白い巨塔;財前五郎と里見脩二

10月に日本癌学会・日本人類遺伝学会に参加したANA往復便の機中で、「白い巨塔」シリーズ全10話を見たというか、思わず見てしまった。1便に1話だともどかしいが、全部を一度に見ることができるのも問題だ。私の自制心のなさが悪いのだが、そんな環境下だと、ついつい連続して見てしまい、睡眠時間が短くなってしまった。特に行きの便は講演会のスライドの準備があったので、寝不足になり、普段よりも時差ぼけがひどくなってしまった。反省しなければ!

「白い巨塔」の単行本は、私が中学生のときに発刊され、その内容やその後、田宮二郎の演じた財前五郎の印象が強く残っている。どこから読んでも、大阪大学がモデルだが、私はその大阪大学の医学部を目指した。そして、私が大阪大学の第二外科に入局したときの教授が、神前五郎先生であった(「神」が「財」と一字異なるだけなので、神前先生はモデルと誤解を受けてお気の毒だった)。神前教授が、里見脩二のような学究肌の先生であったことは以前にも紹介した。そして、もっと重要なのが、私が研究の道に進む人生を決定付けた恩師であることだ。60歳を過ぎた大先生が、30歳前後の私を通して、最新の分子遺伝学の知識を学ぼうとしていた姿勢には今でも頭が下がる。

医学部を目指していた頃や医師になった頃は、里見のような医師に対するあこがれが強かったことを覚えている。患者さんに真摯に向き合うという観点では、それは今でも変わらない。しかし、私も歳を取って、挫折を味わった影響かもしれないが、里見のような生き方、潔さが、医師の生き方として絶対的に正しいとは純粋に思えなくなった。

目の前の患者さんひとりひとりに真摯に接することは重要だが、それだけでは、がん診療の現場で抱えている問題を解決し、多くの患者に自分の理想とする医療を提供できる体制が実現できるわけではない。大学病院などでは、プロトコールが尽き果てると、関連病院に患者さんを紹介して(悪く言うと、突き放して)、患者さんと縁を切る。

里見のような立場では、自分の目の前の患者さんさえ救うことが難しいのだ。日々、患者さんからの問い合わせに対して、何もできない自分に歯がゆい思いをしている今、多くのがん患者さんに希望を与えるためには、個々の医師の純粋さだけで、大きな課題を解決するには限界があると痛感している。同じ思いを共有する人たちの巨大なネットワークが不可欠だ。

そして、財前に対してだが、初めて本を読んで、田宮二郎が演じる「白い巨塔」を見たときには、財前のような医師は許せないと思っていた。しかし、今回、改めて「白い巨塔」を10話続けて見たが、財前五郎に対する印象は、若い頃とはかなり変わっている。古い「白い巨塔」のストーリーと唐沢寿明演じる「白い巨塔」のストーリーが若干異なっているのかもしれないが、自分の考える医療を実現するためには、それなりの立場が必要なのだ。権限がなければ、何も変えることができないのは厳然たる事実だ。

どこか部署の長になることは、自分の理想を実現するために不可欠だと思う。大きな権限であれ、小さな権限であれ、少なくとも自分の持っている権限内では、最大限自分の考えを実行するだけの手を打つことができる。今回見たシリーズは、財前が教授になるところまでだが、理想の実現のためには、力を持つ立場を目指すことは当然と思えるようになってきた。ただし、続「白い巨塔」にあるような診断ミス、患者軽視はいただけない。また、西田敏行演じる財前又一は名演技かもしれないが、その下品さは何とも言いようがない。大阪で生まれた人間として、あのコテコテの浪速人は少し恥ずかしい。

そして、今の日本の大学を眺めると、自分の利益のためではなく、患者さんのため、若手医師・研究者のため、日本の将来のために行動している教授がどの程度いるのか、はなはだ疑問だ。教授になることそのものが目的化してしまって、理念のかけらもないような人たちが増えてきたように思えてならない。教授になること自体が、人生の目的達成なのだ。暇を持て余した三流教授が、学内政治に走ると、組織はあっという間に緩んだふんどしの様に崩壊する。その意味では、「白い巨塔」の教授選に関わったような人物も少なくない。また、トップに立った途端に人間性が豹変する人も決して少なくはない。

どの分野でもそうだが、今の日本にこそ、上を見て、こんなトップになりたいと思うような崇高な理念を持った人材が不可欠だ。若者が目指すべき目標があってこそ、若者が活気付き、努力できるのではないか。ヒラメ人間のような上司や長を眺めて、純粋な若者が勇気づけられるはずがない。最近の日本の企業の不祥事を聞くたびに、日本全体の綻びが表面化しているように思えてならない。人材育成こそ、今の日本の最大の課題ではないのか?

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