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“21st Century Cares Act”;医療イノベーションの加速か、患者の危険増大か?

オバマ政権からトランプ政権へと、政権交代の狭間にあるにもかかわらず、医療に関連する重要法案の採否が検討されつつある。法案の名は「21st Century Cares Act」(21世紀ケア法案)で、名称からは内容がわかりにくい。米国臨床腫瘍学会や大学関係者から、この法案の通過を支援するようなメールが送られてきた。法案そのものを読んではいないが、メールやニュースから推し量ると、バイオメディカル研究の推進を図ること、医薬品や医療機器の治験手続きを改革(簡略化?)することなどが盛り込まれているようだ。

一般的に共和党政権下では、米国NIH予算は絞り込まれる方向にあるのだが、共和党から提案されたこの法案が成立すると、NIH予算を増やし、オバマ大統領が提案した「Precision Medicine Initiative」やバイデン副大統領主導の「Moonshot」計画を政権交代後も後押しする結果になるかもしれない。認知症研究の推進も含まれており、トランプ次期大統領は、認知症研究を優先課題に挙げていた。

米国臨床腫瘍学会が強調している、この法案によってもたらされるであろう変化は、

(1)電子カルテに対するアクセスをもっと広げて、治療や研究の円滑化を図ること(2)がん研究や治療開発推進につながる、NIHや医薬品食品局(FDA)の予算の拡大(3)研究審査や治験審査の中央集約化による臨床試験の加速化とデータ標準化の促進(4)患者の声を薬剤開発につなげることや、患者の経験を生かしたリスク-ベネフィットの解析への活用

などである。一方、民主党大統領予備選挙で最後まで残ったバーニー・サンダース議員などは、治験のハードルを下げることによって患者さんを危険に晒し、企業が儲けるのを手助けするだけだ、と言って反対している。

がんの分子標的治療薬開発に際しては、対象となる患者さんの数が限定されることになる。また、いわゆる稀少がんの場合、これまでのランダム化試験を行うと、治験期間が非常に長くなるし、それに伴って治験費用が大きく膨らむ。これが、医薬品の高騰化として跳ね返ってくる。ましてや、第1相試験で、これまでは何の治療法もなかった患者群の10例中2-3例で顕著な効果があった場合、コントロール群として何の治療もしない群を設置して第2相や第3相臨床試験を実施することが、科学的に、倫理的に妥当かなど、やはり考え直さないといけない点だ。

このブログでも何度か触れているが、健康な人のがんの新薬に対する「リスク・ベネフィット比」は、治療法がなく、命が限られたがん患者さんやその家族の「リスク・ベネフィット比」とは相当違っているのだ。私は悲痛な患者さんや家族の思いを数え切れないくらい耳にしてきた。

実は、日曜日にダウンタウンを歩いている時に、2年近く前に、シカゴ大学に治験を受けに来たが、治験を受けることができずに失意のまま帰国した日本人患者とそのお嬢さんが滞在していたマンションの前を通りかかった。(http://yusukenakamura.hatenablog.com/entry/2014/07/31/124757

あの時の何とも言えない、自分の無力さが脳裏を過ぎる。そして、がん研究者、特に若い研究者に、患者さんや家族の声をもっともっと聞いて欲しいと願う。

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