大学の国際化

今、台北松山空港にいる。慌ただしい出張だったが、日曜日には久しぶりに中正紀念堂・故宮博物院に行ってきた。ゲートの看板が「大中至正」から「自由広場」に代わっていた。「中正紀念堂」という名称が、2007年に「台湾民主紀念館」と変えられたが、それは元に戻されたそうだ。蒋介石国際空港も桃園国際空港に代わっていたし、政治の動きで国を代表する人物の評価も微妙に変わるのだろう。

 

昨日は、台北医科大学で講演をしたのち、学生たちの研究発表を聞いて、アドバイスした。以前、理化学研究所にいた私の弟子が教授として指導している学生たちだ。私が優しく接していたので、弟子が「理化学研究所にいた時は厳しかったが、どうしたのだ」と質問してきたので、「学生たちが成功するかどうかは君の責任であり、私が彼らに厳しく接する必要はない。科学的な課題を指摘して、彼らを励ますのが、今の私の仕事だ」と返答した。1年に1度しか接しない人間が、厳しく指導しても、「変なおじさん」と思われるだけだ。この歳になって海外で、変に厳しい人間などと思われたくない。「優しいが、科学には厳しい研究者」と思われるのがいいに決まっている。私の弟子の指導する学生の数も増え、彼が忙しく動き回っているのはうれしいものだ。

 

そして、昨夜は、学長、8月からの新学長、薬学部長と食事を共にした。そこで、大学院生には外国人が多いようだが、何か特別なことをしているのかと尋ねた。学長は誇らしげに、大学院生の80人は外国人、60人が台湾人で海外の方が多いと説明した。英語で教育しているので、海外の人にはハードルが低いはずだと言っていた。インドネシア、マレーシア、タイなどからの学生が多いそうだ。私の弟子の研究室には、インドやアフリカからの留学生もいた。日本の大学が国際化を唱えても、事務手続きや講義が英語でできなければ、絶対に国際化は不可能だ。日本の大学の国際ランキングが低くなっていることに、色々な言い訳がなされているが、科学分野での英語は不可欠であり、国際化=英語圏の認識が重要だ。海外からの学生を増やすにはこれらが必要条件だ。

 

英語力の不足や内向きの姿勢は、必ず、日本の存在感の低下につながる。それが指摘されて等しいが、中国・台湾や東南アジアにいる弟子たちを訪問するたびに、「日の丸」が霞んで見えてくる。「頑張れ、日本」と言いたいところだが、「もう無理かもしれない、日本」という気がしてくる。

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