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心の中でうれし泣き

昨夜は遅くまでワールドシリーズを観戦していたので、今日は少し眠い。しかし、昨日は、いい日だった。シカゴ・カブスが108年ぶりに優勝した。地元のチームが優勝するのは気分がいいものだ。しかし、喜び合う選手の中に、日本人選手がいないのは、ちょっぴり寂しい。カブズには、昨年までは和田毅選手がいたし(昨年日本へ帰る飛行機の中で乗り合わせ、頑張ってくださいと声をかけたのだが、その直後に退団してしまった)、今年は私の大好きな川崎宗則選手がマイナーに属しているが、この喜びの輪の中にはいない。地元ではないが、ヤンキースが優勝した時には松井秀樹選手が大活躍したし、レッドソックスの時には上原浩治選手が試合を締め括った。その時は、地元に関係なくうれしかったものだ。この輪の中に、一人でも日本人選手がいれば、もっと喜びは大きかったに違いない。

そして、昨日は、もっと大きな喜びがあった。かつてペプチドワクチン治療を受けて、今も元気で過ごしている患者さんが、シカゴ大学まで訪ねてこられたのだ。個人情報のこともあるので詳しい事は記述できないが、がんの再発を繰り返していたが、ペプチドワクチンの臨床研究に参加した後、2009年以降再発なく、現在は米国に一時留学しているという方だ。

私のような研究者にとって、患者さんの笑顔と感謝の言葉は、最大の励ましだ。ましてや、その患者さんが目の前にいると、涙がこぼれそうになるくらいうれしかった(心の中で涙がこぼれ、目は潤んでいた)。病状をお伺いしたが、かなり厳しい治療を受けても再三再発を繰り返しておられた。とにかく、「よかった」「ここまで来ていただいてありがとうございます」いう言葉しか浮かばない。

そして、このめぐり合いを生み出す原動力となった、岩手医科大学・泌尿器科学教室、前教授の藤岡知昭先生には、言葉で表現できないくらい感謝している。15年以上にわたって、本当に気持ちよく共同研究をさせていただいたことが、この患者さんの昨日の訪問につながったのだ。改めて、周りの支えがあって、今の自分があることを再認識した。

しかし、この患者さんに「このワクチンはいつ皆さんに利用可能になるのですか?」と聞かれた時には、言葉に窮した。一部のがん種で、臨床試験が進んでいるが、2012年春まで、私が日本にいて臨床研究を進めていた頃と比べれば、患者さんのアクセスは極めて限定的だ。この事態を招いたのは、私の責任が大きい。

いろいろな経緯があって、思うところがあり、日本を離れたのだが、この患者さんの一言は胸にグサッと来た。朝日新聞に個人攻撃を受け、医療イノベーション推進室にいて民主党政権に失望した。被災地を訪問して被災地の方々に何か貢献したいと思いつつも、東北メディカルメガバンクという火事場泥棒に絶望した。津波サバイバーの健康よりも、意味のないシークエンスが大事なのか?日本という国は矜持を失ったと思った。そして、あまりにも無力な自分に耐えられなくなった。

それでもめげず、米国ではどうして抗がん剤開発が急速に進むのか、それを学べば、日本に還元でききるかもしれないと思い、シカゴに来た。そして、早くも5年近い歳月が流れた。この5年、がん医療・研究を取り巻く環境は大きく変わり、オーダーメイド医療・プレシジョン医療が現実の課題となった。がん研究会にプレシジョン医療研究センターができたので、このセンターを核に日本のがん医療に一石を投じたいと考えている。昨日訪問されたような患者さんの笑顔をもともっと見るために、人生最後の賭けに挑む。

シカゴ・カブズは71年ぶりにワールドシリーズし進出し(前回は1945年、第2次世界大戦が終了した年だ)、108年ぶりに優勝した(前回はなんと1908年、明治41年、日露戦争が終わった3年後だ)。やはり、優秀な人材を集め、しっかりとした方針で育成し、戦略的に試合を進めるしかない。日本には優秀な人材がいる。しかし、戦略がないのだ。政権が安定している今しかないと思うのだが、医療に対する関心が低いのが残念だ。

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