世界に発信できる『日の丸』がん治療を(3)-DNAシークエン技術の進歩

前回は親から子に伝わるゲノム・遺伝子情報について述べたが、今回は遺伝情報の変化(変異)によって起こるがんについて述べる。がんは遺伝子異常の積み重ねによって起こる病気である。10年前には、それぞれの患者さんで起こっている遺伝子異常をすべて知ることなど、まだ、空想の世界であった。しかし、1台のDNA解析装置で解析できる塩基数は格段の進歩を遂げ、各患者のがんで起こった遺伝子異常を速やかに、しかも安価に知ることが可能となった。

 

それを如実に物語るのが、下に示した一人分のゲノム解析に必要な時間と経費である。

1990-2003年 ヒトゲノムシークエンス解析計画=   十数年、約1000億円

2006-2007年                                                                約3年、約2億円

2010年頃                                                                      約2週間、40-50万円

2014年頃                                                                      1日、約10万円

現在                                                                              15分、約5万円 

(ただし、1日、15分というのは1台の器械で多くの人のDNAを1度に解析するため、一人の解析が1日、あるいは、15分で終了するという意味ではない。全解析時間を解析できる人数で割った数字である)

 

わずか十年の間に、約3年の時間が15分になり、2億円が5万円になった。時間で計算すると約10万分の1、費用で計算すると4千分の1である。もちろん、実際に医療現場で利用するには、解析技術の精度評価、情報解析するためのコスト、機器類の維持費など多くの要素を考えなければならず、コストはもっと高くなるし、応用へのハードルは高い。しかし、薬の選択には重要な情報であり、これを利用した非常に早期での再発の同定や新しい免疫療法への応用など、その意義は計り知れない。

 

遺伝子解析はすべてのがんにとって重要であるが、大学や研究機関の縄張り、臓器別に縦割りになった現在の臨床の制度が壁となって、日本全体でデータベース化することが不可能となっている。臨床情報も、いろいろな会社のシステムが利用されているため、その統一化もできていない。個々の患者さんの多様性を考えると、有用な情報を抽出するにはできるだけ多くの情報を集めることが必要だ。そして、これらの情報は、医療機関、医師の質の評価にも応用可能である。

 

国として、個々人の、そして、個々の患者の人生の質を向上させるために、膨大なデータを蓄積することとその応用が不可欠であるが、その道のりは険しい。

 

今日の午後、バイデン副大統領の指示で、全米の基幹がんセンターで同時に「Moonshot」会議が開催された。シカゴ大学も、中西部6州の基幹センターとして、4時間に渡る会議が開催され、最後にバイデン副大統領の40分間のスピーチで締めくくられた。医師や研究者だけでなく、患者やがん研究を支援する団体も参加する熱気にあふれた会議だった。この場で、公的資金で得られたがんゲノム情報(14,000症例分)に加え、「Foundation Medicine」という企業が解析した17,000人分の情報も追加されることが発表された。

 

スピーチは副大統領のフェイスブックでも公開されており、
https://www.facebook.com/VicePresidentBiden/videos/1810408259187770/

是非、聞いてほしい。自分のご子息の体験を通して、新しい知見が述べられ、抱えている課題が的確に指摘されていた。「リキッドバイオプシー」の重要性が語られたが、日本でこの言葉を理解する政治家はほとんどいないだろう。また、治験を受けるために、患者が遠隔地に出向かなければならない理不尽さは、体験に基づく故に説得力があった。日本に行った際に、「Moonshot」への協力を要請したと述べていたが、日本のメディアからは、そのようなニュースは全く伝わってこないのはどうしてか?

 

多くの情報が収集されれば、どのようなコンディションの患者さんが、どの程度効果が期待できるのか、より正確な予測ができるはずだ。特に、後者の企業情報は、それによって薬剤が選択されたり、治験を受けている可能性が高いので、Precision Medicineに貢献するだろう。

 

日本は研究者レベルで、数千万円、数億円レベルでデータが収集されるが、国家レベルで数千億円、あるいは、10年間1兆円といったレベルでのプロジェクトが必要だ。政治家が本気になって取り組めばできないはずがないのだが、そんな政治家もいないし、日本の研究者に根付いた島国根性による足の引っ張り合いがこれを妨げる。これが日米の差だ。