読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

放射線被ばくへの不安を軽減するために;医療従事者のためのカウンセリングハンドブック

医療(一般)

大横綱の千代の富士関も膵臓がんには勝てなかった。私と3歳違いで、ちょうど医師としての修行を始めた頃から活躍が始まった。決して大きくはなかった体で、大横綱と活躍した姿が懐かしい。そして、依然として5年生存率が10%を切るこのがんをなんとか退治したいものだ。

と思いながら、目を本棚に移したときに、「千代」つながりで、私の先輩である千代豪昭先生が南相馬における医療支援活動記録として残された本に視線が止まった。その本のタイトルは、「放射線被ばくへの不安を軽減するために;医療従事者のためのカウンセリングハンドブック」(メディカルドゥ社)だ。下記は、私が本の冒頭に書した推薦の言葉だ。説明は抜きで読んで欲しい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2011年5月初旬のある日、私は初めて大震災の被災地に足を踏み入れました。そのときの光景は今でも鮮明に脳裏に焼きついています。津波にさらわれた土地には何もなく、大きな漁船が残っていました。体育館を訪れた時には、被災者の置かれた厳しい状況に言葉が見つかりませんでした。震災から2ヶ月あまりが経とうとしているにもかかわらず、段ボールで仕切られた数メートル四方の中に寝具を置いて生活を強いられていた高齢者の健康状態を憂慮せずにはいられませんでした。また、自分自身が癌と戦い、福島まで通院治療を続けながらも、産科医として孤軍奮闘しておられた高橋亮平先生にお会いして、その姿に心を打たれました。

 当時、私は1月に設置された内閣官房医療イノベーション推進室・室長の職にありましたが、南相馬市を訪問したのは、公的な立場ではなく、日本国民が共有していた被災地のために何かできないかという強い思いに駆りたてられ、とにかく現地の様子を見たいと思ったからです。私の内閣官房での仕事は、震災復興とは全く関係がありませんでしたが、被災地の方々の健康を守るために公的でも私的でもいいので何かお手伝いをしたいと考えていた時に、南相馬市立総合病院の及川友好先生から連絡を頂き、訪ねることを即断しました。訪問で感じたことは、「復興対策の遅れ」、特に「医療ケアに関する無策」でした。

 岩手・宮城・福島の3県の津波被害に加え、福島県は原子力発電所の問題を抱えていました。地震の起きた3月11日以降は東京でも寒い日が多かったので、被災民の方々は大変な思いをされたことは想像に難くありません。タイで津波被災者の健康調査を行っていた研究者からは、症状の軽いものまで含めると約20%の被災者がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したとの結果を聞いていましたので、心のケアも重要です。それらに加え、南相馬市には、南には原発から半径20kmのラインが、そして北には原発から30kmのラインが引かれており、その間の地域は緊急時避難準備区域の指定がされていました(同年9月30日まで)。緊急避難に備え、厳しい入院制限がされ、同区域には約2万人が生活していたにもかかわらず、病床数は6に制限されていました。脳梗塞、心筋梗塞を含め、緊急の治療が必要な患者さんでも、福島などに搬送することを強いるのは、明らかに間違いだったと思います。発症して2時間近い時間をかけて搬送する間に、取り返しのつかない状態に陥るのは明らかです。この件の改善を含め、被災者の方々の健康のモニタリングや心のケアなど、間接的に具申しようとしましたが、何もできないままに苦悶していた最中、及川先生から「被爆不安におびえる住民へのカウンセリング」の依頼がありました。東京大学医科学研究所で遺伝外来を担当している古川洋一教授と対応を考えているときに、私の大学の先輩でもあり、遺伝カウンセリングを専門としておられる千代豪昭先生が協力いただけるとの話をお伺いし、本書に記されている「被爆カウンセリング外来」の設置に至りました。

 政府が情報を隠したことや上から目線の一部学者の「安全を喧伝する」対応で、福島県の被災民の国に対する不信感が募る一方でした。当然ながら、原発に近い住民の方々は被爆に対する不安を抱え、ストレスのかかる日々を送っていられました。3年近く、こららの方々の対応を担ってこられた千代先生たちの活動には頭が下がる思いです。この体験を書にして残す話をお伺いした際には諸手を挙げて賛成しました。本来、この種の対応は国が責任を持ってすべきものであると私は思っています。震災直後、多くの学会や大学などが被災地に応援を出そうとしました。私もいくつかの活動に協力しようと思いましたが、大混乱の中では、ボトムアップでの活動は多くの混乱を生み出すことを経験しました。非常時の危機対応には、トップダウン型でまとめ上げ、指示を下していくシステムが必要です。ゆったりとした話し合い、調整などをしている間に犠牲者が増えて生きます。地震・津波などの天災に加え、人災が加わって、いろいろな意味で被害者が増えたように思います。特に被災者に対する健康管理体制の構築は今でも不十分ではないかと思います。

天災や事故など起こって欲しくないと祈っていても、これらを回避することは不可能です。しかし、震災後の健康対策などの危機管理体制を十分にすることによって、被災者の健康被害を最小限に防ぐことができます。本書は、震災後の健康対策に携わった活動の一部を紹介するい過ぎないかもしれませんが、今後の危機対応に際して多くの有用な情報を提供する内容を含んでいます。本書の内容が、今後起こるかもしれない震災対策に生かされることを願ってやみません。また、種々のカウンセリングにも役立つ内容であり、是非とも、医療従事者、行政担当者だけでなく、多くの方々に読んでいただきたいものです。

 最後に、震災後現地に踏みとどまって被災者医療に貢献されてきた南相馬市立総合病院の関係者、そして、災害を乗り越えて頑張ってこられた南相馬の方々に敬意を表したいと思います。

2014年3月11日

                                                シカゴ大学医学部・中村祐輔

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

何もできなかった自分が今でも悔しい。

 

 

 

f:id:ynakamurachicago:20160806003321j:plain