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小児がんの医薬品開発のための課題

ようやく時差ぼけが取れてきたが、17日にはシカゴを発ち、再度日本を訪問する。今回は北京で21日から開催される国際胃がん学会のオープニングセッションで免疫療法の話をすることが主目的だが、19日の午後には、立命館大学の草津キャンパスで「がんと闘い続けて」というタイトルで講演をする。対象はがんの専門家ではないので、私が外科医からがん研究者となった経緯、がんの治療薬開発を思い立った理由、がんの分子標的治療・免疫療法の現状、プレシジョン医療の重要性についてできる限り平易に紹介したいと考えている。内容もさることながら、私の生き様、研究者としての哲学を若い研究者に伝えることができればと思っている。

昨日はがん予防について少し紹介したが、がん対策は、予防・早期発見・早期治療・低侵襲治療・分子標的治療・免疫療法・高齢者がん治療・小児がん対策・がんサバイバー対策(治療による2次がんリスク)などに加え、高額医療費問題も重要な課題である。これらの課題は個別の課題ではなく、互いに関連しているので、しっかりとした司令塔のもとに効率的に対応していく必要がある。

先日のリレーフォーライフで、小児がん対策に関する質問が出たが、現状の仕組みでは、小児がんに対する治療薬開発を進めていくことはかなり難しい。いくつかの課題について取り上げると、

(1)日本国内の医療機関や患者さんやその家族が総力を挙げて協力すれば、小児がんのゲノム解析を行うことは可能だが、患者さんからがん試料を収集するのが大変なのである。治療薬を開発するためには、まず、多面的な解析を行って、がんという敵をよく理解する必要があるが、これには、比較的大きく新鮮ながん試料を利用することが重要なカギとなる。しかし、手術でもしない限り、十分ながん試料を得ることは容易ではない。1ヶ所のバイオプシーで得られる試料は限られているので、複数のバイオプシー試料の採取が望ましいが、回数を重ねるほど出血などのバイプシーによる合併症リスクは高くなる。リスクに晒すのは可哀想という感情が優先すると、ここで頓挫してしまう。早く治療法を開発するには、早く敵を知ることが必要なのだが、やはりリスクは回避したいと思うのが世の常だし、親の情としては当然なのだと思う。したがって、私のような研究者が「研究には材料が必要だ」というと、「患者をモルモットと思っているのか」という批難の嵐に直面するのが現実である。これを乗り越えるには、患者さんやその家族の協力しかないと思う。分子標的治療薬の開発は敵を知ることから始まったのであり、それを理解するところからしか、この課題は解決できない。

(2)患者数の少ない病気に対しては、治療薬開発のインセンティブが働かない。企業は利潤を生み出さなければならないので、患者数の少ない病気は経済効率から治療薬開発の対象とならないのが常である。この観点で大学や公的機関の研究者の役割が重要なのだが、寄付文化が米国と比べて二桁くらい低い日本では、公的支援に頼るしかない。私の経験を紹介したことがあるが、公的資金も「なぜ、稀な病気の薬剤を開発する必要があるのか」と一刀両断に切り捨てられるのが現実だ。滑膜肉腫の抗体医薬開発も、この壁にぶつかったのである。公的資金の評価で、この理不尽なコメントになんら批判が出ないことは、日本という国の病根のひとつだとも言える。

(3)(1)(2)の壁を乗り越え、薬剤候補が開発されても、次に臨床試験の壁が待っている。これは単に資金の問題だけではなく、薬剤の安全性という課題である。大半の薬剤は成人での効果・副作用が評価された後に、小児での検証が開始される。成人で安全であっても、肝臓や腎臓の機能が成熟していない小児では、予期せぬ副作用が起こる可能性は否定できない。そして、脳血流関門が未発達な小児の場合には、成人では脳に到達しない薬剤が、脳内に到達するリスクもあり、これも大きな課題だ。これら科学的な課題に加え、副作用が出た場合の感情論への危惧が大きな壁となり、臨床試験を敬遠することになる。

医療・医学の進歩の過程で安全性は最優先されるが、最大限の注意を払っても、科学的に予測不可能なことが皆無にはならない。たとえ、最初の10人に安全であっても、遺伝子多型による個人差から、11人目に予期せぬ不幸な結果が起こる可能性もある。日本では、研究者や医療関係者が、新聞やテレビなどのメディアの批難に晒されることを恐れ、委縮している。みんな、妻・夫・親・兄弟・子供など愛する家族がいるのだから、自分に過失のない、不可避な案件で、家族が冷たい目を向けられるリスクは冒したくないのは自然な気持ちだ。経験者の私には、知識が不十分なメディアの、間違った正義感の怖さが痛いほどわかる。言葉だけではなく、本当に死にたくなるような苦痛が待ち受けているのだ。視聴率・販売数に重きを置くのではなく、科学的な論拠に基づき、事実をわかりやすく正確に伝えるメディアなくしてこの壁は乗り越えられない。また、研究者や医療従事者には、患者さんや家族の支援が絶対的に不可欠だ。患者さんや家族は、なぜ自分たちの要望する課題が解決されないか、その原因・理由を見据えた上で、研究者や医療従事者と一緒になって壁を打ち破って欲しい。

がんを克服したいという純粋な研究者の想いが、そのままストレートに伝わる社会にするには何が必要か、われわれも工夫していかなければならい。

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