エリートがエリートを育てる社会

今日は、昨夜のパーティーの疲れが残って、体が少しだるい。パーティーは、アルファ・オメガ・アルファと呼ばれる組織が主催したパーティーで、アルファ・オメガ・アルファの成り立ちなどよくわからないが、簡単に言うと「エリート」の集まりだ。医学部の学生の中から、総数の6分の1を超えない範囲で優秀な学生が選別され、それを祝うパーティーだ。医学部の3年を終えた段階で1年間休学し、私の研究室で研究していた学生が、その6分の1に選ばれた。彼女から指導者として来て欲しいと依頼され、参加したものだ。

彼女は非常に優秀で、1年間に「Journal of Clinical Oncology」誌を含め2つのオリジナル論文、1つの総説、そして、本のチャプターを書いた。彼女の書いた論文には、私の英単語ボキャブラリーにはない、難しい(単に私の英語力の問題かもしれないが?)単語が、2ページに1語くらいの割合で登場し、その度に、翻訳ソフトのお世話になる。今までの人生で目に触れたことの無い単語が少なからずある。日本を含め、他の国の留学生の論文を読んでいても、翻訳ソフトが必要なことは、滅多になく、彼女の英文は明らかにレベルが違う。インド系の米国人だし、小さい頃からエリート教育を受けて来たに違いないと、初めて出くわす単語を見るたびに自分を慰めるしかない。

話をパーティーに戻すと、学生に加えて、アルファ・オメガ・アルファによって教育者として優秀な人たちが、10人程度表彰を受けてスピーチをした。学生たちが表彰された人たちを紹介するのだが、それら学生たちの話を聞くと、この人たちは優秀だということが実感できた。弁舌さわやか、内容もポイントをはずさず、必要なことを盛り込み、まるで大統領選の討論会のようだ。もちろん、下品な言葉の欠片もない。人や社会を率いるためには、理路整然と相手を納得させる弁舌が必要だが、彼らにはその素養がすでに備わっている。私のような口下手人間には、うらやましい限りだ。

アルファ・オメガ・アルファのOBたちも参加していたが、このような形で、エリート集団が形成され、その人たちが連携し、次世代のエリートを育てていく仕組みが作られているのだと思う。単に同じ大学を出たからというようなレベルではなく、医療・医学研究・そして、医療を国家レベルで考えていくエリート集団が形成され、次第に絞り込まれ、彼らの中でもトップクラスが国家戦略に携わっていくのだ。

シカゴ大学に着てから、毎年20-30人程度の内科レジデントや臨床腫瘍科フェローのインタビューをしているが、インタビューに訪れる人たちは、3000人の応募者から300人に絞り込まれているので、候補者は非常に優秀だ。ほぼ全員が自分の将来を見据える考えをもっているだけでなく、多くは、大きな視点で米国の医療の問題点を認識している。このような人たちから、視野が広く、公平で、しっかりとしたビジョンを持っている人たちを選抜し、国家戦略を構築する集団に取り込んでいくことが重要だ。日本では職人のように一つのことを極めた人たちが、政策決定に影響力を持ち続けるが、大半は視野が狭く、極めて不公平で、国家ビジョンに欠けている。立派な研究実績を残していることが、国家に対してのしっかりとしたビジョンを持っていることと同等ではない。

日本では介護による離職を防ぐ施策が検討されているようだが、高齢化が高くなるとともに不可避な要介護人口増加を如何に抑えていくのかという、根源に関わる部分には重きが置かれていない。何かが起こって、それに対応するだけの綻び補修策では不十分だ。綻びは塞ぐ必要はあるが、根幹に関わる部分で対策を練っていかないと、いろいろな部分で綻びは大きくなり、破綻してしまう。

すぐには効果は出ないが、天下国家を考えるエリート集団の育成と10年後を見据えた高齢化対策・少子化対策が必要だ。ネットへの下品な、まるでチンピラのような書き込みに振り回されているようでは、日本は終わってしまうように思えてならない。私もとても上品とは言えないが、その私から見ても、最低限の礼儀も弁えない乱暴な言葉使いの書き込みを国会に持ち込むことは、おかしな国だ。

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