シカゴで迎える4回目の元旦

新年明けましておめでとうございます。

 

シカゴで4回目の元旦を迎えた。通算すると、米国で迎える9回目のお正月だ。あと3か月するとシカゴ滞在5年目に突入する。時の流れは、益々加速しているようだ。しかし、日本はがん新薬開発競争では、取り残されたままだ。米国内での制度や新薬開発に臨む社会の姿勢を眺めて、日本がその気になれば、勝てないはずがないと思うようになってきた。

 

当然ながら、ここまで引き離された原因はある。ラグビーのワールドカップで、これまでまったく太刀打ちができなかった日本が、世界とほぼ互角に戦い、南アフリカを下した。単純に日々の努力を積み重ねただけではなく、根底に勝つための戦略がしっかりとできていたからだと思う。医療競争には、この戦略が欠落している。

 

がん新薬開発競争に勝つためには、まず、欧米でできていたが、日本ではできていなかったことをしっかりと把握する必要がある。複数の敗因を、このブログでも書き綴ってきたが、10分の1の資金で、10分の1の成果を求めるのは、ナンセンスだ。勝つか、負けるかの勝負をしているのに、10分の1の勝利はありえない。日本医療研究開発機構の取り組みを見ても、この単純な壁を乗り越えられないでいる。再生医療の国のすべてを賭けるのなら、それもよし。ただし、生命科学予算のすべてを投入するくらいの覚悟がないと、この機構が目に見える成果を上げるのは厳しい。来年度のがん研究予算など、砂漠に水を撒くようなものだ。私なら、「こんな生殺しの予算なら、ゼロにして、あなたたちが責任を取れ」と啖呵を切るだろう。死因の3分の1となっている病気の研究にこの冷遇はないだろう。

 

「坂の上の雲」に描かれていたような、植民地化されないための大きな戦略が必要だ。がんの医薬品に関しては、日本は欧米の属国化状態だ。これに留まらず、21世紀の画期的な新薬開発に、日本は完全な傍観者だ。また、画期的な医薬品開発の背景には、基礎研究に基づいたしっかりとした科学的基盤があったのだが、それに対する理解も欠けている。明治維新から日清・日露戦争の勝利までの40年間弱を振り返ると、国として生きるための重点の置き方が定まっていた。それに比して、民主的という名の悪平等主義が、日本という国を根幹から腐らせてしまったように感じてならない。

 

土台が腐ってしまった建築物は、修理修繕を重ねても、先は見えている。政権がしっかりしている今しか、思い切った手を打てない。左に傾いたメディアの攻撃は続くだろうが、国民はそんなメディアの愚を理解している。新年を米国で迎えつつ、医療分野での大改革を期待したい。私にとっても人生の最後の勝負に出る年になるだろう。

 

2016年初日の出

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