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卵巣がん増悪予防にPARP阻害剤!?

現在、外気温は1度。明日の朝は、今秋(季節的には、もう冬だが)初めて氷点下になりそうだ。気温が冷え込む中、心も凍てつきそうな事件が起こった。我が家から直線距離で150メートルほどの公園で、射殺事件がおきた。頻繁に通っている日本料理店からは、50メートルもない。しかも、事件が起こったのが午後3時少し前だ。さすがにシカゴでも、まだ明るい時間帯である。大学から事件のメールが送られてきたのだが、被害者は大学関係者ではないものの、頭を撃ち抜かれて、その場で死亡が確認されたそうだ。歩いて帰宅するつもりだったが、気が萎えてバスを利用した。現場近くを通りかかった際、5台くらいのパトカーの灯りが見えたが、寒々とするような青い光が目に焼き付いた。犯行動機は、まだ不明だそうだが、まるで、CSIの世界に迷い込んだような感じがした。

 

と、暗い話はこのくらいにして、卵巣がんの再発予防について話をする。今週号のNew England Journal of Medicine誌に、PARP阻害剤が卵巣がんの増悪抑制効果があるという論文が掲載されていた。対象患者は、化学療法(プラチナ製剤)で効果のあった再発卵巣がん患者553名だ。化学療法が終了後に、PARP阻害剤を投与した群と偽薬を投与した群を比較した結果だ(化学療法が無効であった患者は参加できない)。遺伝的に遺伝性乳がん(卵巣がん)遺伝子BRCA1/2に異常を持つ患者とそうでない患者で分けて検証いるので、下記の4つの群で比較されている。

 

遺伝的にBRCA1/2遺伝子のある患者 203

A.  PARP阻害剤投与群 138

B.  偽薬投与群 65

 

遺伝的なBRCA1/2遺伝子異常のない患者 350

C.  PARP阻害剤投与群 234

D.  偽薬投与群 116

 

A群とB群の無増悪期間中央値は21.0ヵ月対5.5ヶ月、C群とD群では9.3ヶ月対3.9ヶ月であった。BRCA遺伝子異常の有無にかかわらず、明らかな効果があるが、遺伝性乳がん・卵巣がん患者群(遺伝的BRCA遺伝子異常群)の方が、効果がより顕著だ。PARPDNAの修復に重要な役割を果たす分子であり、BRCA遺伝子はDNAの修復に関与する。がん細胞は早く分裂するので、DNAの複製時のエラーの発生頻度が高く、エラーが修復できないと細胞にとって致命的となる。したがって、BRCA遺伝子に異常がある卵巣がんにPARP阻害剤を投与すると、致命的なDNA複製エラーを起こしやすく、これががん細胞死につながり、より効果があるようだ。

 

しかし、興味深いのは、遺伝的BRCA遺伝子異常なし群を、がん細胞での後天的な相同組み換え機能低下homologous recombination deficiency=HRD、DNA修復異常の一つのタイプ)を測定して、このHRD陽性群を調べた結果だ。HRDを調べる方法の詳細については省くが、ユタ州にあるMyriad社が提唱している方法で、この検査法自体も臨床試験中だ。簡単に言うと、HRD陽性群はDNA修復の能力が低下しており、後天的にDNA修復機能が落ちていると想定される。

 

C群とD群のうちの、HRD陽性群での比較では、無増悪期間中央値12.9ヶ月対3.8ヶ月であった。遺伝的なBRCA異常群ほどではないが、C群とD群の単純な比較よりも差が大きくなる。DNA修復機能に異常のあるがんに焦点を当てると、PARP阻害剤はある程度効果が期待できるようだ。もちろん、生存期間がどの程度伸びるのかというデータ待つ必要があるが。

 

しかし、課題は副作用だ。早く分裂する細胞ではDNA複製エラーのリスクが高くなる。したがって、DNA複製エラーを修復するPARPの働きは重要だ。予想通り、細胞分裂が速い造血細胞系への毒性はかなり強い。PARP阻害剤治療群の約3人に一人がグレード3・4の血小板減少症、約4人に一人がグレード3・4の貧血、約5人に一人がグレード3・4の好中球減少症を起こした。12人に一人が重篤な全身倦怠と高血圧だ。これでは、分子標的治療薬というよりも、毒性の強い抗がん剤に近いような気がしてくる。

 

しかし、当初は期待外れと思われたPARP阻害剤が、DNA修復能の低下したがんを対象に、その威力を示しつつある。治療薬開発も、診断薬開発も、日々の日米の差は開くばかりだ。心がもっと寒々としてきた。

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