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上空1万メートルで考えた「すべての患者に思いをはせる」

今、成田空港から羽田空港に向かっている。最終便で高松に向かうところだ。明後日の朝には、成田空港からシカゴに戻る。日本の午後7時、シカゴは午前5時なので、頭はボーとしていて、ほとんど働かない。若い時は順応性は高かったが、今は全く駄目だ。実は、シカゴでは、今日から米国臨床腫瘍学会が始まるのだが、それをすっかり失念していた、数年前にお引き受けした講演なので義理と責任を果たさなければならない。体力的には厳しいが、恩人・友人への義理は大切にしないと。日曜にシカゴに戻ってからは、会議・来客の連続で、この1週間は体力との闘いとなる。

2泊という短い日本滞在なので、シカゴに戻った後は、時差ボケにはあまり苦しまないだろうと期待したい。これは経験則で、短い滞在の方が、帰国後の時差ボケは軽い。そして、西の方向に向かって飛行する方が、何故か、時差ボケが軽いような気がする。

今から、高松行の飛行機に乗るが、先週の「New England Journal of Medicine」誌に、「Considering the common good-The View of Seven Miles Up」(上空1万メートル;みんなにとっていいこととは)というタイトルの論文があった。

著者が機内で経験したジレンマから、米国の現在の医療供給体制を批判したものだ。話は、ロサンゼルスの病院に入院している30歳代の再発急性骨髄性白血病患者の病状から始まる。肺炎で集中治療室に入院、血小板減少も加わり、尿路感染症、血尿が続き、血小板輸血を続けている。死期が迫っていることを悟った患者が、「故郷のパリに戻りたいと希望した。」酸素の持続的供給と、医師と看護師の同行を条件に病院は許可した。ただし、レジデントはみんな忙しく、この著者である医師が、同行することになった。 

離陸後、過呼吸がおこったが、処置によって軽減した。医師の心配していた脳出血も起こらなかった、しかし、30分後、副操縦士が来て「申し訳ないが、十分な酸素を積んでこなかった。シカゴ空港にいったん着陸して、酸素を補給しようか?」と問われた。(わたしなら、ふざけるな。人の命をなんと思っているのだと、どやしつけるところだが、この医師がどう言ったのかはわからない)離着陸に際して負担がかかるかもしれないので、少し考えさせてくれと返事した。 

そして、偶然にも同じ飛行機に別の重篤な患者が、乗っていた。20歳代のタヒチ滞在中にくも膜下出血をおこした、昏睡状態の女性で、ストレチャーにのせられ、フランス人医師が付き添っていた。ロスの医師はこの医師にどうすればいいのか尋ねてみた。すると、フランス人の医師は、米国人の医師を直視し「あなたの患者は確実に亡くなる。私の患者は可能性が低いが、長期間生きる可能性がある。ロサンゼルスの離着陸の際に血圧が不安定になった。シカゴに離着陸するとリスクがある。長期間生きる可能性のある自分の患者が優先されるべきだ。」ロスの医師は、もちろん自分の患者を大切にしたいが、それは20歳代の女性をリスクに晒すことになる。自分の患者の利益は、他の患者の不利益になるとジレンマに陥った。まるで、映画のようなストーリーだ。

このジレンマから、話は米国の医療制度に移り、米国では「患者の自己決定権」が最大限に尊重される。しかし、この自己決定権は平等ではなく、患者の置かれている経済状態によって制限を受ける。終末期のがん患者に高額の抗がん剤治療、進行した認知症患者に管を入れて栄養分を補給する、死を避けられない患者を集中治療室に入れ、家族が納得するまで人工呼吸器で補助する。その一方で、経済的に恵まれない人には、十分な医療が提供されない。これによって、本当に必要な人たちの権利を侵害していないのか?個人自己決定権も重要だが、他者やみんなを思いやり、医療を共通の資源としたシステムに変える必要があると述べている。 

では、最初の白血病患者はどうなったのか?パイロットが、管制塔に依頼して高度を28000フィートに下げて、機内圧を少し上げ、患者の呼吸を楽にするように努めた。そのお陰がどうかわからないが、酸素不足が起こることなく、飛行機は無事シャルル・ド・ゴール空港に着陸し、パリの病院に入院した。そして、家族と最後の感動的な5日間を過ごし、息を引き取ったそうである。20歳代の患者さんがどうなったかわからない。

本当に必要な患者さんに必要な治療を提供する。当たり前のことだが、いろいろな状況、特に医療経済学的状況の厳しさから、きれいごとでは済まない難しい問題を生み出している。

これから、飛行機に乗り、日曜日はシカゴへ12時間のフライトだ。機内で、このような難題に遭遇しないことを願うばかりだ。

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