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若者を元気づける評価制度が必要

週末は一転して平年並みの気候に戻り、出勤時は氷点下3度まで冷え込んだ。マイナス10度までは歩いて通勤するようにしているが、今日は朝7時30分過ぎから会議があったので、バスを利用した。この程度まで冷え込むと、体も心もピリッとすると言いたいところだが、急激な温度変化についていくのが難しくなってきた。明日から10日間ほどは、また、平年よりも少し温度が高いようなので、体を慣らすにはちょうどいい。

そして、早朝からの会議だが、新しく申請しようとしているグラントに関するプレミーティング(事前相談のような会議)であった。大きな研究プロジェクトの応募に際して、米国の場合、NIHやNCIの専任のオフィーサーと事前に会議がもたれる。今日はその会議があった。新規薬剤の治験を実施する際にも、日本のPMDAや米国のFDAと事前相談をすることができる。私が知る日本の審査は、ずいぶん昔の話になるので最近は改善していると信じたいが、日米の基本的スタンスの差は、欠点をあげつらうのか(日本)、欠点の克服を助言するのか(米国)の違いである(あったという表現にしたいところだが、最近の事情は知らない)。これが、薬剤の開発を迅速に進めることができるかどうかの差になっている。

週末に、日本では「プレシジョンメディシン」を紹介するテレビ番組が放映されたが、メディアのリテラシーの低さが存分に発揮された。本質的な課題が全く理解できていない中途半端な番組だ。米国の有名女優が予防的乳房切除を受けた際に、米国に20年遅れで、遺伝性乳がんの遺伝子診断が騒がれた。これほど時代遅れではないが、やはり、医療の現場も、メディアも遅れている。世界の最先端を走るために、何が欠けているのか、まったくの勉強不足だ。新大統領になると、科学研究環境が厳しくなると予想される今こそ、米国を捉える千載一遇のチャンスだというのに!

朝の会議の話に戻るが、専任の人たちは、医学・医療の最先端を熟知しているので、質問も本質を突いてくるし、コメントも提案をできるだけいい方向に進めるような前向きなコメントだ。われわれ自身で検討した懸念材料をズバッとついてくるが、科学的に妥当なコメントは、心地よい。日本では、多くの事前審査、事後評価会議に出席したが、大半の質問は残念ながら、的外れなものが多かった。また、多くの審査委員が専門外なので、その分野の専門家(と称される研究者)が一言でもネガティブなコメント(それが全く時代遅れでも)をすると、その研究計画はそれで葬られる。さらに大きな問題は、以前からこのブログで紹介しているように、評価委員は絶対に責任を問われることがない。無知をさらけ出したようなコメントでも、そのままスルーだ。

大統領側近の問題などで、韓国では若者の間で、コネ社会に対する反発が大きく広がっている。しかし、日本の評価制度も、基本的には学閥・人脈というコネが、公正・公平な評価を歪めているのが現実だ。研究費予算が絞られれば、絞られるほど、歪みが大きくなる。将来を担う若者を育てるためには、大きな傘の下にいなくとも、斬新なアイデア・画期的な発想を公平に評価し、支援を受けることができるような仕組みを作らなければならない。隣国で問題視されている事態が、日本社会と全く無縁とは言い切れないのである。的外れで、不公正なコメントに対して、申請者が抗議できるような制度を取り入れない限り、若者たちはやる気をなくし、日本の国力も衰退していく。

今朝の3時間のミーティングは、米国にあって、日本にはないもの、そして、それらが国力の差につながっているであろう事を実感させられた。それにしても、一流大学で続発する女性暴行事件は嘆かわしい。

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