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世界に発信できる『日の丸』がん治療を(2)

帰国後1週間近くが経ち、ようやく、6月に2度の日本出張から、立ち直りつつある。しかし、カレンダーを見ると、今週金曜日には7月に入り、また、来週の土曜日から、香港に出張なので、気が滅入ってくる。長い旅程を考えるとキャンセルしたいという誘惑が襲ってくるが、学会以外にも、重要なミーティングが2件入っているので、行かねばならない。

 

さて、少し間が空いたが、お約束したように、日本乳癌学会での発表内容のダイジェストをこの場を借りて紹介したい。

乳癌学会でのタイトルは「世界に発信できる『日の丸』乳癌医療を」であった。最初は、世界的な動きとなっている「Precision Medicine」について紹介した。2015年のオバマ大統領の一般教書で「Precision Medicine Initiative」で注目を集めたが、オーダーメイド医療、個別化医療などと呼ばれたものが言葉を代えたものだ。中国では、「Precision Medicine」という言葉が、日本以上に浸透しており、確定はしていないようだが、15年間で1兆円予算が計画されている。そして、オバマ大統領は、今年は「がんを治癒されるための『Moonshot』計画」を打ち出している。

 

「Precision Medicine」に限らず、今後、(がん)医療のキーワードを上げると、「ゲノム」「分子標的治療薬」「免疫治療」、そして、「人工知能」だ。しかも、これらのキーワードを医療の体系に組み入れていく必要がある。米国では、自分の祖先を調べるための遺伝子(ゲノム)診断がテレビやインターネットで宣伝されているが、日本人は遺伝的に均一であるので、こんなものを調べても何の役にも立たない。ゲノムをもっと知り、医療にどのような変革をもたらすのか、真剣に考えなければならない。

といっても、ゲノム・遺伝子情報には、多くの種類の情報があり、まず、これを区別していかなければならない。多くの人が、最初に思い浮かべるのは、親から子へと受け継がれる遺伝子情報(ゲノム情報)であろう。しかし、これにも、遺伝子多型(塩基の違い)とコピー多型(遺伝子の数の違い)などの区別がある。後者の代表的な例としてはCYP2D6という遺伝子のコピー多型があり、通常は父母それぞれから1コピーずつ受け継いで、2コピー(2遺伝子分)持っている。しかし、遺伝子を1コピーしか持たない人や3-4コピーを持つ人も少なくない。

 

このCYP2D6遺伝子が少ないと、乳癌のホルモン治療薬である、タモキシフェンの効果が減弱し、再発率が高くなる。なぜなら、タモキシフェンは肝臓でCYP2D6(水酸基を加える酵素)によって、エンドキシフェンに作りかえられなければ、女性ホルモンの働きを抑えられないからである。タモキシフェンは、エンドキシフェンに比べて、女性ホルモンの効果を抑える力が100分の1程度しかないので、CYP2D6は不可欠である。もし、CYP2D6の働きが弱いことが明らかなら、タモキシフェン以外の薬剤の利用が勧められる。

 コピー数が多い場合はどうなるのか?1例を挙げると、妊婦や子供に、コデインという薬剤を投与してはならない。コデインという薬剤は、咳止めや鎮静剤として利用されるが、この薬剤も、元の形では薬剤としての作用が弱く、CYP2D6や他の酵素によって変化を受け、モルフィン様物質になって鎮静効果を発揮する。遺伝子数(コピー数)が多いと、CYP2D6の量も多くなるため、一気にモルフィン様物質が作り出される。成人の場合、この物質は脳血流関門という血管と脳の間にある関所でブロックされるため、脳に達しない。したがって、重篤な問題は起きない。ただし、子供や胎児では、脳血流関門が未発達であるため、モルフィン様物質が脳内に達するため、呼吸抑制作用などが起きるのである。

 

薬剤の作用は複雑であり、このような情報を速やかに応用した医療体制を作ることが、患者さんの安全性を確保する観点から重要なのである。

(続く)

 

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