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がん細胞の異質性とがん治療薬の選択

まず、初めに、先週の土曜日に、総アクセス件数が200万回を超えたことをお礼申し上げます。実は、この数字を区切りにブログに一区切りつけようと考えてきました。しかし、リアルタイムで起こっていることを正確にわかりやすく伝えていくことが重要だとアドバイスを受けました。私の情報がどこまで役に立っているのかは疑問ですが。また、個人の問題として、自分の口から正しい情報を発信する場を持つことの必要性を再認識することが起きました。「シカゴ便り」がいつまで継続できるのかは不確実な状況ではありますが、シカゴに滞在している間は、「シカゴ便り」を発信し続けたいと思いますので、引き続き、ご愛読ください・

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シカゴは気温が激しく変わり、先週金曜日の最低気温マイナス7度から、昨日は最高気温16度と、3-4日ごとに初夏―冬―初夏を行ったり来たりだ。今日も暖かいが、今週末の天気予報は雪だ。

医学研究の場でも、考え方が左右に大きく触れることも少なくない。がん細胞の異質性が熱く語られたこともあったが、今は、静かになっている。私は以前から、がんを生物学的に考えるには「がん組織内部の細胞の異質性、あるいは、同一患者内の別々の転移巣の異質性」は重要だが、臨床的な観点では、これに拘ってもあまり意味がないと主張してきた。がんが1センチになると細胞数は約5億個となる。日々細胞分裂を繰り返しているので、その間に新たな遺伝子異常が加わったり、場合によってはなくなることもある。5億個に増えるまでには、多くの変化が加わっているので、1センチになれば、遺伝子異常の観点からは5億個が全く同一の性質(遺伝子異常を持つ)の集団であるはずがない。

ましてや、体中に広がった転移巣ではがんの(遺伝子異常から見る)性質が異なっているはずだ。これを根拠に、一部の研究者は、「分子標的治療薬を投与する場合、バイオプシーなどで調べても、その結果がその患者の全体像を反映しているかわからないので要注意だ」のなどと口角泡を飛ばして主張してきた。日本の野党と同じで、何か足らないことを批判しているだけで、だからどうするのだという対案が全くない、お粗末な話だ。科学の世界においては、批判する人は、その批判に対する対案が提示できて一人前と認識される。「・・・・・すべき」というのは簡単だが、研究試料の入手が困難(不可能)であったり、技術的に無理であれば、批判する側の見識を問われることになる。

このがんの多様性で言うと、「体全体に5ヶ所の転移巣がある。それぞれの転移部位のがん細胞の性質が異なる(異質性の)可能性があるので、すべて調べるべきだ」と愚かな研究者は主張する。これは大きな矛盾をはらんでいるのだが、それが理解できない。この発言の問題点は、5ヶ所の大きながんの塊のごく一部をバイオプシーで取ってきて調べても、採取してきた、そのごく一部が、塊の全体を反映していない可能性がある。がんの塊が大きくなると、塊の中自体に遺伝子変異の異質な細胞が含まれているからである。そして、もっと大きな問題点は、バイオプシーそのもののリスクだ。組織を取ると多かれ少なかれ、出血が起こる。肺であれば、空気が肺の外に漏れて、肺と胸腔に間に貯まり(気胸)、呼吸困難を興すこともある。すべての転移部位からバイオプシーをとることなど実臨床ではほぼ不可能だ。シカゴ大学のバイオプシーのコストは90万円位するので、研究としても非現実的だ。

臨床現場では、患者さんのリスクを最大限に優先しつつ、得られた情報でベストを尽くすしかないのだ。臨床現場を知らないで、青臭い理屈を述べても医療現場や患者さんは混乱するだけだ。そして、異質性議論にがあまり価値のないであろうことを、ジョンスホプキンス大学のVogelstein博士のグループが報告した。Nature Genetics3月号に「Limited heterogeneity of known driver gene mutations among the metastases of individual patients with pancreatic cancer」というタイトルの論文を公表した。この中で、(1)がん化に直接関与するドライバー変異(遺伝子異常ががん細胞の増殖を促す原因となっている変異)は、転移部位にも共通して見られること、(2)パッセンジャー変異(運転手という意味のドライバーに対して、単なる乗客という意味。たまたま、がん細胞に乗り合わせているが、がん細胞の増殖には関係しない変異)では転移部位ごとに違いのあること、しかし、(3)遺伝子変異全体を比較すると、かなり似通っている、と述べている。

 

分子標的治療薬の多くは、ドライバー変異を標的としているので、治療薬選択の際に、必要以上に異質性にこだわる必要はないと思う。ただし、ある治療薬で治療を続けていると、その薬剤に耐性を示すがん細胞が生き残り、増えてくるので、治療前後ではがん細胞の性質が大きく異なってくる可能性は高い。世の中には、ベストでないことを理由に、現在の治療よりもベターな選択肢を否定する人が少なくないが、現実の医療を考えるとこのような人たちの姿勢には疑問を覚える。

 

新しい(免疫)治療は標準治療をすべて終えてから、と信じて止まない医師が多いが、毒性の高い抗がん剤治療が効かない段階となって初めて免疫療法を提供するのは、どう考えても非科学的だ。自国の攻撃兵器を自ら破壊してから、他国に戦闘を仕掛けるようなものだ。標準療法というお題目を守るのを生きがいにするのではなく、どうすれば患者さんによりよい治療を提供できるのか、もっと科学的な議論があってもいいと思う。

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