六義園+ニッサン+大阪万博

今日、紅葉を楽しむために、久しぶりに六義園に行ってきた。江戸幕府第5代将軍・徳川綱吉の側近だった柳沢吉保の庭園だったところだ。紅葉は美しかったが、あまりにも人が多くて興醒めだった。石橋を渡る際には警備員がマイクで交通整理していて、一方通行で橋の上で立ち止まることもできなかった。美しい季節にはたくさんの見物客が訪れるのは致し方のないことで、私もそのうちの一人だから仕方がない。ただし、入園料は一般300円に対し、65歳以上は150円で、私も150円の仲間入りだ。嬉しいような、悲しいような複雑な心境だ。

 

そして、今週はニッサンのゴーン会長の話で持ち切りだ。帰国して購入したのが、ニッサンのリーフなので、ニッサンを応援している。しかし、社長の記者会見を見ていて、何となくモヤモヤしたものが残った。クーデター説など流れているが、これは検察の捜査を待つしかない。だが、ニッサンとルノーの今後がどうなるのか、気がかりだ。ルノーはニッサンの株式の43%を持つので、普通であれば株主総会で拒否権を行使できる。現在の取締役が再任を迎えた時に拒否すれば、混乱は増す。さらに、ニッサンの株式評価額は4兆円であるので、ルノーがあと7%、3000億円程度のニッサン株式を買い占めれば、50%以上の保有率となり、ルノーがニッサンを子会社にすることが可能となる。

 

ルノーが臨時株主総会の招集を要求し、取締役の総入れ替えを要求することも可能だ。ニッサン側は株主の委任状を、ルノーを上回る44%程度以上集めないと、ルノーには勝てない。膨大な数の株主が存在している会社では、44%の委任状を集めることは容易ではない。この案件は単に個人の犯罪(推定無罪であるので、犯罪と呼ぶには早いかもしれないが)で終わりそうにもない。三菱自動車という日本屈指の大財閥系の企業の将来も関わっているので複雑だ。

 

最後は、大阪万博2025の話題だ。1970年の大阪万博は私が高校2年生の時に始まり、大学受験を控えた1970年の秋に終了した。太陽の塔を間近で見た時には、芸実的価値には????が付いたが、今では懐かしい。「白い巨塔」で描かれた土佐堀川沿いにあった母校の医学部は、今は、当時の万博公園に隣接した地域に移転しており、1980年過ぎには太陽の塔を眺めつつ通勤していた。それも遠い過去となってしまった。

 

最近、大阪に行く機会も多くなったが、活気がないような気がしてならない。日本は政治も経済も東京一極に集中する形になってしまったので、人口では日本第2の都市だった大阪も、今は、横浜に抜かれて第3位となっている。空港も、伊丹空港だけだったものが、関西空港・神戸空港とできたため、3つの空港が中途半端な形になってしまっている。是非、これを機会に戦略的に大阪の活性化に取り組む体制ができることを願っている。再生医療がキャッチコピーのひとつに挙げられていたようだが、がん医療でも頑張って欲しい。

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