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嵐を呼ぶ男

また、成田空港にいる。瀋陽からシカゴに戻る途中である。3泊の滞在であったが、かなり疲れた。夜遅く着いたので、実質的には2日間だったが、着いた翌日の天候は、台風が来たのかと錯覚するかのような暴風雨であった。20年に一度の暴風雨だったそうだが、冠水や、街路樹が倒れて、道路をふさいでいたこともあり、道路は大渋滞だった。私が、シカゴの強風を一緒に運んできたのだと言われた。まるで、石原裕次郎のようだ。

 

雨の中、中国医科大学の関連病院2か所を訪問し、昼食をし、中国医科大学に行き、見学と夕食、その後ホテルに帰った。朝9時にホテルを出て、夜9時に戻ったが、12時間のうち、車に乗っていた時間は約6時間だったので、腰が痛くなってしまった。そして、日本で履き替えた靴が最悪だった。「涼風爽快」という名前に惹かれて買ったのだが、かつて、雨の日に大変だったことを忘れて履いてきてしまった。

 

昼食時に、繁華街の中を少しだけ歩いたのだが、水たまりに足を踏み入れた時に、水が靴の中にジュワーと入ってきた。もちろん靴下はびしょ濡れだ。その瞬間、「そうだ、この靴は、蒸れないように、靴底の一部がメッシュ状になっていて、水が入ってくる構造になっている」ことを思い出した。一人で歩いているなら、水たまりを避けることができるが、何人かで並んで歩いているので、蛇行して歩くことはできない。水たまりに足を踏み入れるたびに雨水が底から染み込んでくる。こうなると、毛細管現象で水は吸いあがり、足首まで濡れている。頭の中までグチューとなりそうなくらい気持ちは悪いが、旅先で如何ともしがたく、ホテルに帰るまで我慢するしかなかった。

 

翌日は、うって変わって晴天となり、暖かくなった。夕方、時間が空いたので、世界遺産である瀋陽の故宮を見学した。清王朝のものだが、歴史を感じさせる建築物だった。緑色のタイルは、満州人特有のものだと説明されたが、「満州」という名前は懐かしくもあり、第2次世界大戦につながったこともあり、微妙な気持ちになった。

 

本題に戻すと、講演会は会場がほぼ埋まり、たくさんの人に来てもらった。1時間30分の講演会だったが、私の研究室にいるポスドクが中国語に訳しての講演会だったので、かなりゆっくり話をしたので、普段であれば、30分強で話をするような内容だった。研究成果だけでなく、医学研究がどうあるべきかを伝えたかったのだが、どの程度私の気持ちが伝わったのか自信はない。ただ、その後、昼食を共にした一人から、「あなたの話を聞いて、日本人に対するイメージが一変した」と言われた。もちろん、いい意味でだが。しかし、なぜだか、喜こべない。どこまで日本人に対するイメージが悪かったのだろうかと心配になる。

 

講演会の後、学長から、名誉教授の授与があった。ブルガリアのソフィア大学、ハルビン医科大学、台北医科大学からに次いで4番目だ。私は「名誉・・・・」という称号には、関心がないのだが、いろいろな国の人たちと交流することは大好きだ。称号を機会に、この大学と交流を深め、少しでも日中交流に貢献できればと思う。

 

中国医科大学には日本に留学経験のある人がたくさんいる。学部長の慶応大学をはじめ、札幌医科大学、東京大学、東北大学、神戸大学、鹿児島大学に留学経験のある人に出会った。神戸大学に留学経験のある教授は、日本語が堪能だった。彼女のような日本と中国の懸け橋になれる人はたくさんいるはずだ。草の根運動的に交流を広げていけば、肩こりをほぐすように、緊張が軽減されると思うのだが?ただし、中国から日本への留学生が減ってきているように感じるのが思い過ごしでなければいいが。

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