標準化=マニュアル化、機械化、無味乾燥化?日本のがん医療

一昨日、福岡がん総合クリニック主催の講演会が、福岡で開催され、1時間の講演をさせていただいた。会場には500人前後の方が参加され、熱気を帯びていた。講演に参加された講師陣とも話をしたが、多くの進行がんケースでは、標準療法の先には暗黒の断崖絶壁が待ち構えている現状については、疑問の声が強かった。標準療法は、誰しもが受けることのできる最低限の治療法であり(それを受けることが患者さんの義務のようになっていることも疑問だが)、もっともっと患者さんの生きたいという思い・願いに寄り添う医療が必要ではないかと思う。

 

しかも、分子標的治療薬のように有効率の高い治療法はともかく、旧来の抗がん剤は、「やってみないとわからない」状況だ。「効く可能性は20-30%で、患者全体で見ると3か月の生存延長が期待できる」との説明を受けて、抗がん剤治療を受けたくないと考える人は決して少なくない。もちろん、どのような伝え方をするのかによって、患者さんの受け止め方は大きく異なる。「この病院ではこれ以上の治療はできない。他の病院か、緩和ケアに行ってください」が、国を代表する病院の標準というのも悲しい。

 

ある医師が、マニュアルを読むかのように淡々と伝えるなら「人工知能」でもできると言っていた。私は、知識量・判断能力では近いうちに「人工知能」が優るようになると思っている。しかし、患者さんの気持ちなどを慮って対応する部分は、まだまだ、人間しかできないと信じているが、その部分が失われつつあるような気がする。もし、自分の子供が、連れ合いが、親兄弟が同じ環境に置かれても、このような機械的な対応を許容することができるのだろうか?

 

そして、データは見るが、患者を診ない診療現場にも憂慮している。ある患者さんは、腹水の貯まったお腹を見ようとも、お腹に触れようともしなかった医療機関から、別の医療機関に移った時に、お腹を触診されたことに感激したと言っていた。この患者さんにとって、幸せだったが、正直なところ、私はこのコメントに愕然とした。こんな無味乾燥な医療が、標準療法として均霑化されていいものなのか?

 

確かに、医療現場は忙しい。しかし、医療現場で患者さんを診ることは、レストランなどで、テーブルなどをきれいにしておくのと同じくらい、基本的なことなのではないのか?医療は高度化、複雑化、多様化しているので、標準化は必要だが、標準化=マニュアル化、機械化、無味乾燥化ではない。医学教育の質が問われている。

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