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KRAS遺伝子異常(G12D)+ HLA-C*08:02を持つ患者へのT細胞療法

医療(がん免疫・免疫ゲノム学)

誕生日の日の昼食にリンゴを齧っていたところ、口の中でガリッと音がした。不吉な予感がして舌で歯を探ってみたところ、上の前歯にぽっかりと穴が開いている。波乱の1年の幕開けだ。リンゴはしばらく食べていなかったが、イタリアンマーケットで買ったリンゴが日本のリンゴ並みにおいしかったので、最近は毎日のように食べている。しかし、油断があった。歯で噛み切ればよかったが、歯を梃子にリンゴを切断しようとしたのが間違いだった。差し歯は横の力に弱く、根元から真っ二つだ。日本への帰国を控えていたので、急いで歯科医に電話をすると、私は上得意先と思われているのか、1時間後にアポを入れてくれた。2時間後には3Dプリンターで作った歯で完全に元通りとなった。誕生日ということで50%にディスカウントしてくれたが(日本では考えられない仕組みだ)、10万円の出費に、喜んではいられない。早く治療してくれたことに感謝だが、思わぬ出費は痛い。

土曜日は夕食に出かけたが、午後から振り出した大雪で、道路は大渋滞、普段は20分で行ける所だが、1時間以上かかった。前途多難で不吉な1年の始まりのように感ずる。そして、夕食の終わる頃、路上駐車のパーキングチケットを払っていないことに気づき、あわてて精算し車に戻った。これで駐車違反切符が張られていたら、この1年家にじっと引きこもっているしかないと思ったが、ラッキーにも何事も起こっていなかった。10ドル儲けた気分になり、不吉な気分が少し晴れた。

そして、恒例の「New England Journal of Medicine」誌の紹介だが、先週号からは「T-Cell Transfer Therapy Targeting Mutant KRAS in Cancer」(KRAS遺伝子異常を持つ患者に対するT細胞療法)という論文だ。内容は、日本癌学会の後で簡単に紹介したものと同じだ。K-RAS遺伝子は、すい臓がんでは90%以上の症例で、大腸がんでは40-50%の症例でいるが、今回はこのKRAS蛋白の12番目のアミノ酸であるグリシンがアスパラギン酸に変異している大腸がんに対するT細胞療法(細胞傷害性リンパ球による治療)の結果だ。

 

変異KRASを持つ大腸がん患者に、この変異を目印にがん細胞を殺すTリンパ球療法を行ったところ、7ヶ所の転移巣すべてて縮小効果があったが、1ヶ所は再び大きくなり、それを調べると、がん細胞が、この変異ペプチドと結合するHLA分子を追い出して、目印を隠していたという結果だ。がんは本当に強かだ。このHLA分子はA・B・Cの3分類からなるクラスIだが、HLA-Cに分類される*08:02という型だ。

 

この論文から学べる事は、(1)HLA-Cというあまり研究されていないHLAにも注意を払う必要のあること、(2)免疫療法では、HLAが、がん細胞で作られているかどうかが絶対的に重要であること、(3)ひとつの抗原を認識する複数のT細胞受容体があること、(4)T細胞受容体は、同じ変異を含んでいても、9アミノ酸の抗原と、10アミノ酸の抗原を識別する場合があることである。

 

そして、もっとも重要なことは、このHLA型が白人では8%、黒人には11%の頻度で存在していること(論文にはないが、調べたデータでは日本人には0.1%未満)とこのKRASのG12Dの変異は、すい臓がんでは約45%、大腸がんで約13%の頻度で見つかることである。最も予後の悪いの代表例であるすい臓がんであるが、このHLA頻度・変異頻度から考えると最大4-5%の白人・黒人膵臓がん患者に対して、これらのT細胞受容体を遺伝子導入したT細胞療法が応用できる可能性がある。大腸がん患者でも1%程度の患者に共通だ。もちろん、がん細胞は、このHLA分子を作っていなければならない。

 

RASを阻害する治療法は数十年にわたって研究されているが、満足の得られている成果はない。しかし、患者数は限定されるが、明らかに変異RASを対象とする新たな治療法のドアが開けられたような気がする。次々と開発される新規治療法を眺め、これでいいのか日本は、と叫ぶ元気が段々となくなってきた。

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