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免疫チェックポイント抗体の効果を予測する!?

今日、OncoImmunologyという雑誌に、われわれのグループと熊本大学の福島聡先生たちを中心とするグループの共同研究の成果が公表された。http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/2162402X.2016.1204507.

論文のタイトルは、「Intratumoral expression levels of PD-L1, GZMA, and HLA-A along with oligoclonal T cell expansion associate with response to nivolumab in metastatic melanoma」である。

 

日本でも、高額な免疫チェックポイント抗体医薬品が、医療保険制度を破綻につながるのではと騒がれ、患者さんの選択が重要だと指摘されている。結局、70-80%の患者さんには無効なのだから、当然だ。この議論の中で、年齢制限という非人道的な「姥捨て山」論を展開している人たちを、私は批判してきた。医療を科学的な視点で見るという基本的、そして、欧米では当然のことが、日本では忘れ去られていることが大問題だ。

 

今回公表した論文は、症例数が少ないため、この結果を、直ちに、この抗体医薬品の使い分けに利用することにはつながらないが、どんな方法で高額抗体医薬品を使い分けるべきかという方法論を提示することができたと考えている。Aという医薬品を利用した場合、X(有効)という結果とY(無効)という結果を示した患者がいるとする。科学的なアプローチを利用すれば、XとYという異なる結果に至った理由が導き出せるはずである。21世紀に入って15年以上過ぎたにもかかわらず、日本ではこの単純な科学的思考の欠如している医師や研究者が多い。

 

これまで、抗免疫チェックポイント抗体の有効性の指標として、がん組織内のPD-L1分子の発現量の多寡が参考になると報告されてきた(がん細胞によって産生されるPD-L1という分子が、Tリンパ球の表面にあるPL-1に結合して、リンパ球を無力化している。抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体は、PD-1とPD-L1の結合を妨害して、Tリンパ球を元気にさせて、がんを攻撃させる)。しかし、両者に関係がないとする報告もあり、患者さんの選択基準として採用されていない。理論的には関係があるはずだが、単純にそうはいかないようだ。特に、PD-L1が作られていないがんに対して有効である症例の存在することが不思議だ。PD-L1に類似したPD-L2という分子の働き、あるいは、まだ見つかっていないが、PL-1分子と結合する他の分子の影響があるかもしれない。

 

この他に、がん細胞の遺伝子異常数が多い場合に、効きやすいという報告がある。これは遺伝子異常が多いほど、がん細胞特異的抗原(免疫細胞ががん細胞を敵と見なす、がん細胞表面の目印)がたくさん生み出されるからである、と説明されている。一般的な大腸がんに対しては免疫チェックポイント抗体はほとんど効かないが、遺伝性大腸がんの場合には有効率が高い。これは、遺伝性大腸がんの原因がDNA修復遺伝子異常であること、したがって、がん細胞における遺伝子異常数が非常に多くなるため、がん特異的抗原が多く、がん細胞を叩くことのできるリンパ球が、がん組織にたくさん存在しているからである。しかし、遺伝子異常が多ければ、がん特異的抗原が必ずしも多いとは言い切れない。宝くじと同じで、100枚買った人は、10枚買った人よりも、当たる確率は10倍高いのと同じで、10枚の人は必ずはずれると限らないからだ。われわれは、これを「Neoantigen Lottery(ネオアンチゲン宝くじ)」説と呼んでいる。遺伝子異常数は参考にはなるが、決定的な要因ではない。

(European Urology Focus, doi.org/10.1016/j.euf.2015.09.007, 2015)

 

今日公表された論文内で、福島先生たちに協力していただき、治療前後でのがん組織内でのリンパ球の変化や、免疫に関係する分子を調べた。そして、がん組織で、PD-L1の量、GZMA(グランザイム)の量、HLA-A(白血球の型を決める分子のひとつ)分子の発現量が多い患者さんが、PD-1抗体が効きやすい可能性があること、そして、効いている患者さんの場合には、特定のリンパ球(おそらく、がん特異的抗原を指標に、がんを攻撃することのできるリンパ球)が、治療によって、がん組織内で増えているらしいことを報告した。グランザイムという分子は、細胞障害性リンパ球という、がん細胞を殺すことのできるリンパ球が作り出す分子で、がん細胞を破壊する兵器に相当する。当然だが、がんを攻撃するリンパ球が活性化されれば、グランザイムがたくさん作り出されるはずで、これが多いという事は、がん組織内にがん攻撃リンパ球が多く存在していることを意味する。

 

そして、HLA分子だが、これはがん特異的な抗原をがん細胞の表面にさらけ出すために不可欠である。この分子がなければ、がん細胞の目印は表面に出なくなり、免疫細胞であるリンパ球が、がん細胞を敵と看做すことができなくなる。多くの乳がんや前立腺がんでは、がん細胞は、このHLAを作らないようにして、自分をステルス化し、免疫系の監視システムから逃れようとしている。がん細胞がHLAを作らなければ、理論的には絶対に効かないはずだ。しかし、これまでに報告された論文ではあまり検討されていない。不思議な話だ。

 

医療費・薬剤費の急増を抑える論議の中に、科学的なアプローチを利用して患者さんを選択し、薬剤を有効に利用する方策が含まれていないのは、寂しい限りだ。対費用効果を議論しなければならない時期にきているのは間違いないが、人の命を尊重するための科学的な考察なくして、お金の話だけするのは、政治学者や経済学者の科学的リテラシーの低さをさらけ出すだけだ。

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