これでいいのか日本の医療:日本に存在しない国立ゲノム医科学研究所

今日の最高気温は33度、明日の予報では32度と真夏の暑さに包まれている。週末のアメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)期間中は最高気温が20度前後となるが、この3-4日は本当に暑い。日本からメキシコへの旅の後の弱ったからだには余計に堪える。シカゴ生活もあと2週間強となった今、寂しさと期待感が混在した複雑な心境だ。やり残したこと、日本に帰ってやりたいことを考えると、やりたいことの方が圧倒的に大きいのだが、6年という時間は短いようで、やはり、重みは大きい。人生の6分の1以上を米国で過ごしているので、この国を離れることには、言葉では表現できない想いがある。

 

話をメキシコに戻したい。下の写真はメキシコシティーにあるゲノム医科学研究所の写真だ。写真の右側にも大きな建物があり、敷地面積は東京大学の医科学研究所と同じくらいに思う。この巨大な建物は、日本の厚生労働省に相当する役所に所属する。10年ほど前にメキシコと日本の交流400周年のイベントを医科学研究所で開催した時には、建物の完成予想図を見た記憶が頭の片隅に残っておるが、実物を見てびっくりした。一緒に行った東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長の宮野悟教授は「建物の巨大さに力が抜けてきた」と言っていたが、私も唖然とした。

 

見学後は、機器類の装備やコンピューター関係などは、日本の方が優れているが、重要なポイントは、この研究所が保健省に所属しており、ゲノム研究の医療への重要性を見据えている点だ。日本にもゲノム医科学研究センターはあったが、私が日本を去った後、名前は忽然と消えてしまった。したがって、日本では国が直接支援する、ゲノム医科学を標榜する研究所は存在しないことになった。

 

ヒトゲノムの大半の解析が終わった2001年、これに最大の貢献をしたフランシス・コリンズ博士(当時、NIHのヒトゲノム研究所長)と民間会社トップのクレッグ・ベンター博士が、ホワイトハウスで記者会見を行った。当時の大統領のビル・クリントン氏も同席し、当時のイギリス首相のブレア首相もビデオ画面を通して参加した。米英のトップは、ゲノム研究の医療に与えるインパクトを十分に理解していたのだ。故小渕恵三首相は、危機意識を持ってミレニアムプロジェクトを立ち上げたが、日本にとって不幸なことに突然の病気でこのプロジェクトの発足会には参加できなかった。

 

イギリスのケンブリッジ大学・オックスフォード大学の世界的な2大学にもゲノムセンターはあり、大きな支援を受けている。米国では、NIHやNCIに加え、MIT(マサッチューセッツ工科大学)、ベイラー大学、ワシントン大学も依然としてヒトゲノム研究の世界的拠点として機能している。メキシコでは巨大な建物を作ったが、大統領が変わった後、支援が伸びず、新しい機器類に更新できないことに困っていると言っていた。日本では、もっと極端に国内政治、機関内政治で日本の医療に必要なゲノム医科学研究の芽もその名前も摘みとてしまった。残念なことだ。

 

ゲノム研究の医療へのインパクトを今でも理解できない研究者は、3流・4流の研究者と思う。そして、それを理解できない政治も行政も2流以下だ。超高齢社会、これを乗り切るための最大のキーワードはゲノムとそれを使い切るための人工知能なのだ。どこにでもいい、もう一度、ゲノム医科学研究所を復興して欲しいものだ。

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