太平の眠りから目覚めよ!

先週末は15度を超えていた気温が、昨日は氷点下に戻り、外はうっすらと雪化粧している。来週の予報では20度近くまで上昇するので、5-6日ごとに春と冬が行き来している感じだ。しかし、今年の冬は穏やかだった。徒歩通勤を断念した日は7-8日しかなく、昨冬とは雲泥の差だ。今朝もマイナス8度の中を歩いて大学に来た。少々風があったので、顔の表面はパリパリになった。

そして、昨日、ジャネット・ローリー記念日として、講演会やポスター発表会が開催された。ローリー教授は白血病細胞で、特徴的な染色体異常があることを次々と報告した研究者で、がんがゲノム異常で起こることを実証した研究者だ。私が尊敬するがん研究者の一人で、シカゴ大学に移った後、私のオフィスに頻回に顔を出して励ましてくれたことが懐かしい。

特別講演会の演者は、ワシントン大学(セントルイス)のElaine Mardis教授だった。1時間の講演でのトピックスは二つ、このブログでなじみの(1)Cancer Precision Medicine(がん個別化医療) と(2)Neoantigen Treatment(ネオアンチゲンワクチン治療)であった。ワシントン大学では、これらのシステムが構築され、臨床応用が始まっている。

最初の話題で紹介されたのは、小児の脳腫瘍患者の例でゲノムシークエンスをした結果、BRAFタンパク(メラノーマで高頻度に異常が見つかり、それをもとにBRAF阻害剤が開発された)の600番目に新たにアミノ酸が加わる異常が見つけられた。BRAFで最も高い頻度で見つかっている異常は、601番目のアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わる異常で、阻害剤はこの変異BRAFの働きを抑える。同じ異常ではないが、アミノ酸が隣接しているので、これによってBRAFの働きが強まっている可能性が高い。

そこで、BRAF阻害剤を投与したところ、病状が安定しているとのことであった。この程度のことなら、今すぐにでも日本でできないはずがない。類似の話を耳にするたびに、日本国内でこのような動きがどうして組織的にできないのか、歯がゆい思いがする。企業も公的機関も、研究者も、一歩踏み出せない何かがあるのだろうが、悔しくはないのだろうか?特に、治験が進まない稀少がん患者に対しては大きな福音になるはずだが、患者さんや家族から、どうして声が上がらないのだろうか?

私が生まれたのは、戦後の臭いが残る昭和20年代。われわれは、日本のために、家族のために、必死で働く人たちを見て成長し、そして自らも必死で生きてきた。そして今、生活が豊かになり、日本の中では、他者のために、国のために貢献するという気持ちが失せてきたのだろうか?

そして、2番目のトピックはネオアンチゲン・ペプチド治療だ。この部分は、ワシントン大学の他の研究者が主導しているものだが、米国FDAは樹状細胞療法+ネオアンチゲンの臨床試験を進めることを認めており、実行されている。私も日本で始めたいと思っているのだが、思いの外、まわりの腰が重い。他人に頼っていないで、自分で引っ張るしかないかという想いになってきた。

シカゴでは、基礎研究としてネオアンチゲン研究を進めているが、やはり、人の免疫には、まだまだ未知の部分が多い。まず、マウスで評価することを絶対条件にする人がいるが、はっきり言って科学的でない。マウスと人では、細胞数が3000倍異なるし、きれいな所で飼育されているマウスといろいろな細菌・ウイルスに暴露されている人では、リンパ球の多様性がはるかに異なる。免疫チェックポイント抗体が有効である事実は、がん免疫の重要性を科学的に支持しているし、患者ごとの多様性を考えれば、患者さんに協力していただいて検証していくしかない。ペプチドワクチンの安全性に関しては膨大なデータが蓄積されている。かの新聞社の妨害がなければ、日本は最先端のがんワクチン治療国になっていたかもしれないと思うと、余計に悔しくなってきた。

「人で実証されれなければエビデンスでない」と20世紀の科学を振りかざす研究者は、自分自身の非科学的な思考を時代遅れであると認識すべきである。いろいろなレベルでの科学的に実証された膨大なデータを総合的に判断し、エビデンスの有無を評価すべきである。この科学的な検証能力・思考力の差が、日米の差を拡大してきたのだ。しかし、愚痴を百万回並べても、何も進まないし、自分で立ち上がるしかないのだろうか?!

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