高齢者に対する男性ホルモン補充療法の効果?

今日も、卵巣がん患者さんから直接電話がかかってきた。「私は、もう、治療法がなくなった。OTS964の治験は始まっているのか。始まっているなら、どうすれば治療を受けられるのか?」こんな連絡を受けるたびに、期待通りに進まない事態に心が痛む。米国がん研究所から支援を受けて頑張っているものの、患者さんや家族が待ち焦がれている新しい希望を提供するには時間がかかる。

滑膜肉腫の抗体医薬も、予想よりも遅れて、ようやくフランスでの第1相試験が終わった。ジェット機の開発でも予定より遅れるのが常だが、治験は、ベストのシナリオ通りには進まないことを痛感している。もちろん、前に進むことになったことはいいことだし、喜ばしいことだが、治験に入った段階で、私が全く関与できなくなるもどかしさは、なんとも言いようが無い。隔靴掻痒というが、靴を10足くらい履いて、かゆい所を掻いているような感じだ。速やかに第2相試験が始まることを願っている。

とはいえ、ハワイの日米がん会議で、米国側の発表者の臨床データを目にするたびに、悲しさ、切なさを覚えた。十年がかりで創薬をしても、臨床試験と名がついた途端に、「利益相反」を理由に、私は排除される。情報も入ってこなくなる。成人に達した子供が独立すれば、親のコントロールはできなくなって当然だが、会話も無く、何のアドバイスもできない状況になれば寂しいものだ。臨床試験に入った段階で、私が育てはぐくんだ薬剤は、このような状況に置かれてしまうのだ。不正を働く人間を前提に規則が作られていくので仕方がないが、まじめにやっている人間は段々と窮屈になっていく。

こんなことを考えていると、なんとなく気が沈むが、男性ホルモンが不足しているのだろうか?

で、話は、先週の「New England Journal of Medicine」誌に発表されていた「Effects of Testosterone Treatment in Older Men(高齢者に対するテストステロン療法の効果)」というタイトルの論文につながる。65歳以上で、かつ、男性ホルモンであるテストステロンの血清値が275ng/dl未満の男性790名に対して、テストステロンの濃度が、19-40歳代相当に維持するように治療した群と、コントロール群を比較したものだ。

治療は1年間継続され、Sexual Function Trial(性機能テスト)、Physical Function Trial(運動機能テスト)ならびに、Vitality  Trial(活力・持久力テスト)の3つの観点で評価が行われた。性的機能に関しては、決められたスコアで計測すると、テストステロン治療群は1.5倍に高まっていた。具体的なスコアリングの内容は調べていないが、とにかく1.5倍だ。運動機能に関しては、6分間に歩くことができる距離で評価された。1年後の評価で、50メートル以上歩行距離が増えた割合は、コントロール群で12.6%であったのに対して、治療群では20.5%と高くなっていた。コントロール群でも距離が延びている人が10%強もいるというのは、精神的な影響が大きいことを物語っている。偽薬効果は間違いなくある。

 

活力テストでは差が無かったが、欝的な傾向が改善されていた。副作用関連では、ほとんど差が無かったが、PSA値の上昇が治療群では多い傾向にあった。また、ヘモグロビン値が正常上限よりも高くなった人が、コントロール群では0だったが、治療群で2%弱で認められた。スポーツ選手が、運動能力を高めたり、赤血球を増やして酸素供給をためたりする目的で、男性ホルモンを利用したケースも報告されている。

 

女性ホルモンも男性ホルモンも、加齢に伴って減少してくるが、加齢現象を抑えるためには、最低限の量が必要なのかもしれない。論文では、低男性ホルモンに対して、積極的に治療することを結論付けることには慎重で、さらに大規模な試験をする必要があると締めくくられていた。しかし、65歳を過ぎてから、ホルモンを投与するのではなく、下がり始めた頃から、不足を補わないと、筋力は維持できないし、65歳で仕事を引退をしたあとでは活力の維持も難しいと思う。

 

高齢になると、筋力が弱り、自分で身の回りのことができなくなる。高齢化社会の介護負担を減らすために、筋力低下予防を目指すなら、もっと早い段階でのホルモン療法が必要なのではないのだろうか。また、ホルモンの投与だけで、運動負荷を加えなければ、筋力が回復するとは期待できないように思う。

 

長寿関連遺伝子の解析も進んでいるが、年齢よりもはるかに若々しく見える人と、年齢よりもはるかに老いて見える人を比較すれば、いろいろな情報が得られると思う。若く見えるかどうかの客観的な評価は難しいだろうが、高齢化社会を乗り切るために重要な研究になるだろう。

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