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治療困難な病気を治療可能にするための挑戦

919日米国FDAデュシャンヌ型筋ジストロフィーの治療薬EXONDYS 51を承認した。全く治療法がなかった遺伝性疾患に対する初の治療薬だ(現実的には治療薬候補に等しいが)。この病気は、X染色体にあるジストロフィンという遺伝子の異常によって起こる。ジストロフィンは筋肉細胞の表面に存在しているが、これがないと徐々に筋肉細胞が死んでいくため、筋力が低下していく。筋肉細胞は大きく伸び縮みするが、その際の細胞同士が擦れ合う際の潤滑油のような役割をしているのかもしれない。

同じ遺伝子の異常によってベッカー型の筋ジストロフィーが起こる。発症時期や病気の進行速度の違いから区別されていた。両者の差は、デュシャンヌ型ではジストロフィンがなくなっているのに対して、ベッカー型では異常なジストロフィン蛋白が検出される。そして、後者の方が、病気の発症も進行も遅い。正常な蛋白でなくても、少しは機能しているのだろう。

原因遺伝子がX染色体にあるので、基本的には男性にしか発症しない。遺伝子異常の頻度から考えると、X染色体が2本ある女性の場合には、もうひとつのX染色体には正常な遺伝子があり、正常なジストロフィンを作ることができるので、病気にはならない。また、遺伝子が大きいためか、突然変異率も高い。出生男児3000人に一人程度の発症率なので、日本では年間150-200人が発症していると考えられる。

このEXONDYS 51という薬剤は、人工的な核酸(DNAを少し変化させているので、DNARNAとは少し違う)であり、ジストロフィン遺伝子がDNAを元にしてメッセンジャーRNAを作る際に、51番目のエクソンを飛ばして、メッセンジャーRNAを創り出すように設計されている。これによって、ジストロフィン蛋白(完全に正常ではないが)を増やす作用がある。一般的な薬剤の分子量は500未満だが、核酸の塩基で換算すると30塩基がつながっているため、分子量は10,000を越える大きな分子となっている。

この薬剤は臨床的な治療効果が証明されていない。もとになったデータの一つでは、週1回の静脈注射で、40週後の筋肉内ジストロフィン蛋白量が、正常人に比べて治療前0.16%から、0.44%に増えたことが示されていた。増えたといっても、正常人の0.5%未満であるし、最も多かった患者さんでも、1.57%に過ぎない。治療前の0.16%というのは、われわれの細胞は、この程度のスプライシングエラーをしているのであろう。

そして、私が思うのは、このレベルのデータでは、日本では絶対に承認されないだろうということだ。現実問題として、患者さんの数も非常に少なく、数か月単位、あるいは、年単位で病気が進行するため、臨床的な効果(筋力の低下が抑えられるなどの評価)を検証することは極めて難しい。しかし、日本には臨床的な効果だけしか、エビデンスと思わない非科学的な考えがまかり通っている。科学的な思考のできない人たちが闊歩している。

臨床的な効果が確認されていないのに承認されるのはどうしてか?答えは簡単だ。承認によって保険適応となると(米国では保険の種類によって適応されるかどうかが決まるので、平等なアクセスとは言えないが)、多くの患者さんがアクセス可能となり、それらの情報を収集して臨床的な効果を検証できるからだ。患者数の少ない疾患や臨床評価に長期間かかるような疾患に対しては、特段の配慮をしない限り、永遠に薬は届けられない。

振り返れば、滑膜肉腫の治療用抗体の臨床研究への支援を国に求めた時、「稀な病気の治療薬の開発など意味があるのか?」というコメント共に却下された。患者数の少ないがんの治療薬開発など、大手企業が熱心にするはずがない。国や大学こそ、そのような疾患に対しての治療薬開発に努めるべきなのだ。こんなアホなコメントをしても誰も責任をとらない。それが、日本の抱えている問題なのだ。

治療できない疾患を治療可能にするためには、患者さんの協力も含め、それに沿った体制作りが必要だ。今回の治療薬承認は、多くの示唆に富んでいる。単なる薬剤の承認ではなく、その背景となる思想・理念を理解することが大切だ。

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