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鶏口となるも牛後となるなかれ

何気なく、暇つぶしにネットを見ていたところ、「鶏口となるも牛後となるなかれ」に目が止まった。これは、英語では「Better be the head of a dog than the tail of a lion」あるいは、「Better be first in a village than second at Rome」と言うようだ。前者は「ライオンの尻尾でいるより、イヌの頭でいる方がいい」後者は「ローマで2番目にいるよりも、村で1番になるほうがいい」と言ったところか?「寄らば大樹の陰」より、「自分で道を切り開け」という感覚だ。

人生に先が見えてきた今、遣り残したことをやるためには、何をすべきか考えている。「抗がん剤を開発して、がん患者さんに笑顔を取り戻すこと」や「オーダーメイド医療の実現化」など、1995-2000年の間に立てた人生の目標は、ほんのわずかを達成したに過ぎない。分子標的治療薬の開発は時間をかけて着実に進めていくしかない。しかし、臨床応用への時間がかかりすぎて、少々苛立っている。自分の研究室だけで進めていく研究とは異なり、医療機関や患者さんとの連携など、相手があってのことだから仕方がないと思う反面、何か違和感を感ずるのは、私の気が短いからか?

「Precision Medicine」と名を変えた「オーダーメイド医療」は、医療のインフラから構築していかなければならないので、もっと大変だ。国際的な標準化が求められているが、医療保険制度や医療供給体制も違うし、各国の経済事情も異なるので一筋縄ではいかない。高齢化の観点からは、日本が最重要事項として取り上げるべき課題だが、遺伝子やゲノムに対する社会の理解が遅れているといった根源的問題への処方箋が全くできていない。しかし、誰かがやらなければならない。オーダーメイド医療システムそのものが海外に依存すると、日本の医療経済は成り立たない。日欧米連携は必要だが、今の医薬品のような、一方的な欧米依存は絶対的に回避しなければならない。いろいろ作戦は練っているが、歩みは遅い。

そして、最も悩んでいるのが、遺伝子変異を利用したネオアンチゲン療法とそれから派生するT細胞受容体導入T細胞療法だ。以前紹介したように、ネオアンチゲンの提唱者の一人であるHans Schreiber教授がシカゴ大学におり、彼とT細胞療法をどう展開していくのかを議論している。彼は頑固だが、この領域の話をさせると右に出る人はいないだろう。ここでの免疫学の師匠だ。私など、英語の名前は全く頭に残らないが、彼は常にXXXX年に、誰々が何をしたとすらすらと出てくる。これは驚嘆に値する。私は、日本の歴史上の人物なら、漢字で書かれた名前を目にすると、教科書に出ていた顔や歴史上の位置づけなどすぐに浮かんでくるのだが、若い時から英語やカタカナで書かれた名前は記憶として残らない。遺伝子のなせる業か?

話を戻すと、ネオアンチゲン療法、T細胞療法は、米国内の多くの大学で実現化に向けた取り組みがなされているし、現実的に一部で始まっている。大きな悩みは、ここでの手術件数やがん患者数が、国立がん研究センターやがん研有明病院に比べては当然だが、地方のがんセンターと比べても少ない点にある。ある程度の規模で運営しなければ、非効率的だし、一人当たりのコストが大きく膨らんでしまう。もちろん、検証段階であるので、一気に拡大することは難しくても、一定の規模でなければ、科学的な検証も難しい。組織としてどう取り組むかによって、その組織のがん治療施設としての生き残りが決まってくるように思う。米国内の大規模がんセンターが大規模な投資をして、これらの治療法で成果を挙げれば、ますます、患者さんの集中化が強まるであろう。日本は、今、オールジャパンで取り組めば、世界と伍していけるだろうが、それを決断する人も、実行できる人材・組織もない厳しい状況だ。

と思いながらも、これらの物事を動かすには、それを信じる集団の力が必要だ。口先だけ、立派なことをいっても、何も動こうとしない人の集まりでは、品がない言葉だが、「屁の突っ張りにもならない」。そこで、「鶏口となるも牛後となるなかれ」である。これが、何を意味するか、考えて欲しい。

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