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ネオアンチゲンT細胞療法の歴史を学ぶ

今日、シカゴ大学で私たちが共同研究している、Hans Schreiber教授のセミナーがあった。彼は1995年にがんで起こっているミスセンス変異(遺伝子変異によってたんぱく質を構成しているアミノ酸が別のアミノ酸に変わる異常)が、リンパ球ががん細胞を攻撃する目印であることを世界に先駆けて報告した研究者だ。研究には厳しいが、彼と重ねた議論によって、私の免疫学の知識は格段に向上したと思う。彼から見れば、まだまだだろうが。

 

私も歳を重ね、1987年にサイエンス誌に報告したDNA多型マーカーVNTRが、教科書にも引用されているくらい、カビの生えた研究者となってしまったが、セミナーでの彼の研究の歴史は1975年から始まった。私が大学生時代の話で、山口百恵さんに胸をときめかしていた頃だ。私が遺伝子操作の「いろは」を学び始めたのが1981年だから、年季が違うのは当然だ。

 

研究内容は、いつも議論していることなので、私には内容は難しくなかったが、研究室の若いたちには断片的にしか理解できなかったかもしれない。1時間の話で、私にとって最も印象的だったことは、1990年代には全く受けいれられていなかった、変異抗原(ネオアンチゲン)ががん免疫にとって重要だと唱えた研究に対して、米国NIH25年間もこの研究テーマに対して研究費を提供し続けたとことだ。1995年の論文も、決して世間で非常に評価が高い雑誌に発表されているのものではない。しかし、研究内容をしっかり精査して、研究費の申請に対して、高い評価を継続的に与え続けることができたのが米国の強さだ。Schreiber博士自身が、講演の最後に言っていた。「いろいろ批判をする人がいても、最終的に公正な評価ができるのが米国なのだ(ちなみに彼はドイツ人である)」と。

 

「何かよくわからないから、研究支援はいらない」と評価するのではなく、「未知数だが、うまくいった時の可能性に賭けてみよう」という判断ができるし、進捗をちゃんとモニターして、継続の必要性を評価できるシステムが、イノベーションを生むのだ。新しい治療法の開発は、このような可能性を見出す目利き力にかかっているのだと思う。日本に欠けている課題の一つだ。

 

がん変異で生み出された抗原を標的とした新規T細胞療法が人に応用できる条件として

(1)T細胞受容体が、がん細胞特異的であること(変異したペプチドに特異的であること)

(2)がん特異的T細胞が、がん患者本人から得られたリンパ球中(血液・組織)に存在していること(ネオアンチゲンペプチドを利用して、特異的なリンパ球が活性化されること)

(3)患者さん自身のリンパ球にT細胞受容体遺伝子を導入すること

をあげていた。がんを治癒する新時代の夜明けは近いと私も信じている。

 

是非、産経新聞の正論欄もついでに読んでください。

http://www.sankei.com/column/news/170221/clm1702210006-n1.html

 

PS:昨日はシカゴ植物園で開かれた「蘭」展覧会に行ってきた。観てきたというよりも、写真を撮ってきたという表現が正しいかもしれない。今日も気温20度近く、まるで初夏だ。

 

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重度の肥満+糖尿病に外科手術!?

昨日は、過去最高気温を更新して19度まで気温が上がった。今日は2時現在、20度で、まるで米国の株価のように連日の記録更新だ。あと1週間程度非常に暖かい気候が続き出そうで、この間さらに2-3日は記録を更新する暖かさになりそうだ。この時期には珍しい晴天続きで、夕焼けも美しい。まるで5月頃の初夏を思わせるような素晴らしい気候だ。しかし、心は晴れない。このところ、立て続けに、十代でがんを患っておられる子供さんを持つご両親からの相談メールが寄せられたが、何もできない無力な自分が情けない。

 

日本では、iPS細胞を使った臨床試験は、死につながる病気でなくともハードルが低いのに、確実に死に直面している進行がんでは、依然として新規の治療法に対するハードルが高い。日本は変な国だといつもながら思ってしまう。米国に住んで嘆いていても、何もできないくせに偉そうに言うなという声が聞こえそうだが、その通りだ。「挑戦」を始めなければいけない時だと思う。

 

今週の「New England Journal of Medicine」誌に掲載されていた論文も、日本では顔をしかめる人が多そうな挑戦の結果だ。高度の肥満+糖尿病の患者に対して、内科的治療法と外科的治療の優劣を比較した結果だ。乳がんの予防的外科手術でも、当初は、がんもない正常な乳腺を取るなど、とんでもない話だとしたり顔で批判する人が多くいた。生体臓器移植(最近の京都府立医科大学の事件で、生体臓器移植のイメージが悪くなったように思うが)、特に、生体肝移植は、専門家の中でも、健康な人にメスを入れるということに対して批判が強かった。臓器提供が非常に限られている日本で、どれだけの患者さんを救ったか、私は誇るべき成果だといつも思う。目の前にいる救いたい患者さんのために何かをしたいと思う純粋な医師の気持ちをもっと大切にして欲しいと思う。そして詐欺師は徹底的に糾弾すればいいのだ。

 

話を戻すと、今回は、外科的手法として、バイパス手術(胃を上の方で切断して、その部分と小腸をつなぎ合わせ、食物の通る胃の部分を小さくする。そして、残った胃やから流れる液や胆嚢・膵臓から分泌される液を、小腸の途中で合流させる)(B群と呼ぶ)や胃の縮小手術(胃の左半分程度を切除する)(S群)が行われた。これらのグループと、内科的治療だけのグループ(M群)を比べたのだ。対象患者はBMIが27-43とかなり高い。この中央値である35というのは、身長170センチの人であれば、体重101キロに相当する。

 

ヘモグロビン1Ac(Hb1Ac)はヘモグロビンに糖が結合したもので、糖尿病がうまくコントロールされているかどうかの指標となっている。この値が5年後に6%以下になるかどうかを指標として試験が行われた。試験開始時点でのHB1Acは9.2%とかなり高い。この数値も含め、いくつかの指標で3つの群を比較すると、下の表で示されるように指標は明らかに、外科的に胃を小さくするほうが、数字が改善されている。外科手術を行った場合、平均の体重減少は20%以上であり、170センチの人で例えると、100キロから80キロへと減少したことになる。糖尿病関連の数字だけでなく、他の指標も大幅に改善されており、生活の質の改善も明らかだ。そして、インスリンを含め、治療薬が減っていることから、外科手術に費用がかかっても、一生治療し続けなければならないことや合併症の回避・軽減を考えると、全体での医療費の削減につながっていることは確実だ。もちろん、日本の糖尿病患者さんに占める肥満度は高くないが、肥満度の高い人には一つの選択肢として考えられるのではないだろうか?

 

患者さんの生活の質にも医療費の削減にもつながる。科学的に新しいものに挑戦して、一つずつ改善策を見つけ出していく。これが、これからの日本にも重要だ。

 

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肝胆膵がんの治癒率向上のための戦略

全国がん(成人病)センター協議会ががんの臓器部位別10年生存率を公表した。がんは高齢になるほど多く、別の病気で亡くなる場合もあるので、この数字はがんで亡くなった患者さんを元に補正されたものだ。がん全体の10年生存率は58.5%であり、がんを治癒できる割合は格段に改善されてきた。この数字は、全国の大規模なセンターの数字であり、日本全体の数字が反映されているかどうかは疑問が残る。しかし、次第に正確な数字が把握できるようになって来た事はきわめて重要である。正確な情報なくして、的確な解決策が提案できるはずがない。

ネットニュースで大きく取り上げられていたが、10年生存率は、臓器別、ステージ別で大きく異なる。前立腺がんでは、ステージ1・2・3の生存率は100%だが、ステージ4では40.5%と下がる。でも、ステージ4でも10年生存率40%超というのは高い数字だ。乳がんでは、ステージ1では95.0%、ステージ2では86.2%とほとんど治癒できると言っていい数字だが、ステージ3だと54.7%と悪化し、ステージ4では14.5%と急激に数字が悪化する。このがんでは早く見つかるかどうかが鍵となるのがわかる。ほとんどのがんでは、ステージ1で80%以上、ステージ2・3で50%以上、ステージ4では20%を切る数字となっている。早く見つけること治癒率向上につながることから、がん検診率を上げていくのが政策的にも重要だ。そうすれば、がん全体の医療費は抑制されるだろう。

しかし、肝胆膵と呼ばれる、肝臓、胆管系、膵臓のがんは数字がきわめて低くなっている。ステージ1でも、胆管系52.7%、肝臓32.0%、膵臓28.6%、ステージ2で20.1%、17.7%、9.1%となり、前立腺がんや乳がんの数字と比べて極めて悪くなっている。肺がんの場合でも、ステージ2で28.8%でこの時点で発見されても約4分の3の患者さんががんで命を落とす結果となっている。すい臓がんではステージ2で見つかっても、10年生存率は10%を切るという厳しい数字だ。

最新の治療法では、少しは改善されているであろうが、これらの早期に発見されても治癒率の低いがんに対しては、今までの考え方で改善されない事は明らかだ。ステージ1で手術可能であっても、手術直後から何らかの対策を打っていくことが絶対的に必要だ。画像で再発が確認されてから、次の手を打っても手遅れであることは、数字から明がである。ステージ1・2の手術後から積極的にがんと闘うべく介入をしていくことが求められる。

抗免疫チェックポイント抗体を手術後に投与することも考えられるが、再発予防効果と治療にかかる費用・自己免疫的な副作用との比がどの程度大きいのか、これはやってみないとわからない。これらの抗体医薬品の進行がんに対する有効率は20-30%であるが、早期のがんではがん細胞が免疫系の攻撃から逃れる準備ができていないので、もっと効果があるかもしれない。あるいは、これらのがんはもっと強かで、そうでもないかもしれない。これ以外にも、これまでは全身的な副作用がほとんど認められていないペプチドワクチンなどをこの段階で投入するのもいいかもしれない。

しかし、現実的課題としては、再発率などの低下を調べる臨床試験は、観察期間(患者さんが再発するかどうかの経過を見ていく時間)が長いため、膨大な費用がかかり、現状の臨床試験体制では実施をするためのハードルが高すぎる。国が支援する形でステージ1・2の肝胆膵がんに対する臨床試験の実施する必要だと思う。

もっと現実的なのは、画像で検出されないが、血液を利用したリキッドバイオプシーでがん遺伝子異常が確認された段階での、治療介入だ。がんの欠片も見つからない患者さんに対して副作用リスクのある薬剤の投与は、日本のメディアリテラシーの観点から袋叩きにあうリスクが高すぎるからだ。たとえ、ステージ2のすい臓がんの10年生存率が9%から30%に改善される可能性があっても、一人でも重篤な副作用がでれば、血祭りに挙げられる。もちろん、リキッドバイオプシーの精度が保証されることが最優先だが、CTやMRIの画像で診断されてから治療を始めても限界のある事は数字から明白であるので、超早期診断・超早期治療は科学的にも妥当だと私は考えている。

肝胆膵がんに対する有効な分子標的治療薬が開発されればベストだが、現状でも、臨床のデータと科学的エビデンスを組み合わせて。やればできることはあるはずだ。ただし、患者さんたち自身がそれを求めない限り、挑戦は難しい。

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メディア報道は公正か?

小保方事件に関するNHKスペシャル(2014年7月放送)について、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送人権委員会が、「名誉毀損(きそん)の人権侵害が認められる」などとして、再発防止に努めるようNHKに勧告した」との産経ニュースを目にした。「配慮を欠いた編集上の問題が主な原因」と指摘されたが、これに対して、NHKは「客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮した」と、編集が慎重に行われたことを強調する反論を行ったようだ。また、識者と評する人は、「番組制作の現場に無言の圧力が生まれ、自主規制が働くようになるのではないかと危惧される」とコメントしていた。

 

私は小保方氏の行為を是とする立場にはない。しかし、どこからみても、NHKスペシャルはやりすぎだった。私は、笹井先生の不幸な死のあと、この番組を痛烈に批判したが、当時、学会も含めて魔女狩りのような風潮に悪乗りして、「おぼれた犬に石を投げつける」ような番組になっていたように思う。しかし、編集に配慮がなかった故、今回の勧告につながったにもかかわらず、NHKの姿勢は、放送の世界における司法判断を否定したに等しい。放送人権委員会は放送に取り上げられた人の人権を守るために、放送界が作ったものであるのだから、これでは、行政府の長が司法府の決定を批判して三権分立を否定した、どこかの国の大統領のようなものだ。(ちなみに新聞社にはこのBPOに相当する組織はない。)

 

客観的な事実を積み重ねたというが、その事実を歪んだ形で積み重ねて、偏った印象を視聴者に与えたことが問題とされているのだ。NHKは、指摘された問題の本質を理解していない。「事実を積み重ねること=公正な報道」とは限らない。積み重ねた事実から、作り手が自分の主張したい方向に沿った事実だけを選別すれば、内容は絶対に公正にはならないのだ。NHKサイドのコメントには、メディアの驕りを感ぜざるをえない。そして、識者のコメントは人権侵害を受けた人の立場を全く考慮しないものであり、殺人犯の人権だけを守る、自称、人権派弁護士たちの姿に重なる。

 

また、朝日新聞のテヘラン支局長が、安倍・トランプ会談に対して、「安倍首相、大丈夫かな…またおなか痛くなっちゃうのでは」とツイッターに書き込んだとの報道もあった。

http://www.sankei.com/politics/news/170211/plt1702110042-n1.html

こんな形で揶揄するコメントが、この新聞社の本質を透けて見えさせているような気がする。こんな人たちに公平・公正な報道を期待するのが間違いだ。

 

トランプ大統領の動向を日本のメディアを通してみると、米国人の大半が批判しているような印象を受ける。批判する人の方が多いのは事実だが、彼の姿勢を支援している人もたくさんいるのだ。どのメディアを通して情報を入手するかによって事象の与える印象は全く変わってしまうのは恐ろしいことだ。

 

そして、安倍首相に対して「トランプに媚びている」と非難している報道も見受けられる。日本という国が、日米同盟を軽視して存立できる状況にないことは明白だ。日米のトップが仲良くなることに何の問題があるのだ。「トラスト ミー」と言って日本の信用を大きく毀損した総理大臣に比べれば、安倍内閣は明らかに日本の国際的なプレゼンスを高めている。私がシカゴに来た当初は、日本の総理大臣が米国に来てもニュースでの扱いはわずかだったが、今回の訪米はメディアで大きく取り上げられていた。「ゴルフなどけしからん」という野党党首もいたようだが、そんな国際的なセンスに欠けるようなことを言っているから支持率が伸びないのだ。日本が国際的な位置を維持するには、しっかりした政権が米国(どの政権であっても)と良好な関係を保っていくことが不可欠なのだ。

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Fact とAlternative Fact

トランプ大統領誕生から20日ほどが経ち、米国では「Alternative Fact(別の事実)=多くの場合には嘘」あるいは「Fake News(嘘のニュース)」という話題が盛んに取り上げられている。前者は、トランプ大統領の就任式への参加人数について、報道官が「史上最大の参加者数だった」という間違ったコメントを強弁して批判を受けたことに対して、トランプ氏側近が「Alternative Fact」と主張して擁護したため、火に油を注ぐような事態が生じ、この「別の事実」が一躍流行語のようになってしまったのだ。日本を騒がせたSTAP細胞事件も、本人が非を認めない「Alternative Fact」の実例だ。異なる側面から物を見ることと、嘘との境界がなくなってしまったかのような不思議な感じがする。

そして、自分の言ったことが真実だと頑迷に主張する姿を見て、大統領選挙に投票した人たちはどう感じているのか、是非、知りたいものだ。ただし、シカゴの危険な現状に対する批判に関しては、トランプ大統領のコメントに大賛成だ。昨日は、戦争状態にある中東よりもシカゴの方が、発砲事件が多いと批判していた。これが事実かどうかは疑問符がつくが、昨年1年間でシカゴでは4000人が射撃され、殺人は760名を超えている。1日に10人以上が発砲を受け、2名以上が殺されている。これが一部の地域に集中しているのだから、これらの地域では中東の危険地帯に匹敵するくらい危険なのかもしれない。

トランプ大統領は、“Whether a child lives in Detroit, Chicago, Baltimore or anywhere in our country, he or she has the right to grow up in safety and in peace. No one in America should be punished because of the city where he or she is born(デトロイト、シカゴ、ボルティモア、あるいはその他の地域であっても、子供は安全に平和に暮らす権利がある。アメリカに暮らす人は、生まれた場所ゆえに不幸が起こることがあってはならない)”とコメントしたようだが、その通りだ。シカゴ市がコントロールできないなら、連邦政府がコントロールしてやろうかと発言しているが、できるならやって欲しいと思う。安全に暮らすことが空気のように存在している日本では、安全にはコストがかかることはあまり理解されていないだろうが、安全の確保にはそれなりの予算が必要だ。

しかし、これらの発言の場でも、「Alternative Fact」を持ち出していることが心配だ。「この45年間で殺人事件の発生頻度は最も高い」と言ったようだが、これも正しい事実(Fact)ではない。確かに危機意識を煽り、犯罪を削減することを主張するための道具に使っているのだろうが、これでは自分の主張のために事実を捻じ曲げる朝日新聞と同じだ。根底となる事実が間違っていれば、主張そのものの論拠を失い、主張していることへの賛同が得にくくなるのではないだろうか。

 

最近は、私のもとを訪ねてくる多くの方が、シカゴは安全でしょうかと聞いてくる。答えはイエスでもあり、ノーでもある。特定の地域に行かない限り安全だが、間違って特定の地域に踏み込むと非常に危険だ。ダウンタウンから大学当たりにかけては安全だが、西部・南部の特定地域は絶対に行くべきではない。東京や大阪では、こんなことは気に留めなくていいが、ここではそうはいかない。

夜でも安心して歩ける治安の良さ、安くてアクセスが簡単な医療、便利な公共交通など、日本では意識しないことで、日本の素晴らしさを実感している。安定した経済がこれらには不可欠だが、明日からの2日間、ワシントンとマイアミでどんな会談がもたれるのか、少なからず不安でもある。

2016年度に米国FDAによって承認された新規薬剤

医療(一般)

2106年度に承認を受けた新規薬剤のリストを下記にまとめた。ニボルマブ(抗PD-1抗体)などの適応拡大(2017年2月2日には膀胱がんに対して承認された)は進んでいるが、これらの適応拡大されたものはこのリストには含まれていない。全く新規の薬剤としては、2016年度に22品目が承認されている。(黄色で示したものは抗腫瘍薬)

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がんに対しては、新たに4品目であり、免疫チックポイント阻害剤として3種類目のPD-L1抗体が含まれている。これも、他のがん種への適応拡大が進むのが確実だ。これ以外にも、PDGFR(血小板増殖因子受容体)に対する抗体医薬品が軟部腫瘍に対して承認を受けている。あとの2品目は、分子標的治療薬で、PARP阻害剤は乳がんや前立腺がんにも広がっていくだろう。

クロストリジウム・ディフィシル菌感染症は抗生物質などを多用しすぎて、普段腸管内にいる細菌が殺された結果起こることが多い。下痢などの症状が起こるが、医師がこの病気のことを知らないと単なる腸炎として治療を続けるため、症状が改善しない。人間の体は、消化管に存在する多様なバクテリアと仲良く付き合っていかなければいけないのだ。米国の現状を見ていると、多様性の価値が過小評価されているように思えてならない。

しかし、このリストを見ると、感染症、免疫疾患、筋変性疾患まで多くの領域で画期的な新薬が開発されているのがよくわかる。それにしても、このブログでも綴っているように、医薬品開発に関する日米の差は如何ともしがたいものがある。

基本的には現状に対する危機意識がないのだと思う。「何が問題なのかわかっていない人には、問題を解決できるはずがない」のだが、最近話をしていて、こんな人によく出くわす。マークシート方式の試験の影響かもしれない。少しでも経験した問題には対応できるが、経験したことのない問題には、思考が働かないのだろう。

日本は明治維新以後、欧米の医療を輸入する形で、医療を進歩させてきた。その環境では、輸入を真っ先にして、日本で一番であれば、お山の大将でいられたのだ。欧米の背中が見えるポジションで走り続けていれば満足していられたのだ。しかし、医薬品の輸入超過が2年連続2兆円超でも、現状の方策でいいと考えているのが不思議でならない。もし、危機意識はあるのだとしても、講じている対策は明らかに不十分だ。

多様性と国家安全保障の狭間で

雑事

トランプ大統領の大統領令と連邦地裁・控訴裁の違憲判断で、米国の入国管理体制は混迷を極めている。私の米国入国に際しては全く問題なかったが、しばらく混乱は続くだろう。しかし、大統領の権限が、ここまで強いとは知らなかった。まさに、大統領令で、何でもありといった感がある。表面的には米国の多様性と国家の安全保障の対立のように見えているが、これまでオブラートに包まれていた複雑な要因が一気に顕在化してきたのかもしれない。

 

大学という環境は、最も多様性に富んだ環境である。それに関連して、先日、フォーブスが最も国際性に富む大学ランキングを公表した。第1位と第2位はスイス工科大学のチューリッヒ校、ローザンヌ校、第3位香港大学、第4位シンガポール国立大学、第5位インペリアルカレッジ・ロンドン校と続く。このランキングは、学生に占める留学生の比率、外国人職員の比率、国外研究者との共同研究などを評価したものであるので、ヨーロッパ各国、特にスイス、イギリスなど、そして、人口は少なくて国外からの留学生を多く受け入れている香港・シンガポールは有利だ。

 

それにしても、国際性に関する日本の大学のランキングは、悲しくなるほど低い。150位までに4校入っているが、最高位が東京大学の136位で、以下、筑波大学141位、東京工業大学143位、東北大学149位と続く。日本の大学は留学生の割合も外国人職員の割合も極めて低いので、当然と言えば当然だが、国際化の掛け声はどこにかき消されたのだろうか?東南アジアの学生にすれば、教育の大半が日本語で行われるので、将来的なことを考えれば、どうしても英語圏で教育を受けたくなる。東南アジアの学生にとって、香港・シンガポールといった場所は、英語で教育を受けることができるので、教育内容に差がなければ、東京大学よりははるかに魅力的だ。そして、それに伴って優秀な学生が集まるため、総合的な大学ランキングにも反映されるようになったため、香港大学やシンガポール国立大学が、日本よりも上位にランキングされる結果につながっている。

 

「国際化」と称しながら、「国際化」が遅れている原因を特定し、問題点を解決するための具体案を立てない限り、「国際化を目指す」といったおまじないのような掛け声だけでは、現状は改善されないだろう。国際化には、複数の省庁が関係するが、このようなケースでは必ずといっていいほど、各省庁の利害が絡み、文言の細かい部分での凌ぎあいが続く。私が読んで「どこが違うねん??」と思っても、「て・に・を・は」の使い方ひとつで、行間の意味が違ってくるようだ。役所言葉は難しい。しかし、たとえば、大学などでは、具体的な目標として、授業を英語で実施するようにすればいい。英語で講義ができる職員にはインセンティブをつければいい。もちろん、国際的なランキングなど全く無視して、日本が現在のように鎖国化したような教育政策を取り続ける選択肢もありうる。

 

私は、色々な意味で国際性を高めることは大切だと思う。日本の分化や歴史をしっかりと語れる人が増えてくれば、その人たちを通して日本への理解がもっと広まり、日本に対する誤解も少なくなるだろう。日本の良さを知ってもらうのは、日本人自身の役割だ。そして、アジアやアフリカからの留学生や労働者にもっと魅力的な環境を作り、日本滞在を満足で有意義なものにすれば、長期的には必ず、日本にとって大きな財産となるはずだ。

 

メキシコとの壁、入国管理、貿易協定など、不確実性が高まってきたが、今週開催される日米首脳会談から目が離せない。

 

PS:フェニックスオープンのプレーオフをドキドキしながら見ていたが、4ホール目でバーディーを取り、松山英樹選手が勝利した。やはり、日本人が勝つと誇りに思う。それにしても、松山の強さは本物だ。

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