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「しぶとく」勝利できる研究者を育てよ

今日は、米国でスポーツ観戦が最も盛り上がるアメリカンフットボール決勝戦のあるスーパーサンデーであった。デンバー・ブロンコスとキャロライナ・パンサーズの対決だった。シーズン中は、15勝1敗と無敵と言っていいような強さを誇っていたパンサーズだったが、10対24と完全に封じ込まれて、ブロンコスに負けてしまった。

 

私もテレビ観戦で力が入って肩が凝ったが、その原因はフットボールではなく(最後の20分程度しか見ていない)、ゴルフだ。松山英樹選手が、1時間弱のプレーオフの激闘を制し、フェニックス・オープンで優勝した。16番ホールまで2打差で、もう駄目だろうとテレビの前を離れた5分間ほどの間にドラマが起こっていた。トップに立っていたリッキー・ファウラー選手が17番ホールで池に入れてしまったのだ。それも、短いパー4のホールのティーショットがグリーンを捉えたにもかかわらず、強すぎて50メートルほど奥の池に落ちたのだから驚きだ。

 

解説者のジョニー・ミラー(オールドファンには、なつかしい左利きの名ゴルファーだった)が、2打もリードしているのに、攻撃的すぎで不可解と言っていたが、素人の私でも、ファウラーの判断が不思議であった。結果的には、このプレーが、松山選手にとっての幸運につながった。決着がついたプレーオフでも、ファウラー選手が因縁の17番ホールで再び池に入れてしまった。苦手意識というのが、微妙に影響したのだろう。

 

松山選手のプレーを見ていて、欧米のトップクラスと比べて、グリーン近くのプレーは少々見劣りするように感じたのだが、メンタルの強さが伝わってきた。一言で形容すると「しぶとい」のである。ゴルフは単に振り回して遠くに飛ばすだけでは勝てない。いろいろな技を駆使する必要があるし、どのように攻めるのかという戦略性が重要だ。

 

と思いながら、最近、研究室でよく叱りつけることが頭に浮かんだ。あまり深く物事を考えず、猿真似のように報告された論文の手法を倣ってデータを得ようとする研究者が多くなってきたことだ。研究には、最終的な目標があり、その目標に到達するために、情報を入手し、他の研究者に負けないための戦略を立てることが重要だ。それがない。論理的思考ができないのだ・

 

日本の多くの研究者は、他者の論文を読んで、自分の利用可能な試料・部下の能力などを計算して、論文を書くためのデータを取得する教育を受けている。博士課程を無事に修了させるために、とにかく論文をまとめさせなければならないという現実的な課題が優先され、真の科学者として、医学研究者としての鍛錬がなされていないのだ。私自身も十分な教育をしてきたかどうか、自信はないが、この悪性が日本人研究者の習性として染みついているために、自分の実験結果がこれまでの報告と矛盾がなければ喜び、矛盾していると落胆する。もちろん、これでは新しい発見などできるはずがない。

 

私は「銅鉄」実験と呼んでいるが、銅(肺癌)で報告されたことを、鉄(胃癌)でなぞっているだけの研究が多い。「銅鉄」程度であれば、再現性を確認する意味はあるだろうが、「銅・鉄・鉛・錫・ニッケル・アルミ・・・・・」と延々と続ける場合も少なくない。真の意味で患者さんに多大な貢献をするためには、胃癌で一番、日本で一番ではなく、世界で一番を目指さなければならない。

 

松山選手の姿を見ていて、彼は他の「日本でチヤホヤされて、米国でも通用すると自分自身を誤解して、思い上がった考えで米国に来た」プレーヤーと違って、自分の置かれた立場、何をすべきなのかを十分に理解していると思った。医学研究の場でも同じだ。日本は世界に通用する研究者を育てなければならない。自分実験結果を論理的に解釈し、そこから、仮説を組み立て、問題点を把握し、次になすべき実験を計画し、それを実行し、さらに次の段階を切り拓いていく、そんなことを「しぶとく」実行できる研究者が育って欲しいものだ。

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