免疫チェックポイント抗体治療に対する「姥捨て山」論の愚

米国では、CTLA-4抗体、PD-1抗体、PD-L1抗体の3種の免疫チェックポイント抗体薬が承認され、これ以外の抗体治療薬の開発も進んでいる。抗体医薬の他にも、免疫抑制に働く、IDO(Indoleamine-pyrrole 2,3-dioxygenase;インドールアミン-2、3-ジオキシゲナーゼ)に対する薬剤の開発も進められている。IDOは必須アミノ酸であるトリプトファンをホルミルキヌレニンに代謝するための酵素である。キヌレニンは強力な免疫抑制があり、がん細胞はIDOを産生することによって、がん細胞を取り巻く環境におけるうキヌレニンを増やし、自らを免疫細胞の攻撃から守っていると考えられている。したがって、この酵素を阻害すると、免疫抑制側と免疫活性側のバランスを崩し、がん細胞を叩く事ができるというロジックだ。

欧米での新薬開発の状況を眺めれば、高額ながん治療薬がさらに増えてくることは必然だ。これに対して、ようやく日本の中でも医療保険制度が危機的・壊滅的になるとの意識が高まってきているようだ。世界の状況を的確に把握できていれば、現在の状況を生み出すのは、10年前においても、火を見るより明らかであった。5年前に民主党政権で医療イノベーション推進室が設置された際にも、医薬品開発の遅れが、医療保険経済の破綻につながることに対する警鐘が鳴らされていたが、ほぼ無策のまま、今日に至っている。

そして、「免疫チェックポイント治療に年齢制限を設けるべきだ」などという暴言が、メディアを通して流されている。この発言には、「人の命を何と思っているのか」と憤りを覚える。年齢で治療を制限するなどという、「姥捨て山」論をメディアが何も感ぜずに流すことも、驚きを禁じえない。こんな非人間的論理はどこから出てくるのか、私には理解不能だ。年齢制限をした場合、金持ちの老人は自由診療で治療を受け、貧しい患者さんは見殺しになる。これでいいのか?日本の保健医療制度の利点を根底から覆すような狂気の発想である。どうして大きな声で反対論が沸き起こらないのか、不思議だ。

では、きれいごとでなく、現実的に医療保険制度の破綻を防ぐために何をすべきなのか。それを解決するには科学の力を借りるしかない。科学的な観点から、効く可能性が非常に低い人に対して、これらの薬剤の利用を制限すれば、薬剤費の70-80%は節約することができる。この効く・効かない人の集団を区別することに、総力を挙げて取り組めばいいのだ。日本の医師の科学力のなさを露呈するような愚かな医師の「姥捨て山」論に対して、がん研究者は科学の力を見せるいい機会ではないのか?何十年も維持してきた、みんなが平等に医療にアクセスできる権利を、こんな馬鹿な形で、制限すべきではない。

数兆円の医薬品の無駄を削減するために、そして、人が人として後悔のない人生を生きぬくために、家族が患者さんの死を後悔をもって看取ることがないように、なぜ、日本の研究者・医師は断固として立ち上がらないのか、私にはわからない。研究者よ、患者さんの苦悩に、そして、それを支える家族の気持ちに思い至らないのか!

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