米国癌学会2016は免疫療法のターニングポイント

今は、ニューオリンズからシカゴに向かう機中にいる。プログラムを見ても、会場で話を聞いても、免疫療法が大きなうねりになっていることが明らかだ。これまで免疫療法に取り組んできた研究者や医師に加え、ゲノム研究者がネオアンチゲン療法に向かって猪突猛進している。

 

これまでも述べてきたが、免疫チェックポイント抗体療法は、患者さん自身が持っているがん細胞に対する免疫力の存在と重要性を科学的に証明した。しかし、他の薬剤と同様に、一部の患者さんにしか効果がない。しかし、現時点での過剰な期待は、肺がん治療薬イレッサが承認された時に「夢の薬」のように騒がれた時に類似しているように思う。昨夜、テレビを見ていると、PD-1抗体薬のコマーシャルが流れていた。起こりうる多くの副作用も紹介されていたが、素晴らしい薬剤が開発されたという印象が残るコマーシャルになっていた。長期間生存率で評価すると、これまでの抗がん剤や分子標的治療薬にない臨床的な効果があるのは事実だが、有効率は20-30%とやはり限定的だ。これの客観的・科学的な報道が重要だと思う。

 

科学的には、薬剤の使い分け、そして、免疫が十分に働いていない患者さんの免疫力を高める方法の開発が次の課題だ。前者については、いくつかのバイオマーカーが提唱されている。当初、がん細胞におけるPD-L1(PD-1と結合して、リンパ球の働きを抑えている分子)が高いと、免疫チェックポイント抗体の有効率がはるかに高いという報告があったが、その後、相反するデータが報告され、決着がついていない。論文ごとに、PD-L1を検出する抗体は異なるし、陽性を定義する基準が異なっているので、これでは科学にはならない。いつ、どこで、だれがやっても同じように再現性がなければ、科学ではないし、患者さんを選ぶ指標にできるはずがない。

 

そして、患者さんのがんに対する免疫を高める方法として注目されているのが、ネオアンチゲン療法だ。がんで起こった遺伝子異常をもとにペプチドワクチンを患者ごとに投与する考え方だ。ゲノム研究・バイオインフォーマティクス・免疫学(・もっと進化すると遺伝子操作・細胞療法)が融合した、21世紀型のがん治療が、急速な速さで発展している。今回の米国癌学会は、おそらく、歴史のターニングポイントになるだろう。日本でもこの動きを加速しなければならない。

 

しかし、このネオアンチゲンのコンセプトは、新しいものではなく、1980年代後半に提唱されたものである。その提唱者の一人であるシカゴ大学のハンス・シュライバー教授と、今、共同研究しているのも、何かの因縁だ。私がシカゴ大学に移らなければ彼と出会うこともなかっただろう。その彼だが、実は4年前、私が日本で行ってきたオンコアンチゲン・ワクチン療法で講演した際、かなり否定的であった。しかし、故ジャネット・ローリー教授(シュライバー教授は、ローリー教授のご主人の弟子)の紹介で議論を深めるうちに、お互いを認め合う関係となった。非常に科学に厳しく、頑固で譲らない研究者だが、彼との科学的な議論は非常に楽しい。彼から、免疫について、多くのことを学んだのは、私の財産となっている。そして、最近では、科学的観点からも、医療費という観点からも、彼のオンコアンチゲンに対する評価も変わってきた。オンコアンチゲンとネオアンチゲンの利点・欠点を理解した開発戦略が不可欠になってきたと思う。

 

しかし、がん治療は進歩したものの、高額な医療費の問題に直面している。がんを完全に治癒するためには、何百万円、何千万円の費用をかけてもいいだろうが、数か月から1年の延命に数千万円の費用をかけることの是非が問われている。日本では感情的議論が客観的な議論を押しつぶすので、綺麗ごとですましているが、日本人全体を最高所得から並べると、トップ1%ラインの年間所得が1300万円だそうだ。際限なく消費税を上げて、現在の医療保険制度を維持すると覚悟するなら別だが、いまのままでは、確実に医療保険制度は破綻する。国民等しく医療を受けるためにも、がん治療の効率化・最適化は喫緊の課題だ。

 

PS: https://nakamuralab.uchicago.edu/news/lab-interviews-labtvに私の研究室のメンバーのインタビューがアップされているので、ぜひ、見ていただきたい。

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