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台風は逃れたが・・・・・

空港に向かう車中で「今、シカゴオヘア空港のラウンジにいる。台風10号がどうなるか、ハラハラと気を揉んでいたが、日本列島を大きく迂回する形となり、私の旅程への影響はほとんどなさそうだ。ただし、東北地方や北海道に上陸する可能性が高く、被害がでないことを願っている。」と書きかけていたが、シカゴの自宅に戻ってきた。空港へ向かう道で、空港方向に激しく稲光が走り、突然、携帯電話の雷警報が鳴りだしたので、不吉な予感がした。

 

案の定、悪天候のため、シカゴ空港に到着する予定の飛行機が着陸できず、ミルウォーキー(ウイスコン州)に向かったと空港カウンターで知らされた。飛行機がシカゴに戻り、出発する予定時間は午後8時過ぎと言われたが、多くの飛行機が待機しているので、もっともっと遅くなるに違いないと思って、明日の便に変更した。台風の影響を考慮して、代わりの便を探しておいたのが役立った(30分ほど前には出発予定時刻は2130分となっていたが、今調べると、5時間半以上遅れの午後11時出発、日本には午前2時着となっている。2時間遅れを信じて待っていたら、ラウンジで7時間近く待っていることになる。まだ、出発していないので、もっとかかるかもしれないが)。しかし、空港のカウンターの職員のトロトロ、タラタラした対応には少し頭にきた。おまけに家に帰って確かめたら、帰りの便の座席指定まで取り消されていた。20年以上使ってきた会社だが、まじめに仕事しろよ、競争相手に代えるぞと心の中で叫ぶ。

 

そして、今回、頻回に台風の進路予測を眺めていたが、日本からのニュースでは、台風10号が四国から東北地方への広い範囲での上陸の可能性を示唆していた時点で、米国の「Weather Underground」というサイトでは、Lionrockと名付けられた台風10号の進路予測は、日本の予報と比べ、かなり東寄りの予測となっており、コンピューター進路予測では仙台付近を上陸地点と予測していた。現時点では、ほぼその予測通りの進路を取っており、台風の強さの予測も正確だったように思う。

 

台風の進路予測では、日本の方が多くの情報を利用して精度が高いと思っていたが、そうでもないようだ。「京」コンピューターを利用すると精度が上がるはずだったが、どうなっているのか?この情報に基づいて、安倍総理が半日繰り上げてケニアから帰国すると報道されていたが、この半日も貴重な時間だったはずだ。台風で大被害が出た際に、「総理が不在だ」と馬鹿騒ぎするメディアに気を遣ったのかもしれないが、国のトップには種々の責任があるはずだ。日本とアフリカ諸国の関係は21世紀の日本にとって極めて重要であり、機内でも指示は出せるし、代役もたくさんいる。報道にも大局観が必要だが、挙げ足を取ることを是としている報道が国益を損ねている。目先の政争の具と化したような内容のない議論が日常化している。このようなメディアにも、政治家にも、日本の将来にもっと責任を持てよと言わずにいられない。

 

なお、先ほど、チケットの件でANAに問い合わせをしたが、その対応が丁寧だったし、テキパキとしていたので、航空会社はやはり変えないことにした。空港のカウンターは米国文化で、電話の問い合わせ先は日本文化なのだろう。アメリカのサービス業は、絶対に日本のサービス業に勝てないと改めて思った。トランプ氏も是非、日本の「おもてない精神」を学んでほしいものだ。

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幼稚な金メダリスト

「狂言強盗か?」と話題になっていたリオ・オリンピックの金メダリスト、ライアン・ロクテ選手(米国)を、リオデジャネイロ警察が立件すると報道にあった。狂言が事実なら、とんでもないことである。「金メダリストが、警官を装った強盗に拳銃を突きつけられた」と大きな話題になり、リオデジャネイロの治安の悪さを強く印象つげた事件だった。これが虚偽であるなら、開催国ブラジルの名誉を大きく傷つけた悪意に満ちた行動であり、オリンピック精神から逸脱するものだ。32歳の人間がこんな幼稚なことをするかとあきれ返るばかりだ。冗談で済まされるようなことではない。国際オリンピック委員会(IOC)も処分を検討しているとの事だが当然だ。しかし、金メダル剥奪ともなれば、水泳800メートルリレーだったので、フェルプス選手も影響を受けるが、こんな馬鹿げたことをしたのだから、仕方あるまい。

オリンピックはこれくらいにして、医療の話題に戻そう。今週号の「New England Journal of Medicine」誌に、二つの新規がん抗体医薬品の論文が掲載されていた。ひとつは、急性リンパ性白血病に対するイノツズマブ・オゾガマイシン(抗CD22抗体に細胞毒性の強いカリケアミンという物質を結合させたもの)である。完全寛解率が、この新薬群では80.7%、コントロールである標準的化学療法群では29.4%と圧倒的な差だ。しかし、寛解率の差が大きいにもかかわらず、生存期間中央値は7.7ヶ月対 6.7 ヶ月とわずかな差だ。12ヶ月を過ぎたあたりからは、新薬群の生存率は少し高い傾向となっているものの、がん細胞はやはり強かだ。そして、静脈閉塞症という、珍しい副作用が10%近い割合で発生する。

もうひとつは、ダラツムマブ(抗CD38抗体)+ボルテゾミブ(プロテアーゼ阻害剤)+デキサメタゾン(ステロイド)群(ダラツムマブ群)と ボルテゾミブ+デキサメタゾン群(コントロール群)を、多発性骨髄腫患者で比較したデータだ。治療開始12ヶ月後の無増悪患者の割合は、ダラツムマブ群60.7%対コントロール群26.9%と、これも圧倒的に新薬群が勝っている。治療効果を示した患者もダラツムマブ群が82.9%対63.2%とかなり高い。観察期間が短いので、生存に対する差は評価されていない。副作用ではダラツムマブ群でグレード3・4の血小板減少症の頻度が45.3%対32.9%と高く、高血圧6.6%対0.8%も多かった。

このように有効な薬剤が続々と出てくると、次第に新規薬剤の開発は難しくなってくる。最近、シカゴ大学の研究研究者が、われわれが開発したMELK阻害剤(OTS167)が、ボルテゾミブ耐性になった骨髄腫細胞にもよく効いたという論文を公表したが、この新薬が加わったことで、治験対象者をどうするかを慎重に見極めなければならない。標準化されたプロトコールのもと、有効性が実証された薬剤・治療法が優先され、一般的には、第1選択薬、第2選択薬・・・・と規定され、多くのプロトコールでは、それらの治療を受けたあとでしか、治験にエントリーできない。したがって、治験で新規の薬剤の投与を受ける患者さんは、最初の診断からかなり経過していることになる。当然ながら、全身状態が悪いケースが多くなる。そして、細胞毒性が高い抗がん剤治療を受けていれば、骨髄細胞・免疫細胞のダメージも大きくなっている。 

最近のデータでは、放射線療法でも、化学療法、分子標的治療法でも患者の免疫細胞の関与が重要であると考えられている。したがって、多くの治療法を受けた後では、免疫系細胞の補助レベルが非常に低くなっており、新薬の評価が難しくなってくる。特に米国では膨大な数の臨床試験が進められていることから、特定のがんの領域では、互いに競合して、患者のエントリーが極めて難しくなってきている。

 米国の機関に存在するがんセンターの多くでは、海外の患者さんを集めようとしている。現に、新しい治療法を求めて、多くの患者が渡米してくる。しかし、治験を受けるのは容易ではない。なぜならば、標準化されたプロトコールが国際的に完全に統一されていないし、承認されている治療薬も同一でない。日本で保険収載薬がなくなっても、米国では別の標準的治療法がある場合、米国に来てもすぐに治験薬にアクセスできるわけではない。

 画期的な新薬が次々に開発されるのはいいことだが、それらの評価法は制度疲労に直面しており、そして、それら薬剤の高額な費用が医療保険制度・国家財政にまで影響を及ぼしつつある。 

(PS)来週の火曜日夜に東京に行き、翌日に台湾に行く予定だが、台風10号とまともにぶつかりそうになってきた。私は日頃の行いがいいので、あまりトラブルに見舞われたことはないが、今回は台風の規模が大きいので、予想通りに進むと日本へ行く便か、台湾へ飛ぶ便のいずれかが、影響を受けそうだ。日本の天気予報を見ることはないが、今回ばかりは要注意だ。

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先を読めない指導者たち

医療(一般)

先週の「Nature」誌に「Analysis of protein-coding genetic variation in 60,706 humans」というタイトルの論文が掲載された。6万人の遺伝子多型情報(エキソン解析結果)をまとめたものである。結果そのものには、驚くような内容が含まれているわけではないが、今後の医学研究に有用な基盤情報としてきわめて重要である。 

日本でも、クリニカル・シークエンスの重要性が叫ばれているが、30年以上も遺伝子多型に関わり、遺伝子多型のデータベース化プロジェクトである国際ハップマッププロジェクトにも貢献した立場で語ると、日本の医学研究者はあまりにも遺伝子多型に関して知識が欠けていると思う。

 人間のゲノムには膨大な遺伝子多型が存在する。これまでにデータベース化した情報と比較しても、一人の人間のゲノム配列を新たに決定すると多数の新規の遺伝暗号多型が見つかる。したがって、稀な疾患のゲノム解析をしても、病気の原因となる遺伝子変異を見つける事はきわめて困難である。クリニカル・シークエンスと称して、稀な疾患の患者のDNAシークエンスをするプロジェクトが重要視されているが、そもそも、基盤として数万人単位の遺伝子多型データベースを構築することが前提になければならない。

 その観点では、先週の「New England Journal of Medicine」誌には特別寄稿として掲載された「Genetic Misdiagnoses and the Potential for Health Disparities」というタイトルの論文は一読に値する。これまで肥大型の心筋症の原因と報告された遺伝子異常には、全くこの疾患とは関連がない遺伝子多型が含まれているので、注意が必要だという論文である。あたりまえのことだが、間違って病気の遺伝子を持っていると診断された人のことを考えると、人生に関わる重要な問題の指摘だ。日本では基盤が必要だといっても、自分の研究や自分の論文のことしか頭にない研究者が多く、先の先を読むような大型研究が成り立ちにくい。

 多くのHLAタイプを揃えたiPS細胞を作れば、多くの人に利用可能だとの声があるが、これも遺伝子多型を全く理解していない発想で、ゲノム研究者から見れば、どこかおかしい。骨髄移植の際に、HLAがマッチしていても、提供者であるドナーのリンパ球が、移植を受けたホスト患者の細胞を攻撃するするのは、遺伝子多型によってホストの細胞上には、移植したリンパ球が敵と見做す抗原が提示されているからであり、遺伝子多型を研究してきた立場からは、HLAだけで語れないのは常識だ。もちろん、タンパク質がさまざま修飾を受けて、それらが抗原となっているケースもあるだろうし、HLAが合致していれば拒絶反応は起こらないと考えているのは、非科学的だ。

 最初の論文で6万人のデータを解析したことは、非常に膨大で日本で同じようなことをするのは困難なことのように聞こえるが、現在のDNAシークエンス解析能力では、1台の器械で1年間フルに稼動すれば、それに近いデータを得ることができる。疾患情報とリンクしたバイオバンク試料を用いて、研究予算を効率的に利用すれば、日本の医療政策に重要な意味を持つデータが得られたであろう。

 人のゲノム配列を決める国際プロジェクトが1990年に開始された際、日本では自分の研究予算が削減されることを恐れた研究者を中心に反対する声が圧倒的に強かった。1000人のゲノムを解析する国際プロジェクト(1000人ゲノムプロジェクト)では「ゲノムなどくだらん」という鶴の一声で、役所は沈黙し、日本の貢献はゼロとなった。一つのプロジェクトが人類の将来にどれほど大きなインパクトがあるのか理解できない人たちが日の丸を萎ませたのだ。

陸上400メートルリレーでは、100メートルの決勝に進めなかった4人が全力でバトンをつないで、米国を破り、ジャマイカにあと一歩まで迫った。ボルトから、わずかの差で日本がゴールを切った時は、感動した。「たすき」をつなぐ駅伝も日本の文化だ。「たすき」をわずかの差でつなげなかった選手の嘆きに、われわれは心を打たれる。でも、医学研究ではバトンがつなげない。医療は個人プレーではなくなっているのに、医学研究者は古き良き時代を謳歌している。

 生命科学研究には大きな流れがあり、常に先を読んだ動きをしなければ、大きな潮流からすぐに取り残される。遺伝子多型研究では、日本が潮流のど真ん中に存在していたが、今や、世界のゲノム研究から大きく取り残された。今の体制では、絶対に画期的・先端的・革新的なものは生まれない。

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スパルタ教育とシンクロナイズドスイミング復活

雑事

しばらく低迷していたシンクロナイズドスイミングで2つの銅メダルを獲得した。頑張ったのは選手であることは間違いないが、ここに導いたのは、井村雅代コーチであることは明白だ。一時、日本を離れて中国で指導し、中国チームを、北京オリンピックの銅メダル、ロンドンオリンピックのデュエット種目銅メダル、チーム種目銀メダルに導いた。一方、井村氏が去った後の日本は、ロンドンオリンピックではメダルを獲得できなかった。

井村氏の経歴を見ると、大阪の浜寺水練学校に通っていたとある。年齢も近いし、私も通っていたので、どこかですれ違っていたかもしれない。そして、あの大阪弁で発する厳しい指導の言葉には、親近感を覚える。彼女の強烈なスパルタ教育についていけない若い人たちが増えているようだが、ゆとり教育という名の「甘やかし教育」の影響だと思う。オリンピックでメダルを欲しいと願っても、そのためには、自分を追い込み、徹底的に鍛える強い意志を持たなければ、目標に到達できない。「夢見る夢子」さんたちには未来は無いのだ。

最近の日中の若い人たちは、「ゆとり教育」「一人っ子政策」で甘やかされて育ったためか、目標は高いにもかかわらず、楽をしてゴールに到達するルートを模索しているような傾向が垣間見える。「私は、道なき密林であっても、自分で自分の道を切り開くために、自分で可能な限りの努力をして、後は神の審判に委ねるだけの人生だった」と言っても、まったく話がかみ合わない。今の若い世代は、整備された舗装道路を捜し求め、スポーツカーで疾走することに熱心なようだ。私のように要領が悪くて、周りとぶつかってきた人生は、井村コーチのそれに重なるような気がする。

しかし、「努力すれば、何でも叶う」などという絵空事を言うつもりはない。才能が無ければ、早く違う道を探したほうがいいと思う。私は、背後でピアノの鍵盤を叩かれ、これは何の音と尋ねられると、自慢ではないが7分の1の確率で言い当てることができる。「ドレミファソラシ」の7つの音を平等に1回ずつ叩くと、「ド」と言い続けていれば、1回は必ず当たるからだ。1オクターブ違う「ド」の鍵盤を叩かれても、それが1オクターブ違うと理解する事は私の耳には不可能だ。自慢ではないが、かなりの音痴だ。また、図工の時間に、粘土細工で馬を作った時に、「これは豚ですか」と教師から声をかけられた時には、返事に窮した記憶がある。もし、私が音楽家や美術家の道を選んだら、もがき続けるだけに終わった、寂しい人生だったろう。

高い目標に到達するためには、「才能」と「努力」、そして「幸運」が必要だ。シンクロの乾選手がインタビューで「自分たちが得たことのないものを得るためには、自分たちが味わったことのない壁を乗り越えないと、その先はないと思っていました。」と言っていた。才能を開花させ、大きな壁を乗り越えさせるには、立派な指導者が必要だ。厳しくとも、この人ならば信じてついて行けば、一人では乗り越えられない壁を乗り越えさせる指導者が不可欠だ。しかし、そのような指導者は、日本では、ほぼ絶滅危惧種なってしまった。井村コーチは、『練習も大会もけんかと同じや』と語っていたそうだが、私もかつては「学会で言い負かされるような奴は破門だ」と叫んでいた。そんな日が、懐かしい。緊張感無く、だらだらと時間を過ごすような姿勢で、夢がかなえるはずが無いが、甘い教育を受けた人たちにそれを理解させるのは難しい。もちろん、才能がって、最大限の努力をしても、報われないことが多いのが世の中だ。しかし、努力をしなければ、報われる可能性は限りなく小さくなる。私は「あの時に努力していれば、もう少し頑張っていれば」と後悔するような人生は送りたくない。

そして、人を育てるには、まず、自分を律せなければならないが、これも言葉で言うほど簡単ではない。自分に対して甘い人が、部下に厳しさを求めても、うまくいくはずがない。また、熱意を持って指導しても、それが、相手にいじめと受け止められる場合もある。メディアも甘ったれ世代が多いのか、「体罰」イコール「悪」と過剰反応して、心ある指導者を萎縮させている。日本には井村コーチのような信念のある指導者が、各分野で、もっと必要なのだ。しかし、私の1-2世代の人たちを眺めると、自分に甘い人たちが多いように思えてならない。人が人を育てるのだということを肝に銘じて頑張ってもらいたい。

そういえば、私の部下にも「雅代」という名の、気風のいい、真っ正直な、患者思いの素晴らしい医師がいた。彼女が井村コーチのような指導者になることを願ってやまない。

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リオ・オリンピック;二桁の金メダル

雑事

生まれて初めて、日本のお盆休みに相当する期間に、休暇を取った。世間では祝祭日でもないにもかかわらず、この時期に多くの人が休暇を取り、大渋滞・大混雑を引き起こす。しかし、病院や大学では、自分で休暇を取る手続きをしない限り、休みにはならない。特に、私が医師として働いていたころは、一番若手であったこともあり、ゴールデンウイーク、お盆休み、正月休みなどをゆっくり取るのとは無縁の日常であった。最近の若い人は平気だろうが、私のように気が弱いし、サンフランシスコ平和条約が発効した年に生まれたような世代には、「私がこの期間に 働きます」としか言えない。そして、自分の研究室を持ってからは、馬車馬のように働いていたが、さすがにリフレシュしないと心も体も持たなくなってきた。

 

その休みの間に、SMAPが解散したというニュースを目にした。噂が流れていたので、「もしやもしやの岸壁の母」と思っていたが、それが現実となった。1度目の留学から帰国した後は、カラオケにも日本の音楽にもほとんど無縁だったので、最近の歌手やグループの名前を聞いてもほとんど???だが、「世界に一つだけの花」を「オーダーメイド医療プロジェクト」の活動の際に利用させていただいていたので、少し寂しい。みんな異なった種があり、異なった花が咲くので、5つの個性ある花をひとつの花瓶に入れるのは難しくなったのだろう。

 

個性と言えば、私のシカゴ大学の研究室には、これまで延べ15か国の研究者が在籍した(現在は10か国)。それぞれの国の文化的背景も、歴史的背景も異なるので、その行動様式は千差万別だ。もちろん、同じ国であっても、育った地域・環境によって、かなりの差がある。しかし、全員が自国に誇りを持っている点では共通している。

 

オリンピックともなると、やはり、自国の選手の活躍は気になる。休暇中にテレビをつけると、偶然、女子レスリングの3人の日本人選手の金メダルの様子が流されていた。3人とも、ハラハラドキドキしながら、もうだめかと思った瞬間の大逆転劇だったので、心臓に悪い。バドミントンも最終セット19対16の劣勢からの5連続得点で金メダルだった。どうも、大和撫子は土壇場で勝利への執念がメラメラと燃え上がるようだ。

 

そして、最も印象的・感動的だったのが、柔道の井上康生監督のインタビュー中での涙だった。日本の国技である柔道再建の重荷を背負った重圧は想像を絶するものだったろう。。「日の丸」を国旗として認めない人たちには、この感動は味わえないだろう。他にも多くの選手が「日の丸」に涙していたが、オリンピックだけではなく、すべての分野で国を背負う気持ちを持った若者を育てることが大切だ

 

医学・医療の分野の若者たちに、国の医療の在り方、国の未来の医療と、国を意識する人材がいったいどれだけいるのかと考えると、はなはだ心もとない。医療分野で「日の丸」を掲げることは、国の誇りにつながる。日本が、日本人が開発した薬が、治らない病気を治すことができ、そして、世界中の人たちがあまねく利用できるようになれば、世界は間違いなく、日本を、日の丸を尊敬するだろう。そんな日本人研究者が、今回のオリンピックのように二桁でてくればと願うばかりだ。もちろん、私もその一翼を担いたい。

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オピオイド系鎮痛薬の蔓延

医療(一般)

今日は、シカゴ大学医学部全体の催し物として、米国のSurgeon General (公衆衛生局長官)や上院議員を招いた講演会(パネルディスカッション)が開かれた。テーマは「中等度や高度の疼痛に対する治療薬として利用されているオピオイド系鎮痛薬の蔓延にどのように対処すべきか」であった。Surgeon Generalの本来の語源は、軍医のトップであるが、現在は、国の医療行政のトップの医師に相当する肩書きとなっているようで、この方も内科医である(あった?)。

長官からは、オピオイド錠剤の生産量は国で規制されているが、昨年度は130億錠になっていること、これは米国民の全員が1ヶ月服用する量に相当すること、全米でオピオイド依存症・オピオイド中毒が発生し、その頻度が増加していること、それでも、必要な患者さんに十分供給できていない、などの現状が紹介された。今年Lancet誌に発表された論文によると、北米(米国・カナダ)、ドイツ、オーストリアなどでの使用量が特に高くなっている。

オピオイドには、モルヒネ、ヘロイン、コデイン、オキシコンなどがあるが、アヘン類縁物質である。アヘンは、かつて戦争の原因ともなった代表的な麻薬である。日本では、がんなどで生ずる激しい痛みに対してでも、医療用オピオイドの使用には消極的であるが、米国では、慢性の疼痛などにも広く処方されているため、使用量が多くなっていると考えられる。これらオピオイドは、強力な鎮痛作用に加えて、幸福感をもたらす作用があるため、使用法を誤ると依存症に陥り、時として中毒症が起こる。若者の間にも、これら薬剤の利用が増えているようで、オピオイドの蔓延を憂慮したアメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、今年の3月にオピオイドを慢性疼痛の患者に処方する場合のガイドライン(GUIDELINE FOR PRESCRIBING OPIOIDS FOR CHRONIC PAIN)を公表している。

 

ただし、がんの疼痛をコントロールに利用した場合には、精神的な依存が生ずる可能性はきわめて低いとの報告がある。私もインプラント手術のあとに、バイコディンというハイドロコドンというオピオイド系の薬を含む薬剤の処方を受けたが、あっという間に痛みが和らいだ経験がある。もちろん、依存症にはなっていない。

パネルディスカッションでは、長官や上院議員に加え、患者さん・疼痛専門医・医学教育専門家も議論に参加したが、医師は、痛みは単なる病気の症状のひとつとして捉えるのではなく、「痛み」という病気として捉え、個々の患者に応じた疼痛治療を適切に行う重要性を訴えた。長官は、いろいろな数字を挙げて、米国社会の抱える問題を指摘していたが、頭が切れ、強い意志を持っている人との印象を受けた。

日本ではこの長官に相当する立場の人がいるのかどうか定かではないが(少なくとも、医療現場の問題を、国を代表して指摘し、その解決策を一般国民や医療関係者に提示する役職を私は知らない)、医療の現場を知る人が、国を代表して、国会議員や医療関係者と一緒に医療政策を考えることが重要だと改めて考えさせられた場であった。

(PS)体操の内村航平選手が個人総合で金メダルを取った。5種目を終わって1点近くの差の2位だったので、ダメと思っていたが喜ばしいことだ。「日の丸」万歳だ!!それにしても、おかしいのは、フランスの解説者が「日本の女子体操選手がピカチュウみたいだ」と言ったために、人種差別との批難を受けていることだ。フランスでは日本のアニメの人気が高いし、ポケモンは今や日本を代表するアニメのキャラクターだ。色が黄色いので、黄色人種差別をしたと見られているようだが、ここまでくるとやり過ぎだ。可愛い日本のキャラクターに例えたと笑って聞き流せないものなのか!この解説者がお気の毒に思える。

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イチロー選手3000本安打;称えるべきは努力の積み重ね

雑事

イチロー選手がついに3000本安打を達成した。この2週間ほどの生みの苦しみ、ニュースを見るたびに、私にも重圧が伝わってくるような感じだった。そして、結果は、記録に残る3塁打だった。マーリンズの選手がイチロー選手の周りに集まり、観客が総立ちで祝福している姿は感動的だった。そして、イチロー選手がヘルメットを掲げて観客にお礼をしていたが、その髪に白いものが目立っているのを見て、目がうるっとしてしまった。年齢だけでなく、人には言えないような苦労・苦悩が白髪に映し出されているのだろうと思いをはせると、涙腺が緩んできてしまったようだ。

最近の彼に関する記事で特徴的なのが、野球に真摯に向き合う姿勢・たゆまなき努力に対する賞賛である。イチロー選手が尊敬する元ヤンキースのジーター選手も、イチロー選手の日々の努力を褒め称えていた。ニューヨーク・タイムズでも、かなり長文の記事が掲載されていたのはうれしいことだ。2001年にイチロー選手が大リーグに移籍した際、多くの人が、他の大リーガーと比して小柄な体格のイチロー選手に不安を持った。しかし、1年目から、その不安を完全に払拭する形で活躍を続けてきた。確かに3000本という数字は素晴らしいが、私は、メディアを通して伝わってくるイチロー選手の不断の努力に、もっとも敬意を払いたい。

毎日、儀式のようにルーチンの作業をしてから試合に臨むようだが、これは簡単なようでなかなか難しい。多くの選手が、体のどこかを痛め、30歳台で引退を余儀なくされる中で、日々の精進を重ね、体調を管理し、20歳代とほとんど変わりないスピードで走り、強肩を維持しているのは驚異的なことだ。3000本の背後にある、行者のような近寄りがたい姿こそ、イチロー選手のすごいところだと思う。

この3000本という数字を、われわれ研究者にたとえるなら、さしずめ、論文数と言ったところか?ヒットと同じで、論文にも、バントヒット、内野安打、単打、二塁打、三塁打、本塁打、満塁本塁打がある。満塁本塁打は、ScienceやNature誌への論文発表だろう。本塁打でなければ、論文に値しないと豪語する研究者もいるが、本塁打は1点しか得点できないが、単打4本続ければ、1点の得点に、満塁というチャンスが残る。常に攻撃し、得点し続けなければ、がんという敵にはなかなか勝てない。研究は一つの論文で終わるのではなく、継続的なものであり、私にとっての研究は患者さんに希望を与え、幸せにすることだ。バントヒットでも何でもいいので、それらを積み重ね、がんという敵を叩きのめすまで頑張り通すしかない。

私も、東京大学に移った頃は、月曜から土曜までは、毎朝5時30分に家を出て午後9時前後に帰宅、日曜日は半日だけ出勤というルーチンを1年間364日(元旦だけは例外)続けてきたが、40歳後半あたりから体力も、気持ちも続かなくなってきた。自分を律するのは、簡単ではない。イチロー選手が、大リーグに移って16年、オリックスに在籍していた頃から数えると20数年、このような努力を続けてきたことを改めて偉大だと思う。最近の若者たちは、何かを犠牲にしても、自分の人生の目標を追い求めることがなくなったが、イチロー選手の達成した数字だけでなく、その人生哲学から何かを感じ取ってもらいたいと願っている。

そして、天皇陛下のメッセージを読み、国民の象徴としての陛下の真摯なお言葉に、ただただ、頭が下がる思いです。「責任」という単純な言葉で語れないような、陛下の国、国民に対する立場の重さ、そして、皇后陛下を思いやる気持ちが込められているように思いました。十数年前に、御所でお会いした際に感じた尊厳さと暖かさを思い起こし、いつまでもお元気でいただきたいと願うばかりです。

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