日中の若者の意識差

シカゴは、まるで日本の梅雨のような鬱陶しい天気が続いている。しばらく、輝くような太陽を見ていないし、今後一週間は期待できないようだ。寒さに弱い私には、最近の気温はウエルカムだが、まるで、橋幸夫さんのシトシトピッチャン「子連れ狼」の世界だ。

 

一昨日、中国のベンチャー企業iCarbonXの若者二人が訪ねてきた。この企業に関しては、先週Nature誌(http://www.nature.com/news/chinese-ai-company-plans-to-mine-health-data-faster-than-rivals-1.21258)に取り上げられている。設立からわずか15ヶ月で、400億円の資金を集め、人工知能の活用を目指している。Nature誌にはiCarbonXに対する批判のコメントも紹介されている。不安に立ちすくみ、前に進むことを躊躇するのか、自信を持ってゴールを目指して一直線に突き進むのか、価値観の違いだと思う。挑戦しなければ、決して何も変わらない、何も生まれないことは確実だ。

 

最近、日本の人たち、特に若者と話をして感ずるのは、このチャレンジ精神の欠如だ。彼らは、高いゴールを設定して、たどり着くための課題を分析し、その解決策を考えようとしない。前に進みたくない理由や言い訳をクドクドと述べるだけだ。今回訪問してきた二人と長時間話をして感じたのは、ポジティブな発想だ、私が課題を突きつけても、それにへこたれることなく、解決策を跳ね返してくる。自分たちが世界をリードするのだという意識が伝わってきた。

 

日本の企業の人に話しても、自分が責任を取らされないことが最優先だ。「何もしなければ失敗しない」「そうすれば責任を取らされることもない」を座右の銘にしている人たちばかりだ。海外への投資へは寛容だが、日本への投資は非常に限局的、限定的だ。ベンチャー企業というのは、名前が示すように、冒険をするための企業だから失敗を恐れていては絶対にできない。冒険の先に、自分の夢見る世界が開ける可能性があるから、リスクを冒して船出するものだ。

 

米国では一度や二度失敗しても、失敗体験をちゃんと分析できるような人には、再度、再々度の挑戦が許される。日本は結果がすべてだから、一度失敗すると、その人の人生が終わってしまうことが多い。研究や臨床試験も同じだ。改良に改良を重ねて、今日に至ったキメラ抗体受容体T細胞治療法など、日本では絶対に日の目を見なかっただろう。プロセスを評価し、改善の余地があるかどうか、それを評価する人材も、時間もない状況から何も変わっていないのだ。

 

私は、がん患者に対して標準療法を提供できれば、医師として十分だと考えている人たちを批判し続けてきた。しかし、新しいことに挑戦できないのは、医師だけの責任ではない。第1に、挑戦しようと思っても予算がない。医療保険の枠からはみ出ると不正請求になってしまう。そして、何よりも失敗するとメディアの餌食になる。失敗しなくとも、メディアの歪んだ正義感で、事実を捻じ曲げられて足を引っ張られることもある。

 

しかし、中国の二人を通して、改めて、挑戦する気持ちを呼び起こされた。現状のままでいいはずがない。現状を打開するには、患者さんや家族と歩調を合わせて、患者さん自身が望む新しい医療への挑戦をわれわれが後追しする形で進めていくべきだと思う。3月の帰国時に、まず、一歩行動を開始したい。

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