某新聞社の無神経記事

私は絶対に某新聞系の記事は読まないが、ネットニュース記事のタイトル「女子マネジャー死亡、『呼吸』誤解? AED使ってれば」に目を取られて、思わず、読んでしまった。そして、腹が立った。

 

新潟県のある高校の野球部の女子マネジャーがランニング直後に倒れて、その後死亡した件で、倒れた時に心室細動を発症していた可能性があり、自動体外式除細動器(AED)を使っていれば救えたかもしれないという内容だった。「AEDを使ってほしかった。助かったかもしれないと思うと、つらくて悔しい」という父親のコメントも付け加えられていた。野球部監督は息をしていると判断して、救急車の到着を待ったらしい。記事では、その時にAEDを使っていたなら助かっていた可能性を指摘し、AEDに対する理解を深めようというとするものだった。

 

病院到着時に心室細動状態だったので、AEDの適応になるはずだというロジックだが、死の直前には多くの場合、心室細動状態となるので、倒れた時点で心室細動が起こっていた証などどこにもない。監督が息をしていると判断したのが、「死戦期呼吸」(わかりやすくいうと顎は動いて呼吸しているように見えるが、胸は膨らんでいない)というものだった可能性があり、その判断が正しくなかったことを暗に示唆していた(と私は思った)。ウィキペディアには「医療関係者以外が見分けることは難しく、呼吸していると判断されてしまうことが多い」と書かれている。

 

この新聞社は、一般的にAEDの適正な利用を啓蒙しただけと詭弁をふるうだろうが、この監督の胸中を慮ると腹立たしくてならない。父親の「悔しい」思は、誰に向けられているのか?一般の方が、心室細動だと判断して、AEDを使う決断をすることなど容易ではない。息をしている(と見える)ような状況で、心室細動でAEDを利用すればなど、思いつけと言う方が酷だ。また、このような状況では、呼吸補助をしない限り、心臓だけの処置をしてもだめなのだ。この記事は、あまりにも短絡的すぎる。そして、もし、AEDを利用しても助からなかったら、「AEDの利用は適切だったのか」と非難されていたかもしれない。この監督は救急車を呼んでおり、非を求めることなど常識的にはありえないのだ。

 

また、娘さんを突然亡くされた父親に「AEDを使っていれば助かっていたかもしれない」と、ぽっかりと空いた傷に塩を塗り込むように苦痛を与えるような記事を書く神経が、私には理解できない。もちろん、この監督は、この記事によって心が深く傷ついただろう。、「死戦期呼吸」を知らなかった「あなたの判断が誤っていなければ助かったかもしれない」と匕首を喉元に突き付けられたのだから。

 

「AEDの設置が広がっても突然死が後を絶たない背景には、AEDの性能についての理解が深まっていないことや、卒倒などの場面に遭遇すると、落ち着いて使いこなせない実態がある」と書かれていたが、医療関係者でない人が、目の前で人が倒れた時に、落ち着いてAEDを使うことができないのは当たり前だろう。一般の人たちには、脳に問題があって倒れたのか、心臓に問題があって倒れたのか、判断できる材料などないに等しいのだ。そして、AEDを利用しても、突然死がわずかに減るだけで、無くなることはないのだ。浅い知識で「AEDの利用=突然死がなくなる」ような印象を与えようとしている。

 

AEDの啓蒙活動だと正義の旗を振ったつもりだろうが、あまりにも関係者に配慮のない無神経な記事だと私は感じた。監督に対する悪意が満ち溢れているような気がする。もし、そんな意図がないというなら、記者としては、あまりにも稚拙な記事だ。いまさら、驚きはしないが、この新聞社の遺伝子は変わらない。

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効果があるのか?ないのか?

先週号のNew England Journal of Medicine誌に「Olaparib for Metastatic Breast Cancer in Patients with a Germline BRCA Mutation」という論文が掲載されていた。PRAPDNA修復などに重要な分子であり、このPARP阻害剤、オラバリブ(Olaparib)は一部のタイプの卵巣がんへの適応が承認されている。今回は、HER2が陰性で、かつ、遺伝的に家族性乳癌遺伝子(BRCA)に異常が認められる転移性乳癌に対して、標準的な化学療法と比較試験を行った結果である。

 

302名が無作為に2つのグループに振り分けられ、205名がオラパリブを投与された、97名が標準的治療(2:1の割合)を受けた。無増悪期間中央値は、オリパラブ群で7.0ヶ月、標準的治療群で4.2ヶ月(p値が<0.001)と有意に差が認められた。腫瘍縮小効果が認められたのはオラパニブ群で59.9%、標準的治療群で28.8%であった。グレード3以上の重篤な副作用はオラパニブ群で366%に対し、標準的治療群では50.5%と、オラパニブ群の方が低かった。さらに毒性によって治療の継続ができなかった患者の割合は、オラパニブ群で4.9%、標準的治療群で7.7%であった。

 

上記の結果を見る限り、全生存期間もオラパニブ群の方がかなりいいという印象を持つのだが、全生存期間中央値はまったく差がなかった。分子標的治療薬でしばしば認められる現象だが、一旦は腫瘍縮小が認められても、再び増殖を速めた場合、急速に悪化することがある。重篤な副作用の頻度がオラパニブ群で低いので、副作用が生存期間に影響を与えたとは考えにくく、今回の場合、再び大きくなり始めたあとの悪化が急激であったために、生存期間に差がつかなかったと思われる。

 

この結果を受けて、この薬剤がこの条件の患者さんへの適応が承認されるかどうかは、規制当局の考え方による。しかし、一旦は小さくなる、あるいは増悪期間が2.8ヶ月延長するが、生存期間は変わらないという現実を、患者さんや家族、そして、医療従事者はどう評価すべきなのかを考える必要がある。がんの増殖が抑えられ、その分だけ、生存期間が延びれば、患者さんや家族にとって意味は大きい。しかし、今回のようなケースは、高額な抗がん剤治療が社会問題となり、医療保険制度の存続が脅かされつつある現状では、費用対効果という観点を医療制度の中に盛り込んでいく必要性を、改めて考えていかなければならない。

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いつから医者は大丈夫と言えなくなったのか?

「コードブルー」という番組を見た。ネットに泣かせる話と書いてあったが、子供の心臓移植を待っている医師家族の姿は、確かに胸にジーンときた。しかし、私はこの番組の中に隠された意図を感じた。単なる救急ヘリの物語ではなく、今の医療の抱えている課題に刃を向られているような気がした。

(1) 番組の中で、「いつから医者は大丈夫と言えなくなったのか?」「医師の笑顔が、手術や薬よりも患者さんを救うこともある」(正確な表現ではないかもしれないが)と語る部分があった。私が臨床医をしている頃、末期がん患者さんに対して「大丈夫ですよ。もう少ししたら元気になりますから」と笑顔で語りかける場面が少なくなかった。しばらくして、患者さんから、笑顔で励ましを受けたことを感謝するお手紙を頂いたが、今でも、それを大切に保管している。

がんとは告知しない時代であったが、進行して一定の段階に達すると隠せるはずもない。しかし、阿吽の呼吸でお互いそれを理解した上で、励ますことのできる時代であった。医師は患者さんに寄り添い、患者さんも医師を慮る気持ちがあった。しかし、今は簡単に「大丈夫ですよ」などと言えなくなってしまった。患者さんが心細くて、不安で一杯であっても、医師が「大丈夫ですよ」などと言ってしまうと、そうでない場合、無責任の誹りを受けかねないのだ。ドラマでは、脳腫瘍の少女が、手術の後遺症を恐れ、手術を避けている間に、悪化してしまった。「大丈夫」の一言があれば、手術に踏み切れるかもしれないのに、それが言えないままに、患者の病状が悪化していく。難しい時代になったものだと思う。

私が医師を続けていて、もし、責任ある立場にいたらどうしていたのだろうか?きっと「大丈夫です」と笑顔でほほ笑んで、痛い目にあっていたのだろうと思う。不器用な生き方しかできないから、研究者になっていてよかったのかもしれない。

2. 患者さんが、「命」と「命より大切と思っているもの」の間で苦悶していたらどうすべきか?上述の脳腫瘍の患者はピアノで将来を嘱望されている少女だった。脳腫瘍の手術を受けると後遺症でピアノが弾けなくなるかもしれない。しかし、手術しなければ、確実に命を落とす。医師は絶対に後遺症が残らないと言えない。彼女にとって、ピアノが弾けなくなることは命を落とすことに等しい。

このような場面は決して稀ではない。乳がんに罹患した女性、特に若い女性は、乳腺全摘出術をできれば避けたいと願うことが少なくない。私が若くて青臭かった頃、愛があれば乳腺などなくとも生きられると信じていたので、乳腺をなくすと愛を失ってしまうと恐れる女性の気持ちが理解できなかった。何よりも命が最優先なのに、どうして迷うのだろうと思っていた。しかし、歳を積み重ね、いろいろな人生を送った人の話を聞き、「命」と「命よりも大切なこと」の狭間で揺れ動く気持ちが理解できるようになった。

そして、今の私ならどうするのか?やはり、「命あってこその人生です」と青臭く、患者さんに言うだろう。乳腺がなくなったくらいで気持ちが離れていく人は、別の理由で去っていくだろう。自分の愛する人を信じなさいと。いろいろなことを乗り越えてこそ、人生だと思う。生きていなければ乗り越えられない。

3.そして、小児の移植医療は絶望的だ。椎名桔平さんが演ずる(他の俳優は名前を知らない)医師が、拡張型心筋症で移植を待ちつつ、心筋梗塞から心破裂で術中死した子供の患者と、心臓移植を待ち続ける自分の子供を重ね合わせ、日本の臓器移植の惨状を振り絞るような気持ちで嘆く場面があった。「移植登録してから、平均約1000日待つ。綱渡りのような1000日。寝る前には、明日が来るのかどうか不安になり、今日が来ると感染症や血栓が心配になる。移植の順番が来ても、風邪をひいて熱が出ると、移植の順番が飛ばされる」。日本の臓器移植、特に小児の臓器移植は絶望に近い状況だ。ドラマでは、臓器移植を待つ子供が、両親に気を遣わせまいとする姿に胸を打たれた。脳死移植反対派には、こんな家族の想いが伝わらないのだろう。

他人の死を待たねばならない治療法だが、患者を救うための治療法は存在しているのだ。それができないのは、日本人自身の責任だ。脳死に疑問を呈する一方で、子供が海外で移植を受けるための募金運動に力を貸し、元気に帰ってくると「・・・ちゃん、良かったね」と平然と報道する。メディアの持つジキルとハイドの二面性が問題なのだ。命を救うことは大切だが、日本人の臓器は利用させない、こんな恥ずかしいロジックがまかり通る不思議の国アリスだ。医師たちは大きな声をあげたくとも、メディアの攻撃に晒されるのが怖くて、小声でしか、物が言えない。

それにしても、気に食わない人間を汚い言葉で罵倒しながら、自分こそ正義だと訴える社会、少しでも失言したり、不適切な行動があると袋叩きにあうような社会は、不健全な社会だと思う。ソルトレークに5年間住んでいたこともあり、モルモン教の方々にはお世話になったので、斉藤由貴さんには、バッシングにめげず、是非頑張って欲しいと願っている。

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キメラ抗体治療法(CAR-T細胞療法)の壁+北朝鮮危機

日本の防衛省が「北朝鮮はすでに核弾頭を準備している可能性がある」と言ったことが大きな話題になっている。トランプ大統領は、北朝鮮の「ワシントンに重大な教訓を知らしめてやる」という脅しに、「これ以上米国を脅すと、北朝鮮を大変な目に合わせるぞ(N.Korea will be met with "fire and fury" if threatens U.S.)」と警告したとのニュースが流れている。予測不可能な二人のリーダーのチキンレースの様相を示しており、明日何が起こってもおかしくない感がある。(*先ほど、北朝鮮がグアム基地攻撃を計画していると報道された。トランプ大統領がもう一段エスカレートするだろう。ロシア疑惑から目を逸らすことが頭をよぎると、危険だ)

と庶民が心配しても仕方がないので(シカゴはICBMの射程に入っている可能性が高く、安閑とはしていられないが)、がんの話に移したい。このブログでは、新しい免疫療法の重要性を再三紹介しているが、今日は、決して単純な「ばら」色のストーリーではなく、「いばら」色の道でもあることを示しておきたい。7月19日号のScience Translational Medicine誌に「A single dose of peripherally infused EGFRvIII-directed CAR T cells mediates antigen loss and induces adaptive resistance in patients with recurrent glioblastoma」というタイトルの論文が掲載されていた。

 

簡単に要約すると、EGFRvIIIという分子を標的にしたCAR-T細胞療法を、再発グリオブラストーマ(非常に悪性度の高い脳腫瘍)に試みたが、 わずか1回の注射で、がん細胞がEGFRvIIIを作らなくなり、この治療法に抵抗性になったという内容だ。EGFRは細胞の表面にあるEGF(上皮成長因子)受容体で、vIIIは遺伝子異常によって生ずる、がん特異的な受容体タンパク質のことだ。この異常タンパクに対する抗体とT細胞を活性化させる分子を人工的に連結して作り上げて、T細胞を脳腫瘍細胞の近くに運び、がんを叩くという原理である。

 

この治療法を受けた患者さん10名の内、7名の患者さんは手術を受けているので、この治療法の有効性を評価するのは難しい。また、重篤な副作用はなかったとのことであるが、治療開始後の生存期間中央値は251日(8ヶ月強)であり、これまでのCAR-T細胞療法と比較して失望感は隠せない。手術を受けた7名のデータから、注射したCAR-T細胞は、脳腫瘍に達していたことが確認された。著者たちは、効果が期待はずれだった理由として、(1)がん組織内での免疫抑制細胞が急増していたこと・他の免疫抑制分子も増えていたことや(2)がん細胞内のEGVRvIIIの量の減少を挙げていた。私は、後者の解釈に関しては疑問である。それぞれのがん細胞内のEGVRvIIIに差があり、産生量の多いがん細胞がCAR-T細胞によって殺されたため、結果としてEGFRvIIIの産生量の少ないがん細胞が生き残った結果ではないかと思う。

 

いずれにせよ、がん細胞は強かだ。攻撃を仕掛けてもそれをかわすために、いろいろな道具を使ってくる。そして、がん細胞は多様性に富んでおり、一部が攻撃で滅んでも、一部は攻撃に耐えられるような準備をしているのだ。進化論でもそうだが、「遺伝子変異を起こして生き延びる」というのは間違いで、「遺伝子変異を一定の割合で起こして、多様性をあらかじめ獲得していることによって、環境の変化に耐えられた者が生き残るようになっているのだ」。エイズが致死的な感染症であった頃でも、CCR5という分子に異常のある人がHIVウイルス感染から逃れたのも、進化論で説明できる。

 

この結果から学べる事は、がんを攻撃するには、陸海空といろいろな手段で一気に攻撃を仕掛けて叩くことだ。免疫療法も、ネオアンチゲンやオンコアンチゲンを利用して、もっともっと攻撃力をアップできるはずだ。

 

PS: 産経新聞によると、「がんと診断された患者の平均年齢は徐々に上がり、21年は67.2歳だったが、27年は68.5歳になった。75歳以上の患者の割合も、21年には33%だったが、27年には36.5%に上がった。ただ、高齢の患者は糖尿病や高血圧などの持病があったり全身の状態が悪かったりして、若い患者と同じ治療を行うのが難しいとされている」そうだ。新たにがんと診断されるケースが100万人を超えると推測される今年、この内、75歳以上の患者さんの数は約40万人になると思われる。高齢者がん医療が重要な課題となるのは、かなり前からわかっていたことだ。こんな後手後手の対策で、老人を大切にしない国でいいのか?高齢者患者さんたちに対する治療基準がない国が先進国と言えるのか、大きな疑問だ。

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医療機関はサイバーアッタクに備えを!

 昨日は、14度まで温度が下がった。普段と同じようにスーツの上下を着て行ったのだが、北風が吹いていることもあり、アパートを出た途端、「寒ゥ~」という感じだった。もっと暖かくしてとも思ったが、面倒なので、そのまま大学に向かったが、手がかじかんでしまった。とても8月上旬とも思えない冷え込みだ。今年は、もう、30度を越える日はなさそうだ。

今週号の「New England of Journal」に「Cyberattack on Britain’s National Health Service — A Wake-up Call for Modern Medicine」という論文が掲載されていた。オックスフォード大学とインペリアルカッレジの二人の医師が著者で、今年5月12日にイギリスのNational Health Service (NHS)(国民保健サービス)で生じた“WannaCry”ウイルスによるサイバーアッタクを通して、「生もののウイルス」ではなく、「コンピューターウイルス」という「ウイルス」の医療現場に対する脅威について語っている。

国民保健サービスの職員が開封してしまった“WannaCry”というウイルスが一気に拡散して、NHS関連の医師や看護師たちの心を凍らせてしまったのだ。コンピューターウイルスというと、個人情報の流出とプライバシーの侵害が真っ先に思い浮かぶのだが、今回のケースでは、拡散したウイルスが医療現場のコンピューターを麻痺させ、その解除と引き換えに身代金を要求するタイプだった。

イギリス当局は、医療現場では、ほとんど大きな被害がなかったと発表しているようだが、著者らは現場ではかなりの混乱があったと紹介している。診療や手術の延期などが、多数起こったようである。紙のカルテでなく、電子カルテ頼りの診療体制では、診察室のパソコンが利用できなければ、診察などできるはずもない。今では、医療現場は、大半の作業が電子化されている(もちろんそうなっていない病院もあるが)。患者さんの診療情報、検査結果や画像データの記録、そして、検査のオーダー、処方箋など、コンピューターシステムは不可欠だ。画像検査をするにしても、機器類に付随しているコンピューターがブロックされれば、難しい検査だけでなく、簡単なX線写真でさえ取ることができない。 実際、このウイルスで影響を受けた外傷センターなどでは診療を見合わせたという。

身代金が1件、約300ドルという支払えない額ではないというのが巧妙だった。3千人相当が払えば、1億円という大きな金額を手にすることができる。原因として、Window XPという古いシステムの脆弱性を突かれたことを挙げている。このシステムに対するサイバーセキュりティー警告が出ていたにもかかわらず、キャメロン前首相が予算を7.07百万ポンドから5.5百万ポンドに予算を削減したために、脆弱性に対する手当てがされなかったと予算削減の影響を指摘していた。サイバーセキュリティーに対して甘い日本でも、明日、同じことが起こってもおかしくない現実と認識する必要がある。

そして、日本でもゲノム医療関連の情報センターができるようだ。将来、この情報センターが単に一方向でデータを集めるだけでなく、NHSのような全国の病院をリアルタイムでつなぐシステムを想定しているなら、このようなサイバーアッタクに対する万全の備えが不可欠だ。単にハッキングによる個人情報の流出といった問題だけでなく、今回の身代金要求型のような医療現場の医療行為にも実害を及ぼす危険性を考慮した設計にしなければならない。

新たな課題を突きつけながらも、医療現場でのIT依存性はますます高まっていくのであろうが、パソコンの画面を見ながら、患者さんの顔を見ない「ロボット医師」、個人情報の流出、大規模災害で長期間停電が続いた時のバックアップ体制など、大きな課題をわれわれに突きつけている。医療保険制度も含めた医療供給体制・医学研究体制を統括する省庁を作り、抜本的な見直し・改革をしていくことが必要ではないのだろうか?

 

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「ゲノム編集で遺伝病を治療する」の愚

Nature誌に「Correction of a pathogenic gene mutation in human embryos」という論文がオンラインで公表された。受精卵に存在する遺伝性疾患の遺伝子異常部分を、ゲノム編集という手法を利用して正常遺伝子に置き換えることに成功したという話だ。私は、科学的に可能であったとしても、「受精卵や胎児の遺伝子に手を加えて治療する」という考えには反対である。今回の論文で、著者たちは、他のゲノムには影響を与えずに、病気に関連する遺伝子を正常に置き換えることが可能であると主張している。私は、どのような方法にせよ、外来遺伝子を導入する際には、リスクゼロにはならないと考えている。しかし、たとえ、彼らが正しく、リスクゼロであっても、このような方法で治療する必然性があるとは思えない。

 

異常遺伝子を、ゲノム編集という方法で置き換えて正常にする以上、母親、あるいは、父親のゲノム中の遺伝子異常は明らかになっていなければならない。ここで必要なことが遺伝学の知識である。優性遺伝病であれば、子供が同じ病気に罹患する確率は50%である(あくまで理論的であって、遺伝性乳がん遺伝子を持っていても、乳がんに罹患する確率は70-80%であるので、母親が遺伝性乳がん遺伝子を持っていても、子供が乳がんを発症する確率は35-40%である)。劣性遺伝性疾患である場合、両親は正常であり、子供は4人に一人の確率で発症する。

 

このゲノム編集が適応されるとすれば(繰り返して言うが、私は反対だ)、両親の遺伝子異常は明らかになっていなければならない。この場合、人工授精+初期胚の遺伝子解析によって、子供が病気を発症するかどうかを科学的に診断することができる。今や、一つの細胞のゲノム解析ができるような時代であり、1ヵ所の遺伝子異常を調べることなど、それほど難しくないのだ。子供が同じ病気に罹らないで欲しいという願いを叶えるためには、ゲノム編集などという技術を無理に用いて神の領域に立ち入る必要はない。

 

この初期胚診断を利用して「受精卵を選別する」というだけで、大声で反対する人たちが必ずいる。しかし、どんな立場や状況であっても、生まれてきた人間を尊重し、差別しない社会にすることと、自分と同じような重篤な病気になって欲しくないという親の願いまで無理に押さえ込む事は別だと思う。もし、第1子が重篤な劣性遺伝性疾患を発症したとする。両親は必死でこの子供の世話をしているが、医学的には子供が成人になるまで生きる確率はゼロに近いとする。このような立場の両親が、健康な第2子を望むとする。私は親の情として当然だと思う。両親や家族の負担が大きい日本の社会ではなおさらだ。その場合、ゲノム編集などという技術を使わずとも、受精卵3-4個と初期胚の遺伝子診断で、その願いは叶えられる。受精卵3個が、同じ劣性遺伝性疾患に罹患する遺伝子を持っている確率は、(1/4)の3乗で64分の1、4個あれば256分の1となる。すなわち、少なくとも一つの受精卵が劣性遺伝性疾患を発症しない確率は、3個だと98.4%、4個だと99.6%となる。遺伝子など下手にいじくらなくとも、今の技術でも親の希望は叶えられるのだ。

 

新しい技術が生み出されると、研究者は新しい技術を利用して今までできなかったことに挑戦しようとする。現実の医療でその技術が必要でなくとも、好奇心が追い求めるのだ。しかし、これらの技術の利用には、生命倫理学的な歯止めが絶対に必要だ。人間の欲望は尽きないので、いずれ、身長が高くなる遺伝子、鼻が高くなる遺伝子、知能指数が高くなる遺伝子と歯止めが利かなくなるかもしれない。ゲノムそのものを編集して、人間を改変していく事は非常に危険だし、宗教に熱心でない私でも、神の領域を侵していると感ずるのだ。日本でもゲノム編集研究用に人の受精卵利用を認めようとしているとのことだが、私は反対だ。世界との競争に遅れるというのが理由のようだが、知的好奇心も神の領域という一線を踏み越えるべきではないと思う。米国は公的資金でこのような研究をする事は禁じているが、私的な資金でやるのはかまわないという倫理の二重基準だ。日本は日本として、日本人の見識で結論を出して欲しいものだ。

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急性骨髄性白血病の新薬エナシデニブ+融合細胞を利用した免疫療法

トランプ政権は、相も変わらず、理解不能だ。10日前に任命された広報部長が辞任した(というより、解任された)。下品な言葉で他人を罵倒していたので、解任される可能性を前回のブログで指摘したが、思いの他、解任まで短かった。有事の際、米国がまともな対応ができるのかどうか、はなはだ疑問だ。
と政治ネタはこのくらいにして、医学の話題を提供したい。

8月1日に、急性骨髄性白血病に対する分子標的治療薬エナシデニブが米国FDAによって承認された。対象となるのはイソクエン酸デヒドロゲナーゼ2(isocitrate dehydrogenase-2、IDH2)と呼ばれる遺伝子に異常を持つ白血病患者である。イソクエン酸デヒドロゲナーゼ2は細胞内のエネルギー産生に重要な役割を果たしており、この遺伝子異常ががん細胞が必要とする大量のエネルギー産生に重要な役割を果たしていると考えられる。

再発もしくは薬剤耐性で、かつ、IDH2遺伝子に異常を持つ、急性骨髄性白血病患者199名に対する臨床試験の結果、この薬剤が承認された。白血病細胞が消失し、血液学的検査でも完全に回復したと考えられる 場合(complete remission or CR)と白血病細胞が消失しが、血液の成分が完全には回復していないと考えられる場合 (complete remission with partial hematologic recovery or CRh)が評価された。

少なくとも6カ月治療を受けた患者の19%がCRとなり(CR期間の中央値8.2ヶ月)、4%がCRhと判定された(中央値9.6ヶ月)。治療開始時までに、全血輸血や血小板輸血を必要とされた 157名の患者の内、34%は治療開始後輸血を必要としなくなったと述べられていた(期間は不明)。頻度の高かった副作用は、吐気、嘔吐、下痢、ビリルビン値の上昇、食欲低下であった。

新薬開発の流れは続く。

そして、今日は、「がん細胞と樹状細胞を融合した細胞を利用した免疫療法」に関するセミナーがあった。私はこのアプローチに対しては懐疑的であるが、示された結果は興味深かった。結果は結果として、客観的に評価すれば将来性は高い。しかし、科学的、理論的に腑に落ちない部分は消え去らない。がん細胞を丸ごと飲み込んだ樹状細胞の表面に提示されるがん特異的抗原の数が限られるからだ。

がん細胞の中では1万種類以上の遺伝子からたんぱく質(100億分子程度?自信はない)が存在している。これがプロテオソームで分解され、膨大な数のペプチドが生じ、その内、HLA分子と結合力の高い分子が表面に抗原として提示される。したがって、運よく、がん特異的抗原が樹状細胞表面に提示される可能性は、限りなく低い気がするのである。気がするというのは科学的ではなく、科学的に考えるという前提とは矛盾するが。もちろん、ネオアンチゲンやオンコアンチゲンなど、ひとつひとつが抗原として提示される数は少なくとも、すべてを合計するとたくさんの抗原が提示され、多種類の細胞傷害性リンパ球が誘導され、がんを攻撃するリンパ球が十分な数まで増えている可能性は否定できない。

しかし、可能性が広がる事はいいことだ。演者が最後に「がん患者の延命ではなく、治癒を目指すためには、いろいろな手段を組み合わせる必要がある」と言っていたが、その通りだ。
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