実用可能なネオアンチゲン特異的T細胞樹立法の開発

 

今日のClinical Cancer Research誌のオンライン版で、「Induction of Neoantigen-specific Cytotoxic T Cells and Construction of T-cell Receptor-engineered T cells for Ovarian Cancer」という論文を公表した。これは他の研究者の話ではなく、われわれの成果である。

これは、私のシカゴでの6年間の総仕上げのような論文である。重要性を一言に集約すると「腫瘍採取から、ネオアンチゲン特異的なT細胞を治療応用可能な量まで作るのに、3ヶ月以内でできる」可能性を示唆したものだ。

ネオアンチゲン特異的T細胞受容体導入T細胞療法を実用化する際の最大の課題は、いかに効率よくネオアンチゲンに反応するT細胞受容体を見つけだすかにある。ネオアンチゲン特異的T細胞受容体導入T細胞の樹立に関しては、われわれを含めて多くの研究者が取り組んできたが、成功しても、その樹立に長時間(多くは年単位)を費やしており、残され命が限られている進行がん患者さんの状況を考慮すれば、実用化には程遠いものであった。論文がゴールならばそれでいいだろうが、「本気で」がんと闘うには不十分だ。

年単位であったものを最短3ヶ月まで短縮可能としたのは、いろいろな技術の進歩のお陰だ。ネオアンチゲン予測システムは、今、がん研究所にいる清谷一馬君が数年前から取り組んでいる。ペプチド合成も安価に、そして、非常に早く出来るようになった。MBL社(名古屋)の開発した簡便にHLAテトラマーを作ることのできるキットも時間短縮・コスト削減に大きく寄与した。もちろん、T細胞受容体の解析はシカゴ大学に来てから取り組んだ大きなテーマの一つである(世界のトップの技術だと自負している)。見つけたネオアンチゲン特異的T細胞受容体遺伝子の合成・クローニングも、2-3週間で出来る。

技術の進歩に加え、、このプロジェクトに関わった池田悠至君(現、日本大学)、加藤大悟君(現、大阪大学)、松田達雄君(現、岡山大学)、Jae-Hyun Park君(現、Cancer Precision Medicine)の治せないがんを治癒させるという熱い想いとたゆまぬ努力があった。彼らの熱い想いが、日本という土壌で冷めてしまわないことを願っている。ドイツのLeisegang教授はT細胞樹立で全面的な協力を得た。あとは、すべてを患者さんに応用できる基準を満たすレベルで準備して、規制当局と生命倫理学者の理解に努める段階だ。それでは、まず、一連の流れを説明する。

腫瘍とその対照となる正常細胞(がんの近くの正常組織でも、血液・唾液DNAでもいい)を全エキソン解析すると、その患者のHLA(白血球の型=ネオアンチゲンを予測するために不可欠)とがんで起こっている異常が明らかになる(今頃、遺伝子パネルなどと時代遅れなガラパゴス島のようなことを言っている場合ではないのだ)。これらの情報から、簡単にネオアンチゲンが予測できる(ただし、これが本当にがん細胞上に存在しているかどうか、免疫細胞を活性化できるかどうかは、かなりのデータを集める必要がある。マウスのデータは参考にならない)。改善は必要だが、実用可能なレベルには到達している。ただし、実際に免疫細胞を誘導できるネオアンチゲンは、10個の内2-3個しかない。

このネオアンチゲンペプチド(8-11アミノ酸がつながったもの)を合成し、まず、樹状細胞と混合した後に、リンパ球を加え、10日間ほど培養するとネオアンチゲン特異的な、ごく一部のリンパ球が活性化する。このリンパ球から、ネオアンチゲンに反応するリンパ球をHLAテトラマーで捕まえで、それらのT細胞受容体の解析をする(細胞が100個程度で十分だ)。これで、ネオアンチゲン特異的T細胞受容体を見つけることができる(言うまでもないが、文章にすると簡単だが、ノウハウがぎっしり詰まっている)。上述した論文では、この方法が有用であることを実際にT細胞受容体を導入して示したのである。ペプチドからわずが2週間程度で(がん組織採取から1か月程度で)、それに反応するT細胞受容体を見つけ出すことができる。後は、T細胞受容体遺伝子を作って、ウイルスに組み込み、これを患者由来のT細胞に導入すれば出来上がる。

技術的には確立され、3ヶ月は長すぎると言われるかもしれないが、実用化できる範囲まで時間は短縮された。現時点では、世界で最短のネオアンチゲン特異的T細胞樹立法だと考えている。しかし、これを現実世界で実行していくには、膨大な(といっても現実的なレベルだが)設備投資がかかる。これが日本では難しい。中国でやるのもいいだろうが、私の「日の丸主義」がブレーキをかける。設備ができれば、治せなかった患者さんを治すことができる可能性が広がる。たとえ、10%でも、20%でもいい。今の標準治療から見捨てられている患者さんの笑顔を取り戻すことができればと願って止まない。

もちろん、治療前には。できる範囲の安全性検査はするべきだが、患者ごとにネオアンチゲンは異なり、ネオアンチゲンごとにT細胞受容体は異なるので、すべての患者さんに、この治療法が「絶対的に安全である」保障はできない。科学的に考えれば、当然の帰結なのだが、感情的な免疫療法否定主義者の脳には届かないだろう。目を瞑り、耳を塞ぐ人たちに、科学を伝えるのは困難だ。

そして、日本では、大きな可能性があってもリスクゼロでなければ、たとえ患者本人や家族が同意しても、「生命倫理」という印籠を振りかざす人たちの壁が立ちはだかる。印籠を振りかざして、患者さんに「座して死を待つ」結果を強要しているなどとは、決して気づかないのだ。この6年間に、生命倫理における価値観が科学的根拠に基づいている方向に変わっていると信じたい。

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