がん医療のキーワード「ゲノム・個別化・人工知能・予防」-(1)

抗免疫チェックポイント抗体が高額であることが、今頃になって波紋を広げている日本であるが、海外でも、同様の問題が提起されている。高額ながん治療薬やその利用に関連して、「Nature Reviews Clinical Oncology」6月号に掲載された二つの論文の話題を取り上げたい。

 一つは、オランダから報告された「Affordability of drugs used in oncology health care」という論文である。抗免疫チェックポイント抗体の適応が非小細胞肺がんに拡大されたことにより、薬剤費の急増大を懸念したものである。しかし、日本のように「医療経済を圧迫するから利用を減らせ」といった短絡的な、科学的な考察に欠けた議論ではない。まず、 Quality adjusted life year (QALY)という科学的なアプローチから、薬剤が不当に高額であると薬価問題に切り込んでいる。QALYについては以前にも述べたので詳細は省くが、医療経済学的な観点で、対費用効果を評価する方法である。免疫チェックポイント抗体は134,000ユーロ/QALYであり、一般的な容認ラインである80,000/QALYに比して高すぎるのでは疑問を呈している。日本には、医療の内容にある程度熟知した医療経済学者の育成が必要だ。医療費の削減を第1義と考えるような医療経済政策は日本を不幸にする。

 

そして、当然ながら、日本のような年齢制限という暴論には入らない。患者を選択するためのバイオマーカー研究に、資源を投資すべきではないのかという、科学者として真っ当な結論で結んでいる。この中には、効果が期待できる患者を選ぶだけでなく、投与間隔の妥当性や全体投与期間の短縮など、患者さんの利益を損なわずに、医療費を削減する方法の模索が提唱されている。医学・科学の素養があるなら、そして、医師としての良識があるなら、常識的な内容なのだが、日本ではこの常識的な発想が提唱されていない。

 

年間1兆円以上の医療費・薬剤費増大を懸念するなら、即座にバイオマーカー探索研究に100億円投下すればいい。年齢などという馬鹿げた線引きではなく、科学的に納得できる基準で、対象患者を選別すべきなのだ。抗HER抗体に対するHERの高発現、EGFR阻害剤に対するEGFR遺伝子変異などと同じように。この研究がうまくいけば、70-80%の効かない患者さんに投与する無駄を省くことができる。効かないのに、副作用で苦しむことも避けることができる。こうして、翌年から7000億円の無駄を省くことができるなら、100億円など安いものではないか?

 

必要な患者さんにだけ投与すれば、無駄な薬剤費の浪費を省き、副作用の回避もできる。このゴールに向かってひたすら前進するしかないのだ。ただし、100億円をばら撒けば、膨大な無駄となる。オールジャパンの体制で、すべての情報を1ヶ所に集中し、情報解析も駆使した集中的な取り組みが必要だ。研究者の自己満足でなく、「人類を月に、火星に送るためには一つの目標に全員同じ方向に向かせる」ような体制が不可欠だ。

 

物理の世界では、カミオカンデが必要なら全員が協力するといった文化ができているが、医学の世界には、患者さんのために、日本のために、協力する文化が残念ながら欠如している。これが、日本の医療分野での競争力を削いでいる。今こそ、日本医療研究開発機構という組織の必要性が試されているのではないか?

(続く)

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