BSフジ「プライムニュース」に出演して

テレビ出演が終わった。周りから「生放送ですよ!」「言った言葉は消せませから!」「中村先生、お願いしますよ」と何回も脅かされていたので、最初はかなり緊張していた。私の普段の言動は、余程、過激らしい。しかし、キャスターの方もしっかりと予習をしていただいたようだし、塩崎代議士もフレンドリーだったので、次第に落ち着いて話ができるようになった。

 

6年間シカゴで着続けたスーツは、クリーニングでの高熱のアイロンのために、テカテカになっていた。これでテレビに出るのも恥ずかしいと思って、新たに買い(といってもオーダーメイドにするほどゆとりはないので、洋服の・・で買ったものだ)、勝負服で臨んだ。言葉が過激になっても、落ち着いたイメージを出すためにネクタイも地味目のもので控えめにした。テレビに出るのも気を遣うものだ。

 

しかし、生出演は取り消しができず、小心者の私にはかなりのプレッシャーであった(多くの方は信じないだろうが、チキンハートなのだ)。生出演は、シカゴに行く前に「あさイチ」に出演させていただいて以来であるので、7年ぶりとなった。日本に帰国以後、メディアの露出が多いことに対して批判的な声も聞こえてくるが、今、私が何を考え、何をしたいのかを伝えるにはこれが最も効果的だと思う。

 

がん患者さんや家族に希望を与える、そして、治癒ができ、笑顔を取り戻すことができれば、死ぬときに「有意義な人生だった」と自分を納得させることができると思っている。これが生きた証だと誇りを持てる。しかし、「標準療法後に患者を見捨てないで希望を」という私のブログなどでのコメントに、「全国の臨床腫瘍内科医が怒っている」と言った人がいる。不愉快に思っている人が多いことは想像に難くないが、私のコメントに対して不愉快ならば、自分の言葉で伝えればいいと思う。できるなら、一緒になって希望を提供してもらいたいと願っている。

 

そして、残念ながら、がん研有明病院内にも、私のコメントや行動を不快に思っている人が少なくないようだ。もし、それが大多数ならば、私はがん研究会を去って新しい生き方を考えるしかない。もちろん、そうでないことを願いたいが。

 

私はがん治療の現状は、「医療の根源的な患者さんのためにという理念・理想・人間愛」からは距離が大きくなってきていると感じている。これだけ医療が進歩している状況で、「希望を絶つマニュアル医療・プロトコール医療が正しい」と信じ、平然と絶望を告げるのは、「患者さんのための」医療という本質が変質しているのだと思う。科学的な素養があれば、今、頑張れば、半年後、1年後には治らない病気が治る可能性を否定できないはずだ。緩和ケアという医療があるというが、自分の連れ合い、親、兄弟、子供、孫が「死を待つしか」選択肢がないと言われて納得できるのだろうか。私なら、子供がそのような状況になっても絶対に座して死を待つことはしない。子供に希望を見出すことを諦めはしない。

 

Cell」という雑誌にゲノム解析を通して、グリオブラストーマに対して期待できる新しい治療薬が見つかったことが報告されていた。「がんの治癒率を上げ、治せないがんを治す」ための大きな国家プロジェクトを始めて欲しいものだ。ただし、番組では言わなかったが、中央集権体制の中央に理念がなければ、先見性がなければ、実行力がなければ、予算は砂に撒いた水と同じだ。できれば、がん研究会を競争相手に指名して、等分の予算をつけて競わしてほしいものだ。