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米国にあり、日本にない、医療の進歩に必要な評価制度

とにかく寒い。出勤時がマイナス18度、帰宅時もマイナス14度だった。バス停までの百メートルほど歩くだけで、鼻水が流れてくる。完全防備で体は寒さを感じないが、顔がヒリヒリして、気のせいか、胸に圧迫感を感ずる。過去2年ほどには寒くはないのだが、今年は気温に変化が激しいためか、寒い日には体がついていかない。

今日は、このブログでも何回か紹介した、T細胞を遺伝子操作したがんに対する細胞療法に話題をもとに、日本の評価体制の問題について改めて考えてみたい。がん特異的に分子を認識できるキメラ抗体療法やT細胞受容体を遺伝子導入した細胞療法が、血液がんである悪性リンパ腫や多発性骨髄腫患者で効果的だったことが強い衝撃を与えたが、固形がんでの有効性は実証されていない。日本でこんな議論をすると、「阿保か、役に立たん治療法の開発なんか、時間と金の無駄遣いや!」という声が飛んできそうだが、科学に立脚した議論で、その壁を乗り越えようと支援するところが米国の立派なところだ。

Nature Medicine誌の1月号に米国国立がん研究所のグループが、遺伝子操作T細胞療法の課題・問題点とそれを乗り越えるための方策をまとめていた。1994年から2014年の間に試みられた人に対する遺伝子操作T細胞療法の臨床試験は136件に及ぶ。まさに、「継続は力なり」「ローマは1日にしてならず」であり、米国にあって、日本に存在しないものである。

人から人への心臓移植は1967年に南アフリカのバーナード博士が始めたが、最初の症例はわずか18日間の生存を記録しただけだ。この症例はドナー心臓の拍動が停止してから、移植したものだとウィキペデアに注意書きがあったが、真偽は調べていない。日本だとこの1例で医師は血祭りにあげられる。しかし、彼は果敢に2例目に挑戦し、移植を受けた患者は、9ヶ月間生存した。これで期待が大きく膨らんだ。しかし、敵もさる者引っ掻く者で簡単にはいかず、拒絶反応という壁に打ちのめされた。日本ならば、この状況で「人体実験はけしからん」とメディアが大騒ぎだろう。

他の分野ではよくわからないが、日本の医学分野は、プロセスを評価することができない。黒部ダムや青函トンネルは1ヶ月や1年では完成しない。たとえ工程表があっても、予測通りには進まないのが常だ。新しい治療を試みるには、予期せぬ不幸が起こる事もありうる。そのような困難なプロセスを評価せず、結果だけで評価していては、絶対に壁など乗り越えられるはずがない。治癒困難な病気を治す、それにはたゆまぬ努力が必要だが、それを評価し、支援を続ける体制が不可欠だ。

期待の膨らんだT細胞療法だが、がんと闘うには、まだ、道のりは長い。現実を見つめ、課題を克服するための戦略が不可欠だ。この論文では、先駆者のひとりであるロゼンバーグ博士が、それをまとめていた。これまでに行われたキメラ抗体療法での大きな課題のひとつは、がん細胞に対する特異性である。特に、これらの治療法では、標的とする分子が正常細胞でも発現している場合、その臓器や組織で強烈な免疫反応が起こり、致死的な事態に発展することになる。乳がんの治療に利用されているハーセプチン(抗体医薬)の標的分子であるHER(ERBB2)は、心臓や肺などでも低いレベルであるが、作られている。ハーセプチンでも時として心臓での副作用が認められるが、利益が不利益を大きく上回るので、治療薬として有意義である。しかし、T細胞療法では、短時間に患者さんの死をもたらした。抗体療法では容認できる副作用でも、これらの遺伝子操作細胞療法では桁違いに強い有害な免疫反応が一気に起こるのである。

したがって、正常細胞では全く発現していない抗原分子を利用する重要性を強調していた。そうなると、がん細胞で起こっている遺伝子異常を利用するしかない。がん特異的な分子は、遺伝暗号がひとつだけ置き換わり、アミノ酸が変わることによって起きる場合が最も多い。次いで、染色体転座(染色体がちぎれて、つながり、そこに新しい遺伝子が生ずる)がよく知られている。これ以外にも、塩基が抜け落ちたり、加わったりすることで、その部分以降に正常細胞にはない、新たなペプチドが作られる可能性がある。

今から、20年以上前に、私の研究室が大腸がんで見つかったAPC遺伝子の異常を報告した後、オックスフォード大学のグループから、この新規に作られたペプチドを利用した免疫療法の共同研究が提案された。正常にはない、大腸がんでだけ作られるペプチドをもとに免疫療法を一緒に開発しないかという、願ってもない共同研究だった。私が免疫療法に興味を持ったのはこの時である。しかし、塩基の挿入や欠失(入り込んだり、欠落したりする)のあるmRNA(たんぱく質を作る情報を担っているRNA)は、どうも細胞の中で壊されて、たんぱく質が作られないのだ。残念ながら、そこで頓挫してしまった。20年前の話なので、今の感度の高い方法だと検出可能かもしれない。

変異したp53タンパクは安定化するので、これも免疫療法のいい標的かもしれない。と考えながら、しっかりと前向きに歩んでいれば、それを公正に評価し、何十年も支援を受け続けることのできる欧米の文化が羨ましくもあり、それができない日本が悲しくもある。

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