“America will not forget”“DEC. 7, 1941”?!!

先日、自宅からシカゴ・オヘア空港に向かう高速道路で、何気なく外を眺めていると”America will not forget"“SEPT. 11, 2001”の文字が目に飛び込んできた。

f:id:ynakamurachicago:20160608131510j:plain

同時多発テロはアメリカ人にとって深い傷になっているのだと思った瞬間、その左側に“DEC. 7, 1941”と書かれていて、私が衝撃を受けた。真珠湾攻撃の日は、米国では12月8日ではなく、1941年12月7日だ。この二つの日付が並列して書かれていると、結構きついものがある。

f:id:ynakamurachicago:20160608131230j:plain

日本では、太平洋戦争が始まった経緯について、いろいろな出版物やテレビなどを通して流され、歴史には突然はなく、必然があることを知っているが、米国では、多発同時テロと真珠湾攻撃が同じ次元と考えている人は少なくないはずだ。戦争を美化するつもりはないが、その必然を顧みなければ、次の必然を回避することはできないと思う。

 

と考えながらも、やはり、複雑な心境だ。

 

そして、2泊4日の高松出張から、日曜日にシカゴに戻り、その夜から3日連続で、外食が続いた。米国臨床腫瘍学会に参加された日本人研究者との会食のためだ。体はきつかったが、多くの旧友や弟子と食事するのは楽しい。それ以外にも、大学に来訪者があった。免疫療法学会と錯覚するような学会であったが、PD-1抗体がほとんど効果のないがんもあり、冷静な判断が必要だ。特に、副作用の観点からは、効果の期待できる患者の選別、自己免疫的な副作用リスクの回避法などの課題が重要だ。

 

そして、忘れてはならないのが、オンコアンチゲン、ネオアンチゲンなどを利用したペプチドワクチン療法だ。今回の臨床腫瘍学会でも、近畿大学の安田卓司先生が、食道がんワクチン療法(術後に再発予防で利用するアジュバント療法)の発表をしていた。私が日本にいる頃に始まった臨床研究で、開始して約6年が経過している。手術の前に、化学療法、もしくは、化学療法+放射線療法を受け、切除手術、そしてリンパ節転移陽性であった患者さんに、3種類のペプチドワクチンを投与するものだ。

 

もちろん、HLAが限られ、A24の型を持っている患者さんにだけ投与し、それ以外の型の患者さんは、何もしないで経過観察だ。いずれも、再発した場合には、何らかの治療を受けている(患者さんによっては何もしない場合もある)。ワクチン投与群は34名、非投与のコントロール群は30名となっている。ワクチン群、コントロール群を、再発率で比較するとわずかな差しかないが、生存率で見ると、統計学的にも有意な差となっている。4年後では、生存率に2倍の差が出ているが、この差も、治療開始から1年以上が経過した時点から生じている。やはり、がんを叩くリンパ球が、必要十分な数に達するまでには時間がかかるようだ。これを考慮した治験のデザインが重要だ。免疫療法も、ワクチンのような安価で、副作用の少ない治療法が見直されるであろう。

 

そして、今日はとんでもないハプニングが起こった。夕食の支払いをするため、ウエイターにクレジットカードを渡した。なかなかチェックを持ってこないので、催促したところ、「クレジットカードを紛失した」という。心の中で「ふざけるな」と思いつつも、冷静に「何をしているのだ」と怒りを抑えて問いかける。責任者が来て「I am confident that we can find your card」(見つけるから、心配しないで)と適当なコメントをする。「その間、ドリンクでも飲んでおいてください」と軽口を叩くので、「信じがたいことだ」と声を荒げてしまった。招待した某大学関係者も必死になって探してくれたが,結局見つからなかった。

 

最後は、「I apologize」と言ったが、口調が他人事だ。日本にもそういう奴はたまにはいるが、これがアメリカ標準だ。外科手術で、体内にガーゼを見失って残したままにしたら、謝って済むのか!「なんでも、謝って済むなら、警察もいらんぞ!わしをなめとるんか」とやくざな気持ちになる。こちらは、カード支払い停止手続きをしなければならないのだ。面倒くさい。I will not forget you!

 

(PS) 眠りについた直後の午後11時44分に、レストランから携帯が鳴り、起こされた。「もう、遅いと思うが、カードが見つかった」という。遅いに決まってるだろうが!明朝、電話して来いよ。時差もあって体内時計が無茶苦茶なんだから。二度とこのレストランにはいかないぞ。