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国立がん研究センター講演会―10+アルファ

医療(一般)

(これは講演内容を大幅に加筆・修正し、国立がん研究センターの若手に対しての提言にとどまらず、日本の若手医師、研究者に向けた私のメッセージとしたものです)

 

国立がん研究センターと言っても、残念ながら、世界での認知度はほとんどありません。研究所を眺めても外国人研究者はほとんどいません。米国の大学や研究機関には、多くの国から人が集まっていますし、私の小さな研究室でも10か国の研究者が集まっています。日本に住むためには、言語というハードルがあることを差し引いても、国立がん研究センター研究所に外国人を引き付ける魅力がないことを示しています。医学分野における人材の交流は、長期的な国家戦略の観点でも重要ですので、ゆゆしき問題であると思います。 

外国人、特に東南アジアや中東・アフリカなどから人材を受け入れるような体制作りと国の支援が十分でないことも事実ですが、まずは、外から見て魅力的な研究成果が不可欠です。その意味では、議論の余地なく、失格です。現状のように、国内の患者さんから見て期待が持てない、国内外の研究者から見て、誇りも魅力も感じないセンターでは、国立の研究センターとしては寂しいものがあります。

現状を打破して、世界に誇るセンターにするには、戦略的な取り組みは当然ですが、それを実行するための予算的な支援が絶対的に必要です。もし、国が医療を日本活性化の大きな柱と考えているなら、そして、センターとしてその中心的な役割を果たしたいなら。もっと知恵も絞らなければなりません。たとえば、がん患者さんに希望を与えるセンターにするため、病床の少なくとも半分を臨床試験に充当する形にするのも一案です。もちろん、臨床試験をするための新規薬剤の供給が必要であり、そのための国内外の製薬企業との連携は不可欠です。これは、センターが全体として本気で取り組めば、製薬企業は集まってくるにちがいありません。 

そして、第1相・第2相治験審査を、国立がん研究センター内で実施できるような体制の強化が必要です。それを担うだけの科学的見識と良識を持った人材が十分いるのかどうかは疑問ですが、そのような人材を育成するのも責務だと思います。そして、これを実行するには、医療特区の活用がいいのではと思います(国にそれを認めさせるための成果・実績が求められますが、「鶏が先か卵が先か」という議論になるので、とにかく、このような制度の必要性を訴えるしかありません)。当然、臨床試験を混合診療として実施できるようになれば、一気に弾みがつくでしょう。この場合、(もちろん無駄は省くが)、センターの採算などにこだわっていては進みません。 

世界と競争するために必要なものは、国の将来への投資として理解してもらわねばなりません。現在のような一般病院に求めるような採算重視策では、とてもではないが最先端の高度な医療や十分な治験体制を構築できるはずがありません。「赤字を出しても、長期的には国に貢献できる」、それを主張し、実行することが必要です。もし、世界と競争する気概がないなら、研究所などなくして、国立東京がん病院に看板を掛けかえればいいと思います。また、国として、センターをどのような位置づけと考え、何を期待するのかを明白にした上で、どのような予算措置をするのか考えなければ、今のままではジリ貧で方向性が全く見えてきません。もちろん、私は、世界に「日の丸」を誇るセンターとして生まれ変わって欲しいと思います。 

国民が医療に求めているものとして、がん治療は、再生医療よりもはるかに需要は大きいと思います。国民10人のうち、5.5人が生きている間にがんに罹患し、3人に一人ががんで亡くなっている。この状況下で、がんの新薬開発を含めたがん対策が十分でないことは、国の政策としておかしいと思います。数年前に、国の会議で、「なぜ、がんが特別なのか」と言った委員がいましたが、こんな庶民感覚からずれた発想で国策を論じてもらっては困ると思いました。これだけ生涯罹患率が高く、罹患すると半分が亡くなる病気を特別視して当然です。がん難民の問題だけでなく、がん予防、抗がん剤治療後の2次がん、高齢者のがん治療、がんサバイバー対策、がんの高額医療費対策など、必要なことを数え上げればいくらでもあります。 

そして、もうひとつ大切などが、インフォームドコンセントの簡素化ではないかと思います。限られた人員、時間の中で、医療従事者は疲弊しています。医師や医療従事者に十分な勉強をしてもらい、常に最先端の知識で診療に従事してもらうためには、彼らの負担軽減が不可欠です。患者さんへの説明には、ビデオやコンピューターの活用が求められます。多くの患者さんに共通な部分は、できる限り、これらのツールで患者や家族に説明をして、特別な部分、患者さんに固有の治療法やリスクに追加説明し、追加質問を受けるなどの対応をしてはどうかと考えます。しかし、それを考慮しても、さらなる人員増は必要だと思います。将来への投資です。

また、人工知能などを利用した、膨大な情報からの有用情報の抽出や治療法選択のアルゴリズムの開発などをすれば、知的財産にもつながるし、医療従事者の負担軽減や医療ミスの回避などにもつながるはずです。どうも、日本の議論を眺めるとミクロな観点で議論をして細かく修正するたびに、全体の綻びが大きくなってきているように思えてなりません。医療費削減を第1義的に議論するのも間違っています。国民は、医療費の負担増と医療の質の確保と、どちらを優先的に望むのでしょうか?これは、がんに限らず、日本全体の医療にあり方についても言えますが、マクロな観点で全体像を把握し、それに立脚して個別の問題点解決に当たらなければ、今のアプローチはあまりにも非効率です。

シカゴに来て、3年7カ月が経ちました。どうして米国で可能で、日本で不可能なのか、ずっと思いめぐらせてきました。私は、最大の理由は、戦略の立て方に加え、それを実行するための体制作りだと思います。いろいろな考え方があって対立していても、国歌が流れる中で、星条旗を見つめると、みんな真剣で国を想う気持ちで統一されます。がん研究・診療の場で言えば、がん患者さんのために、心を一つにする、日本にはそれがないのではないでしょうか?きれいごとを言っていても、最後は自分のちっぽけな利権・権限に固執する。そんな自己利益誘導の人たちが闊歩する世の中でいいのでしょうか?若者がそんな姿を見て、どう思うのか、もっと真剣に考えてみるべきでしょう。私は、30代・40代の世代から、「織田信長が現れ、日本のために、天下を統一する」ことを心から願っています。

と、このブログを書いている間に、「あと1-2年は生きたいのです」と希望を求めたメールが日本から届きました。「お役に立てず、申し訳ありません」と返事を送るしかない自分がもどかしい。提供しようと思えば、希望を提供できる手立てはあるのだが、それができない自分が悔しい。何とかしなければ!

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