3ストライクでアウト?

今週号の「New England Journal of Medicine」にジョンスホプキンス大学のVogelstein  教授が「The Path to Cancer — Three Strikes and You’re Out」という表題でコメントしていた。この論文は30年前に、多段階発癌を提唱した、同じの雑誌の論文(下図)の内容から始まる。1988年に、がんで起こっている染色体の欠失をもとに、大腸の腺腫が大腸がんへと進展する過程を染色体レベルで解析した論文だ。私もDNAマーカーを提供したことで、この論文に名を連ねている。

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今回の論文は、今欧米で起こっているいろいろな動きに、少し警鐘を鳴らした内容であり、興味深い。これまでに22,000のがんの全エキソンが解析されており、3百万の遺伝子変異(体細胞変異)が報告されている。がん1検体当たり、平均140の変異が起こっていることになる。そして、人の20,000種類の遺伝子のうち、約200種類の遺伝子が何らかの形でがん化に関わっていると推測されている。

これらの変異はDriver(ドライバー・運転手)変異とPassenger(パッセンジャー・乗客)変異に区別される。Driver変異とは、遺伝子異常ががん化に直接かかわっている遺伝子の変異であり、Passenger変異とは、たまたま、がん化した細胞にすでに起こっていた、あるいは、がん化の後に起こったががん化には関係していない遺伝子変異のことである。(1回に細胞分裂で数個の遺伝子変異が起きる) 

Vogelstein教授は、多くのがんのゲノム解析した結果、結局3つの遺伝子が壊れればがん化に十分であると、報告している。その論文を読んだが、数式が複雑で私にはついていけないが、結論を読むと3遺伝子の異常(3ストライク)でアウト(がんができる)とのことだ。がん化のプロセスを「Breakthrough」(勃興)「Expansion」(拡大)「Invasion」(浸潤)の3段階に分けでおり、大腸がんの場合、勃興期にはAPC(やその関連分子)、拡大期にはKRAS、浸潤期にはp53などが重要な分子だと定義している。

 この場合、遺伝子は3つだが、一般的にはがん抑制遺伝子(APCやp53)は、両親から受け継いだ2個の遺伝子が両方、故障しなければならない(two-hit説)。がん遺伝子であるKRASは変異によって一方が活性化されればいい。したがって、必要な遺伝子変異数はAPC(2)+KRAS(1)+p53(2)で、5つとなる。少し複雑だが、同じKRASでも、膵臓がんでは、その役割はことなり、この遺伝子変異は勃興期に関わる。 

大きな視点で、これまでのがん細胞の遺伝子異常情報を捉えて、3つの重要な提言をしている。

1.大きくなったがんや転移したがんなどを含め、がんの異質性(元のがんと、転移したがんなどでは遺伝子変異が異なって、がんの性質が異なってきていること)を問題視しているが、重要な3つ段階に関わる遺伝子変異は、転移したがんにも共通に存在しており、これらを標的とした薬剤を利用すればよい。議論が細かいことに拡散し過ぎていると私も思う。がんの進化論など、薬剤の耐性機構以外のことは、臨床的な意味は限定的だ。まさに、「木を見て森を見ず」になっている。

 2.臓器に関わらず、遺伝子変異をもとにした臨床試験が組まれているが、同じ遺伝子異常でも、それぞれのがんでは役割が異なるので、注意が必要だ。たとえば、変異BRAF分子を標的とした薬剤はメラノーマでは非常に有効だが、同じ変異を持つ大腸がんにはほとんど効かない。これらを配慮した視点が必要だ?

3.勃興期、拡大期、浸潤期へと進むには数十年単位の時間経過がある(遺伝子変異の確率は同じでも、重要な遺伝子に起こるかどうかは偶然なので(私は必ずしもこれを普遍化することには賛成できないが)、もっと早期発見・早期治療することに注力すべきではないのか? 

この早期発見や予防に力点を置くことは、賛成だ。重症化してから、数か月の延命のために年間千万円単位の医療費を使うことが合理的とは思えない。再発も、リキッドバイオプシーなどで超早期に発見して、治療すれば、もっと効果的。効率的だろう。がんと命を落とさないための方策を考えなければならない。

 

この論文で残念なことは、パッセンジャー変異を無視している点だ。パッセンジャー変異であっても、転移巣に共通していて、そしてアミノ酸が変化したペプチドに免疫原性が高ければ、ネオアンチゲン療法などの新しい治療法への展開につながる。また、遺伝子変異の結果として、共通に活性化されている分子の存在とそれを標的とした治療薬を重要視していない点も指摘しておきたい。

30年の時の流れを振り返り、がんの理解が進み、治療が大きく変わってきた。彼の論文を読んで懐かしく思うと共に、がん治療の発展に対する日本の貢献度の低さが寂しくもある。

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