及び使用方法については、本剤の有効性が確立されておらず、本剤の投与対象とならない。

 (1) 一次治療及び二次治療を受けていない患者

 (2) 術後補助療法

 (3) 他の抗悪性腫瘍剤と併用して投与される患者

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上記事実には間違いはないが、⓶のコメントは、まさに、統計学的な視点しかない非科学的なコメントである。「有効性が確立されていない」=「有効でない」ではないことは何度も繰り返して取り上げてきたが、胃がん患者は抗がん剤を2種類以上受けなければ免疫チェックポイント抗体を受けることができないのである。抗がん剤でどれだけ苦しい思いをしても、それによって体力が消耗して、その間にドンドンがんが進行しても、標準療法という名の抗がん剤治療を2種類受けなければ、免疫チェックポイント抗体にはたどり着けないのだ。⓵の条件の患者さんは、免疫的なコンディションが非常に悪くなっている。それでも有効ならば、免疫的条件のいい患者さんはもっと効果が期待されると、科学的な思考があれば理解できるはずだ。 

亡くなられたお二人に共通していたことは、抗がん剤が効かず、副作用で苦しみ、その間にがんが進行したことだ。標準療法は、匙加減の横行する医療現場に科学的手法を導入する目的で始まったものだが、もはや、20世紀の遺物になりつつある。がん医療が進歩する過渡期において、一定の役割を果たしたのかもしれない。しかし。最新の科学的知識に欠ける、統計学という名のエビデンスだけを偏重する人たちによって、標準療法ががん医療の進歩を妨げ、患者さんの生きる権利を奪いつつあるような気がしてならない。 

詳細は述べないが、山本選手は、日本の医療に希望を見いだせず、グアムに向かった。米国テキサスのMDアンダーソンがんセンターやニューヨークのSKMがんセンターなどを訪れる日本人がん患者さんの数も少なくない。わが国は、医療ツーリズムと称する、旅行+検診によってアジアの富裕層の訪日を奨励することに熱心だ。その一方で、海外にしか希望を見いだせないがん難民に対しては、ほとんど無策である。

 

日本で希望を失った日本人がん患者が、韓国や中国に希望を求める日は遠くないだろう。これでいいのか、日本のがん医療は!

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膵臓がん3年生存率15%

国立がん研究センターが「がんの3年生存率」を公表した。すい臓がんは依然として低く、15%という数字だ。これは現在の標準療法の限界を示す数字である。

 

国立がん研究センターのウエブページには

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2)手術ができない場合や再発した場合の化学療法

手術ができない場合や再発した場合にも、化学療法によって、生存期間を延長したり、症状を和らげたりする効果が示されており、実施が推奨されています。 ・FOLFIRINOX療法 (フルオロウラシル[5-FU]+レボホリナートカルシウム+イリノテカン+オキサリプラチン) ・ゲムシタビン(ジェムザール)+ナブパクリタキセル(アブラキサン)併用療法 ・ゲムシタビン単剤治療 ・ゲムシタビン+エルロチニブ(タルセバ)併用療法 ・テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(TS-1:ティーエスワン)

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とある。(一部割愛)

 これらを推奨した結果、3年生存率が15%であるのは、推奨される標準療法がほとんど意味のないことの現れだ。がんは、早く見つければ治癒できるが、それが通用しない代表例が、膵臓がんである。(2)の場合、「正存期間を延長したり、症状を和らげる」と記載されているが、「それでいいのか、がん医療は?」。である。平然と「あなたは、平均的には3-6ヶ月です」と告げれば、それで責任を果たせるのだろうか?

米国の「ムーンショット計画」は、「がんを治癒させること」を目標にしている。この計画のもとに、治せないがんを治すための施策が検討されているが、日本では、依然として、標準治療という名の時代遅れの治療体系が大手を振ってまかり通っている。標準療法による治療体系の結果がこの程度ならば、患者さんには、新しい治療法を選択する権利があってもいいのではないかと思う。日本の現状では、それも極端に制限されているが。

こんなことを書くと、標準療法絶対主義者やその応援団は目くじらを立てて怒るかもしれない。米国にセカンドオピニオンを受けに行くことを推奨している医師は、それで心が痛まないのだろうか?日本国内で、この15%を30%、あるいは、50%にする新しい知恵がないままに、批判して、患者さんを海外に送り出すだけでいいのか、よく考えて欲しいものだ。さらに、私が某免疫療法クリニックと関係が深いから免疫療法を支援しているなどと、某新聞社のような作り話で批判した人もいたが、科学的な議論ができないのは日本の病根そのものだ。私は科学者として、免疫療法の将来を語っているのだ。治せないがんを治すための知恵も出さないで、欧米依存体質でいいのかと思う。

 エビデンスの定義について何度もこのブログで取り上げているが、臨床試験(治験)に入るには、科学的なエビデンスが必須だ。基礎研究から何段階ものエビデンスを積み上げて、ようやく、患者さんに投与することが可能となる。日本のようなエビデンスの定義では、新しい斬新な治療法が日本から生まれることはない。CAR-T細胞療法など10年前までは批判を受け続けていたが、科学を評価できる人たちの後押しもあり、今や、なくてはならない治療法として確立されている。これが米国の強さであり、日本の欠点だ。

評価する目が鍛えられない限り、日本の科学研究費制度はザルのままだ。評価する人を評価するシステム、評価する目を鍛える教育制度なくして、日本の医学研究に陽が当たることはないだろう。真っ暗闇で暮らしている希望のないがん患者さんや家族に思いをはせれば、研究者コミュニティーも変わる必要を感ずるはずだと信じてやまない。

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手術で摘出したがん組織は病院の所有物?

最近、ネオアンチゲン療法関係で多くの質問を受ける。フライデーの連載はインパクトは大きいようだが、裸の写真に挟まれていることで、多くの医療関係者の受けはよくないというか、悪い。しかし、草の根運動的に、がん医療の動きを伝えることは必要だ。フライデーのタイトルには、私ものけ反りそうになるが、「読んでもらってなんぼだ」と開き直るしかない。これまで関心がなかった患者さんが、「ネオアンチゲン」だとか、「リキッドバイオプシー」だとか言い出せば、ふんぞり返っている医師たちも驚くだろう。今のように頭から否定し続けて、数年先にそれらの有効性が証明されれば、権威の威光も地に落ちる。落ちても、さざ波も立たないだろうが。

 

もちろん有効でなければ、私の研究者人生は終わりだ。しかし、これまでの経験と蓄積してきた知識と、そして、私の第六感が、これらに人生を賭けろと後押ししている。80年代の染色体地図作成からAPC遺伝子の発見、オーダーメイド医療の予見、遺伝子多型や薬理ゲノム学、免疫ゲノム学、がんワクチン療法と、少なくとも5-20年先を正確に予測してきた私の第六感は馬鹿にはできない、とゲノム研究を否定し続けてきた人たちに伝えたい。これを推進するには、肉を切られても(痛いのは嫌だが)、相手の骨を粉々に砕くくらいの覚悟がなければ、何もできないと思っている。たとえ、「独裁者」「一匹狼」「異端児」と言われても(家族は泣いているかもしれないが)、死ねばみんなと同じで、ただの灰だ!

 

まずい!ペンが止まらなくなってきたので本題に戻す。まずは、ネオアンチゲンを見つけるための遺伝子解析には、手術摘出がん組織、あるいは、バイオプシーで採取した組織を凍結したものかしか利用できないのかだ?

 

古くから、がん組織は、腐敗を防ぐためにホルマリンに漬けた後、パラフィンの中に埋め込んで保存されてきた。大きな病院では、直ちに凍結して保存する所も増えてきたが、これにはマイナス80度、あるいは、液体窒素内に保存することが必要なためコストがかかる。

 

どちらがいいのかとの上の問いに答えるために、まず、ネオアンチゲンが免疫刺激物質として働くための、いくつかの条件を紹介してみたい。

 

(1) 遺伝子解析をすると、どの遺伝子のどの部分が変化しているか、どのようにアミノ酸が代わっているのかがわかる。「ネオ」は新しいという意味であり、がん細胞の中で生じた遺伝子異常によって生み出されるものだ。言い換えると、ネオアンチゲン(9-11個くらいのアミノ酸がつながったもの)の中には、遺伝子異常によって生まれた、アミノ酸の置き換え(正常細胞にはないアミノ酸)を持っている。

 

(2) そして、今は、簡単に(専門的には複雑な事があるが、それは省略)アミノ酸の置き換わったタンパク質の断片(ペプチド)がHLA(白血球の型)に結合するかどうかを予測することができる。HLAといっても複数の種類があるが、われわれはHLA-Aという種類に注目し、それに結合する力の強いペプチドを選び出している。第2HLAに結合する力だ。

 

遺伝子異常からペプチドのHLAへの結合予測は、正常とがんのDNAを利用した全遺伝子解析によって可能だ。この二つに関しては、パラフィンに埋め込んだがん試料でも、直ちに凍結したがん試料でも、大差はない。

 

しかし、予測されたペプチド(ネオアンチゲン)が実際にがん細胞内で作られているかどうかを知るためには、新鮮な段階で凍結されたがん試料の方がはるかに有用だ。遺伝子異常はDNAで調べられるが、遺伝子が細胞内で機能しているかどうかを調べるにはRNA(これで確認できると可能性が高くなる)が必要である。DNAだけと、DNARNAの情報を比較すると、RNAを利用した方が、可能性が2倍くらい高くなる。パラフィン試料は一般的にRNAの質が悪くなっているので、結論は新鮮凍結材料の方が良いが、パラフィン試料でも効率は落ちるができないことはないである。

 

と書きながらも、多くの場合、取り出して保管されているがん試料が、患者さん自身に所有権がなく、病院に所有権があるという現実には驚きを禁じ得ない。患者さんが望んでも、患者さん自身には渡さないという医療機関が少なくないのだ。医師から依頼をしても断られるケースもある。法律でそれが認められているのかどうかを知りたいものだ。しかし、不思議な世界だと改めて考えさせられることが少なくない。

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免疫チェックポイント抗体の効果予測をリキッドバイオプシーでする!?

Nature Medicine」誌に「Blood-based tumor mutational burden as a predictor of clinical benefit in non-small-cell lung cancer patients treated with atezolizumab」というタイトルの論文が掲載されていた。Atezolizumabは免疫チェックポイント抗体のひとつで、PD-L1に結合する抗体である。

 

免疫チェックポイント抗体が効果を発揮する可能性が高い患者さんは、(1)がん細胞内の遺伝子異常数=ネオアンチゲンの多い症例、(2)がん組織内でTリンパ球(CD8タイプ)の多い症例、(3)PD-L1の発現の高い症例(最近の論文では、強い関係はなさそうだが)となっている。この観点から、がん組織を入手して遺伝子異常数を調べることが重要になってくる。

 

一般的な大腸がんでは、免疫チェックポイント抗体の有効率は一桁の%だが、DNA修復遺伝子に異常のある大腸がん(遺伝子異常の多いがん)では60%と非常に高くなっている。米国FDAは遺伝子不安定性の高いがん(=遺伝子異常の多いがん)に関して、がんの部位にかかわらず、免疫チェックポイント抗体の使用を承認している。これらの検査にはがん組織を調べることが必要だが、バイオプシーには出血などの合併症が一定の割合で起こる。また、米国でのバイオプシーは1件につき、100万円もかかるので、費用対効果の観点で問題が残る。

 

そこで、がん細胞で生じている遺伝子異常数を、腫瘍の遺伝子検査ではなく、リキッドバイオプシー検査を代用して推測できるのかどうかを評価したのが、今回の論文だ。すでに広く利用されているFoundation Medicine社アッセイ法を利用して、腫瘍とリキッドバイオプシーのデータを比較したものである。科学的なレベルに関しては、いささか疑問が残るのだが、結論から言うと、リキッドバイオプシーで、がん組織で起こっている遺伝子異常数の把握を、十分に代用できるようだ。技術は確実に進歩しているが、これを評価して、推進する人たちが、永田町にも霞が関にも枯渇しているような状況だ。最先端の技術というのは、95%の人が納得してから取り込むのでは遅いのだ。競争相手よりも、早く、しかも、組織的に取り組んでこそ、競争に勝てるのは常識なのだが、日本ではこれが通用しない。逆に、権威と言われる人たちは一言で否定し、多くの人がそれを盲信する。これは日本の悲劇ではなく、もはや、喜劇的に見えてくる。

 

論文のような研究は、臨床応用に直結するものであるので、方法論が国際的に標準化されてしまうと、日本はこの方法に黙って従わざるを得ない。また、国際臨床試験では、多くの場合、日本人患者さんの試料は、治験の元締めである欧米企業に運ばれてしまう。そして、それらの試料を用いて検証がなされ、検査法と一緒に日本に持ち込まれることになる。時代を先取りしたプランニングがなされないと、日本のがん医療は永遠に欧米の属国化されてしまう。

 

属国でも最先端の医療ができればいいと、したり顔でいう人がいるが、医療費の高騰、特に医薬品、診断費用として膨大なお金が海外に流れていく現実をどうとらえているのか、疑問でならない。医療費が増えても、それが国内で循環していれば、税金という形で還元されるが、そのようになっていない現実を捉えた国の政策立案が不可欠だと思う。今年の上半期の医薬品輸入額(速報値)は1兆4430億円で、輸出額は3218憶円なので、医薬品の貿易赤字は4年連続で2兆円越えがほぼ確実だ。これでいいのか、日本の医療は?

 

最後に、昨日の講演会にたくさんの方々に集まっていただいたこと(500人の会場がほぼ満席でした)に感謝を申し上げたい。その場で訴えたことはたくさんあるが、特に強調したいのは、(1)延命ではなく、治癒を目指したがん対策を推進することと(2)「がん難民」対策だ。海外で使える薬剤が使えない患者さんだけが「がん難民」ではない。標準療法が尽きた患者さんたち、高齢で抗がん剤が使えない患者さんたち、標準療法が限られている小児がんや稀少がんの患者さんたち、心臓・肝臓・腎臓の機能が落ちているために治療法が限られている患者さんたちもにも光を当ててほしい。もちろん、抗がん剤を絶対受けたくない患者さんたちにも、科学的な根拠のある希望が必要だ。私のような研究者ができることは限られている。患者さんや家族が、変革を起こしていくしか術はない。

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がん患者や家族の声を聴く

フライデー効果のためか、以前より患者さんの声がたくさん届く。再発への不安もあるが、最も多いのは、標準療法が終わると同時に、医師から見捨てられたと感ずる理不尽さとそれに対する怒りだ。繰り返し述べているが、標準化は必要なことだったが、その先が準備されていなかった。

 

21世紀に入ったころ、ドラッグラグ=「がん難民を生み出す原因だ」と短絡して考えたのが間違いだった。海外で利用できる薬剤が、日本では使えないことが大きな批難につながり、日本と欧米における承認の時間差を縮める施策が取られ、これは成果を挙げてきた。「今、救えるかもしれないがん患者を、薬剤の承認が遅れて救えない日本」という訴えがエコーのように広がり、これに行政と政治が応じた結果だ。

 

しかし、膨大な数の臨床試験が実施されている米国と日本の差は以前より開いてきている。がんの臨床試験数が1000を超える米国に比べ、日本で実施されている臨床試験数ははるかに少ない。韓国や中国が実力をつけ、国全体が臨床試験を評価していることと相まって、日本パッシングが起こっている。2017年には38万人弱の日本人ががんで亡くなっている。約100万人の罹患数なので、40%程度の死亡率だ。標準化治療を受けて保険診療で使える薬剤がなくなった人や標準療法を拒否した人が、どんな気持ちで人生最後の6ヶ月間、1年間を過ごしたのかと思うとやるせないものがある。

 

日本の医療保険財政が厳しいため、医師のさじ加減でできる範囲が極端に狭まってしまった。予後を正直に告げなかったことが裁判で争われ、医療側が敗訴したこともあった。プロトコールに沿って、平均的な残されたことを正直に告げることで医療側は患者さんの心に寄り添う責任を回避できるようになったのだ。私は、患者さんの心の負担を背負うことも医療だと思うが、もはや、このような精神論は20世紀の遺物になったような気がする。

 

テレビで「パワハラは、そう感じた人がいれば、パワハラだ」とアナウンサーが正規の味方のような顔をして言っていたが、私の心には素直に入ってこない。いい加減なことをして叱られた部下が、腹立ちまぎれに「パワハラだ」と叫び、周りが同調すれば魔女狩りの世界だ。私など簡単に罠にはまりそうだ。アジア大会のバスケットボール選手のした行為は品格のない行為だが、メディアの人たちや多くの知識人と称する人が彼らを総攻撃するほど品性に満ちた生活を送っているのか、はなはだ疑問だ。私の知る人の中にも、怪しい人はたくさんいる。何かが発覚すると、日本全体で石を投げつける風潮はおかしいなどと、考えていたら、気持ちが落ち込んできた。

 

制度の壁、利権を守ろうとする壁、分厚い岩盤を突き破るには直球だけを投げていては無理なようだ。若いころには、野球でナックルボールやフォークボールを投げていた。人生を生き抜くには変化球が必要かもしれない。しかし、直球を投げて、逆転満塁サヨナラホームランを打たれる方が、私の人生にふさわしい。「打てるなら、打ってみろ」の気持ちでこれからもやっていくしか道はない。たとえ、1%の可能性でも、がん医療の壁を崩していきたい。

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メラノーマ脳転移症例に対する二つの免疫チェックポイント抗体併用療法

今週の「The New England Journal of Medicine」誌に「Combined Nivolumab and Ipilimumab in Melanoma Metastatic to the Brain」というタイトルの論文が発表された。最初に断っておくが、コントロール群のない臨床試験結果である。何もしなければ短期間で確実に死に向かっている患者さんに、偽薬や経過観察というコントロール群を置かなければならない時代ではない。籤のあたりはずれや運によって、外れれば何もしないで座して死を待つことを強いるのが倫理的とは思えない。

 

同じような背景を持った患者群を対象とした過去のデータがあるなら、それと比べることでも優劣は判断できる。もちろん、臨床試験にエントリーする患者さんを選ぶ場合に偏った選ぶ選び方をすれば、科学的な妥当性を欠くので、その段階で公正な選び方をすることが重要だ。あ~~、いつものボヤキモードになったので、論文の内容に戻す。

 

対象患者は、放射線治療を受けていない、少なくとも1か所の計測可能な脳転移巣のあるメラノーマ患者だ。そして、抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の併用療法だ。抗PD-1抗体は、がん細胞が作るPD-L1が細胞傷害性Tリンパ球が持っているPD-1と結合するのを防ぐ抗体だ。がん細胞はPD-L1を使ってTリンパ球を弱体化して自分を守っているが、この抗体によってそれができなくなる。抗CTLA-4は、制御性T細胞がつくる、細胞傷害性Tリンパ球を弱体化させるための道具だ。抗CTLA-4抗体は、この道具を使わせなくする。二つの抗体を利用することによって、異なる角度から、細胞傷害性Tリンパ球の弱体化を防ぎ、これらを元気にして、がん細胞を叩く方法だ。

 

94名の頭蓋内に転移のあった患者群(半分が観察期間14ヶ月以上)で臨床的な利益(がんが完全に消失、縮小、あるいは、6ヶ月間増大しなかった)が認められたのは、52名(57%)であった。このうち、完全に消失したのは24(26%)、縮小した患者は28名(30%)であった。なんと4名中1名でがんが消えたのである。

 

この臨床試験の重要性は、効果のあったことだけではない。脳転移を対象として臨床試験をデザインしたことが最も意義深いのだ。多くの抗がん剤の臨床試験では、脳転移のある症例はエントリーすることができない。脳転移がある場合、急変するリスクが高く、がんの進行が原因でも、重篤な有害事象として報告義務があるからだ。有害事象と治療薬の副作用が区別できないメディア、特に日本の場合、理不尽に大騒ぎして、それで一巻の終わりとなるからだ。

 

脳転移があっても、新しい薬剤の臨床試験を受けることができるようにするためには、報道する人たちの教育から始めなければならない日本の環境は大変だ。私が話をしたことのある患者さんや家族は必死の思いで希望を求めている。「モルモットになってもいい。生きる可能性が欲しい」と訴える人も少なくない。希望の灯火を消して、生きる権利を奪っているのは、権威と、その権威に阿っているメディアなのだ。先日も朝日新聞から取材依頼があったが、私は死ぬまでこの新聞社の取材は受けない。後ろから矢を放ち、石を投げつけ、刀で切りつけた相手を許せるほどの寛容性は私にはない。

 

そして、今の私の戦いの相手は、「標準療法が尽きると、死が当然のことと思っている人たち」だ。がんに罹患しても、それによる死亡率は確実に下がっている。これは奇跡ではなく、研究者・医師・企業、そして、彼らを信じて闘ってきた患者さんと家族のたゆまない努力の結果なのだ。患者さんや家族は病気と戦うことに加え、制度や仕組みを守ることに汲々としている人たちとも闘って欲しいと願っている。自分や家族に奇跡を起こすには、誰かに頼るのではなく、自らも戦い続けることが大切だ。

 

92()16ペイシェント・アクティブ・フォーラム「がんの治る日は近いか!?―個別化医療の現実」(よりうり大手町ホール)で講演する。是非、集まっていただきたい。

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抗がん剤は役に立っている!+日本で見捨てられたがん患者が中国に向かう日も遠くない???

 

フライデーに3号連続で取り上げられた。内容を見ていない友人からは、どんなスキャンダルを取り上げられたのかと心配するメールが届いた。表紙や本文のキャプションの誇大さには恥ずかしいものがあったが、週刊誌だから仕方がない側面もあると自分を納得させていた。これまで取り組んで来たこと、これから取り組もうとしていることを知ってもらうには、まず、読んでもらうことから、第1歩が始まると思っていた。週刊誌は「売れてなんぼ」の世界だ。しかし、「抗がん剤が効かない」と書かれると、中村祐輔の「近藤誠」化が始まったと誤解されかねない。そして、患者さんへの悪影響も心配だ。これには頭を抱えるしかない。

 

白血病は、私が医者になった頃は「死の病」だったが、抗がん剤の進歩と骨髄移植によって、今や「薬で治せる」病気の代表となっている。精巣にできるがんも抗がん剤で治る病気の一つだ。抗がん剤の恩恵を受ける患者さんは少なくないので、これを真っ向から否定するのは間違いだ。雑誌の表ページの標題だけを見て、抗がん剤が効かないかのような印象を与えて、抗がん剤を中止する患者さんが出てこないように願っている。私のコメント(表紙の見出しは、私の真意とはかけ離れているが)の影響で、謝った選択をして、不利益を受けるような事態が起こることだけは回避して欲しい。

 

といっても、抗がん剤(分子標的治療薬はここに含めない)の課題は尽きない。抗がん剤で3か月間苦しんだ末に、2ヶ月命が延びることが、正しいのかどうか、私は疑問だ。効果のあった人はいいが、効果もなく、嘔吐や全身倦怠などの副作用で苦しんだだけの患者さんにとっては、不幸でしかない。基礎医学は進み、技術も進み、その気になりさえすれば、ある程度の確率で、がんの個性に応じた抗がん剤の使い分けなどできると思うが、気持ちだけではデータは集まらないのも現実だ。そして、検査費用が嵩むと、医療費がさらに増大すれば、医療保険制度が破綻すると言う人が少なくない。しかし、効かない人に意味のない薬剤を投与し、その間にがんが増悪し、そして、患者さんが副作用で苦しみ、副作用の治療で医療費を使う、こんな無駄を減らせば、患者さんに取っても、医療経済学的にもプラスになると思う。

 

そして、抗がん剤療法が標準療法と定義されたら、それを拒否した途端に「がん難民になる」ことも大きな問題である。患者の自己決定権を尊重するなら、抗がん剤を拒否しても、治験などにエントリーできればいいのだが、大半の比較試験では、治験を受ける患者さんのエントリー基準(簡単に言うと、新しい試験薬を受けることのできる資格)として「標準療法が効かなかったか、副作用で継続できない場合」と但し書きがある。したがって、大きな病院では、抗がん剤を提示されたとしても、患者や家族にとっては、その病院で治療を受けるのか、その病院から離れて別の病院を探すのかを迫っているに等しいことになる。患者さんや家族は「自己決定権」は名ばかりで、有名病院での治療を継続する=標準的な抗がん剤治療を受けることにならざるを得ないのである。

 

標準療法後に限って、免疫チェックポイント抗体が保険適用される場合、患者さんは効果がなかった・なくなった(がんが大きくなるか、新しい部位にがんが生ずる)という結果を目の当たりにしなければ、抗体医薬品は受けられない。耐えられないような副作用があれば抗がん剤はすぐに終わるが、治療を継続できないような副作用はかなり重篤だ。体力が消耗して歩けなくなるような状況でも、複数の抗がん剤療法が標準療法として定義されていると、第2・第3の抗がん剤治療で体力をさらに消耗することを強いられるのだ。免疫機能を徹底的に弱らせた後に、免疫療法など、お笑いの世界にしか見えない。保険適用されている薬剤がない進行がん患者さんには、本人が元気だと思っていても、すぐに緩和ケアが勧められる。

 

最近、幼児の白血病患者さんのお父様からCAR-T細胞療法を受けさせたいが、どこかやってくれるところがないか、教えて欲しいと相談を受けた。B細胞系の血液がんに対する効果は驚異的だから、両親の気持ちとしては当然だ。このブログでも触れたが、中国ではCAT-T細胞療法を開発している会社が20社以上もあるようだ。子供に対する治験も始まっている。それでも、中国を見下している医師が多いようだが、効果がありそうなものには、膨大な資金が投下されるので、一気に進むのかもしれない。日本で見捨てられた患者さんが、米国でなく、中国に向かう日が意外に早く来るかもしれない。これでいいのか、日本のがん医療は!

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