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国立がん研究センター講演会ー8

医療(一般)

それでは、続いて分子標的治療薬に関するお話をしたいと思います。最初に、紹介するのはMELK分子の阻害剤です。MELK分子は、乳がんで非常に高いレベルで発現している分子として、われわれが2007年に報告したものです。乳がん組織や乳がん細胞株で、発現が高く、正常組織では発現されていません。また、右の上で示すように、乳がん細胞の核で強く染まっています。がん細胞の一部でしか発現していないので、薬の標的分子としてベストかどうかわかりませんでしたが、発現量が非常に高いし、がん特異的でしたので、とりあえず、これを対象として薬の開発をオンコセラピー・サイエンス社で進めました。

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 われわれが報告した後、複数のグループから、乳がんの幹細胞の維持にMELKが重要であること、あるいは、グリオブラストーマの幹細胞維持にも、この分子が重要であることが報告されました。そこで、われわれもMELK遺伝子を乳がん細胞に導入したところ乳がん細胞が大きなMammosphere(丸い塊)を形成することがわかりました。さらに、右下にあるように、このMELKの導入によって幹細胞の一つの特徴であるOct3/4が誘導されることがわかりました。これもMELKが幹細胞に重要なことを示しています。

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数年にわたる長い話を短くすると、この分子に対する低分子化合物OTS167の開発に成功しました。興味深いことに、この薬剤は培養皿に接着したがん細胞よりも、浮遊しているスフェアのがん細胞(おそらく、がん幹細胞)に対して、より高い腫瘍抑制効果を示すことがわかりました。したがって、この化合物は、世界初のがん幹細胞治療薬になる可能性が高いと考えています。f:id:ynakamurachicago:20151026051319j:plain

乳がん以外の細胞でも調べたところ、図にあるように肺がんや前立腺がん細胞に対しても非常に腫瘍抑制効果が高いことがわかりました。このMELKを発現していない膀胱癌細胞株に対してはあまり効果がありませんでしたので、阻害剤がMELKを標的として働いていることがわかります。

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次の図は、動物実験のデータを示したものです。人の肺がん細胞株A549をマウスに移植して、静脈注射による治療効果を調べました。緑、黄色、ピンクと量が増えるに従って、腫瘍増殖抑制効果が強くなっており、体重減少もなく、副作用もほとんど認められませんでした。

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さらに、これを経口で投与したところ、注射と同様の非常に強い増殖抑制効果が認められ、経口治療薬としての利用を視野に入れて、現在臨床試験を進めています。臨床試験は2年前からシカゴ大学ですでに開始されております。

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このような形で、がん患者に希望の光を提供しようと、研究を続けておりましたが、一年半前に思いがけない事態が生じ、心が大きく傷ついてしまいました。私が受けた心の傷は、患者さんや家族が受けた傷よりもずっとずっと小さかったのでしょうが、それでも、しばらく立ち直れないくらい堪えました。 

一人の乳がん患者さんが、私には全くコンタクトがないままに、シカゴ大学の外来と連絡をとりあい、このMELK阻害剤の治験を受けるべく、娘さんと一緒にシカゴに来られたのです。外来を受診されたところ、治験にエントリーできる基準を満たしていないと告げられ、必死の思いで私の連絡先を探し、電話をしてこられました。

既にシカゴに来られて月単位でマンションを借りておられるとのことでしたので、急いでマンションに駆け付け、お話しを伺うことにしました。お話しをお伺いして、何とかしてあげたいと思い、私の友人の教授に翌日診療してもらうことにしました。その結果、やはり基準をみたしておらず、治験にはエントリーできないという結論に至りました。治験を受けるために必要な治療を受けている間に、シカゴから帰れなくなるリスクが高いとの判断で、日本への帰国を勧めたと私に説明しました。医師として客観的で冷静な判断でしょうが、薬剤の開発に携わり、その薬に希望を託してシカゴまで来られた患者さんに何もできない自分が情けなかったです。 

診療後、私のオフィスに訪ねてこられ、親子そろって私の目の前で、涙を流されました。もちろん私には、かけるべき言葉が見つかりませんでした。お二人がタクシーに乗りこまれる姿が涙で霞んではっきりと見えなかったことを今でも忘れることができません。この患者さんは1か月少しした後で亡くなられたということをご主人と娘さんから連絡をいただきました。患者さんに希望を与えるつもりが、絶望の淵に叩き落したようで、本当に悔しいし、無念です。

ちなみに、この患者さんを紹介した病院は、国立がん研究センター東病院です。紙切れ一枚で、無責任に、海外に患者さんを送りだしたことに対して、私は今でも憤りを覚えます。マニュアルが尽きれば患者を見捨てる、国立がん研究センターの「マニュアルに基づく医療」の問題点が凝縮されていると思います。がんという病気にではなく、もっと人間としてがん患者さん医向き合ってほしいものです。そして、がん患者さんに、新しい希望を提供できるセンターに生まれ変われることを願ってやみません。

と、ちょっと患者さんのことを思い出して、胸がつまってしまいましたが、次の分子標的治療薬の話に移りたいと思います。

(続く)

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