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戦略なき日本;患者由来のマウス移植腫瘍を利用した抗がん剤の選択

10月19日に「Nature Medicine」誌からオンラインで「High-throughput screening using patient-derived tumor xenografts to predict clinical trial drug response」という論文が発表された。患者さんから採取した(patient-derived)腫瘍(xenografts)をマウスに植えつけて、それらを利用して抗がん剤の効き目をあらかじめ調べ(predict clinical trial drug response)、より効果の期待できる薬剤を投与する「Precision Medicine」の一環ともいえる。

 ノバルティス社が中心となって発表された論文であるが、1000を越える患者由来の移植腫瘍が樹立されている。この研究には「ノバルティス中国」も参画している。日本の国内にあった欧米製薬企業の研究所は、ほぼ全面的に閉鎖されて、中国やシンガポールに移転したが、この分野での日本の空洞化は目も当てられないくらい酷い状況だ。明らかに、日本は世界の孤児になりつつある。この論文はそれを象徴している。

研究内容そのものは、特段革新的ではない。論文では、マウスに移植可能だったがんの遺伝子異常のパターンと、データベースに登録されている同じ種類のがんの遺伝子異常のパターンが類似している。がんの細胞株の遺伝子異常パターンは、これら二つと少し異なるので、マウスに移植されたがんの方が、細胞株よりも、患者さんの体内にあるがんをより正確に反映していると紹介されていた。これも、当たり前のように思う。

また、このマウスモデルで検証した薬剤の応答性が実際の臨床データと相関が高かったと述べられていた。多くの情報を利用して、より効率的に、より安全に(このマウスモデルでは、患者さんへの安全性は検証できないが)、薬剤を投与することができれば、患者さんのQOLの観点からきわめて重要だ。他の病気でもそうだが、特に、がんの場合は、効かない治療を受け続けている間にがんが進行して(そして副作用で苦しめば)、次の手が打てない悪い状況に陥ることが少なくない。効かない薬を投与するのは、医療費の観点からは、全くの無駄である。1ヶ月の薬剤費が数十万円から、百万円を越えるものまで高額になっている抗がん剤を無駄に浪費するよりは、マウスであらかじめ検証して、効く可能性の高いものを投与するのが、いろいろな意味で良いに決まっている。

患者個体とマウスでは、免疫系の状態が全く異なるし、マウスで生育する腫瘍は何らかの選択が起こっているので、必ずしも人のがん患者の状況を正確に映し出しているとは思えないが、何も調べないで投与するよりは、患者さんにとってのメリットは大きいと考える。日本でも、このような研究に体系的に取り組むべきだと考える。

しかし、日本でこの種の研究をするのは、極めて難しいと思う。理由は簡単で、多くの人が「お山の大将」になりたいからである。1ヶ所で効率的にやればいいものを、みんなが、自分の大学で、自分の研究室で、同じようなことをやりたがる体質を変えない限り、日本は変わらない。DNAのシークエンスでもそうだが、1ヶ所、あるいは、数ヶ所に集中して行えば、データの質の維持の観点から有利だし、予算的に考えても格段に効率的だ。新型DNAシークエンサーも日本に200台以上あるようだが、大半はほとんど稼動していない。総計100億円以上もかかっているのに、もったいない話だが、行き過ぎた平等主義の結果だと思う。イギリスではサンガーセンターに、米国ではMITなど複数のセンターに集中して、大きな成功を収めている。これらから学ぶことがないのだろうか?このままでは、また、補正予算で多くの無駄が生み出されるのだろう。行政改革の一環として、DNAシークエンサーの利用頻度、生み出されたデータなど調査すれば、無駄がはっきりとあぶりだされるだろう。

また、日本医療開発研究機構は研究計画を公募すると耳にしたが、あきれて物が言えない。みんな平等で、公募で研究課題を募るといえば、耳障りは良いかもしれないが、それではこれまでを踏襲するだけで、医療分野で起きている問題を解決することにはならない。国としての責任放棄だ。そんなことを期待して、この組織を作ったのではないはずだ。歪んだ平等主義を打ち破り、もっと取捨選択していかねば、日本は生き残れない。

公募主義が本当ならば、何のためにこの組織を作ったのか、理解不能である。医療分野で、世界に追いつき、追い越すための組織を作ったのであるから、ゴールにたどり着くための戦略を組み立て、必要なことを、自らの責任でトップダウンで実行しない限り、ただの絵に描いた餅である。これまでのような形で研究費を配りたければ、各省庁に任せておけばいいではないか。本当におかしな国になったものだ。

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