Nature誌のニュース欄に「How one man’s rare Alzheimer’s mutation delayed the onset of disease」。これはNature Medicine誌に発表された「Resilience to autosomal dominant Alzheimer’s disease in a Reelin-COLBOS heterozygous man」の解説記事である。
ニュース記事を簡単に紹介すると、コロンビアのある地域では若年発症(40歳代)の常染色体優性遺伝の認知症が知られている。約6000人の血縁者の多くがpaisa変異と呼ばれている、若年発症型の認知症遺伝子を有している。Paisa変異とはプレセニリン1遺伝子のミスセンス変異によって、E280A(280番目のアミノ酸がグルタミン酸からアラニンに変わっていることを意味する)を起こす変異のことである
しかし、このpaisa変異を持っていて、かつ、脳にアルツハイマー型認知症に特徴的なアミロイドの沈着が認められている67歳の男性が非常に軽度の認知症であることが分かった。彼の脳の画像からは重篤な認知症であってもおかしくないとの医師のコメントも掲載されていた。
研究者たちは、この患者にreelinと呼ばれている、統合失調症や自閉症との関連が示唆されている遺伝子に変異があることを見出した。アミロイド蛋白を標的とした抗体医薬が注目されているが、アミロイド沈着だけでは説明しきれない認知症発症メカニズムがありそうだと考えられるのだ。
彼の妹も、このpaisa変異とreelin遺伝子異常があり、発症年齢が58歳と遅く、64歳で重症の認知症となり、他の住民より症状の進行が遅いようだ。彼女は頭部外傷やその他の合併症があるので、彼より重症になったのかもと医師が述べていたそうだが、個人差もあるので、この説明はこじつけのように感じた。
同じグループが、paisa変異があったが、APOE(これもアルツハイマー病のリスク因子の一つ)に変異があった女性の発症が平均より30年遅かったと報告している。変異したreelin蛋白が、APOEと同じ受容体に結合するそうなので、APOEの働きを抑えると認知症の進行を抑える方向に作用するかもしれない。
何かが明らかになれば、さらに複雑な様相を示すのは、科学の分野ではよくあることだが、アルツハイマー病治療薬開発の新たな道筋が開ける可能性を示した内容は興味深い。そして、患者さんを丁寧に観察することの重要性を示したものだ。日本人の名前がついている福山型筋ジストロフィー、川崎病など、患者さんを丁寧に診察した医師が見出した新しい病気だ。医師の観察力・診察力が大切だ。