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国立がん研究センター講演会-5

続いて、副作用の話をします。図は、スチーブンス・ジョンソン症候群と呼ばれる薬疹の一種です。一見すると、重篤な火傷のように見えますが、薬剤のアレルギーによって皮膚や粘膜が攻撃を受け、このような症状を示しています。このような重篤な薬疹は、以前は、特異体質だから仕方がない、原因もわからないと言われてきましたが、これらの原因や薬疹の仕組みがわかってきたのです。

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日本の統計を見ると5年間で500件以上報告されています。そのうち3分の1は致命的であり、3分の1が後遺症を残し、3分の1は後遺症がなく回復します。これらの原因となる薬剤をみると、風邪薬に含まれている成分など、皆さんと決して無縁ではありません。

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例えば、カルバマゼピンというでんかん治療薬を、HLA-B*1502を持つ人に投与すると、ほぼ100%の確率で、薬疹が発症することが台湾のグループから10年ほど前に報告されました。東南アジアや中国でもこの関係は確認されています。

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日本では、この白血球の型(HLA)を持つ人は非常に少ないのですが、われわれはHLA-A*3101を持つ患者にこの薬を投与すると、同様に非常に高い確率で薬疹が発症することを見つけました。

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なぜ薬疹が起こるのかを簡単に図で説明します。薬剤が体の中に入ってきます。特定の薬剤は、HLA分子あるいは、HLA分子に結合しているペプチドと特異的に強く結合します。その特異的に結合した分子をわれわれの免疫システムは、敵が入ってきたと認識して、誤作動を始めます。さー、大変だ!敵をやっつけるぞ!とこのHLA-薬剤複合体を敵と認識するリンパ球は増殖を始め、そのリンパ球が皮膚や粘膜の細胞に攻撃をしかけるのです。その結果、図に示すような薬疹が現れてきます。

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この副作用は、薬の投与を打ち切っても、増悪するという特徴を持っています。最近は、この遺伝子の違いを解析できる機会を開発し、遺伝子情報を元にリスクの高い患者さんには、これらの薬剤を投与しないシステムが構築されています。まさに、私が20年前に提唱したオーダーメイド医療が行われているわけです。

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このようなことを考えながら研究を続けて、これまでに1400報近い論文を発表しました。また、Cancer Science やCancer Researchの編集長や副編集長を務めてきました。多くの方からはそれを評価していただいていますが、私の心はずっと満たされないままでしたし、いまでも満たされていません。

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その理由は複数あります。一つの理由は、次の日記で示される患者さんとの思い出です。この日記は私が堺市民病院で外科医として勤務しているときに、主治医として携わっていた患者さんが残されたものです。患者さんが亡くなられた後、どのような思いで私に送られたのかわかりませんが、家族がこの患者さんの闘病中の日記を私に送ってくださいました。当時はがんの告知をしていなかったのですが、この患者さんにはがん、しかも進行がんで治癒の可能性がないことを告知して治療にあたっていました。患者さんと私の人間関係も良くて、私は十分なサポートをこの患者さんにしてあげられたと思っていました。

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しかし、日記には「死」に対する恐怖、日々の不安がつづられていました。整然と書かれていた日記の文字が、亡くなる少し前には乱雑になっています。この図の右には、私は「明日の風が吹くことがわかるかどうか」という文言が綴られており、自分の死を悟っていた様子が読み取れます。おそらく、私の前では平然を装っていたのでしょうが、未熟な私にはそれがわかりませんでした。患者さんが主治医に気を遣っていたことに気づかなかった自分が恥ずかしくもありました。

 

しかし、この日記を通して患者さんに生きる希望を与えることの必要性を強く感じました。希望なく日々を過ごすのと、希望を持って生きるのでは、その人の人生の質は大きく変わるはずです。

 

このセンターこそ、患者さんに希望を与えるミッションを持っているはずですが、現実は絶望を生み出しています。臨床試験のプロトコールを書けるようになれば、一人前の臨床腫瘍医になったと勘違いしないでください。プロトコールなど、特別なものでない限り、キーワードを入力すれば、コンピューターが簡単にやってくれます。また、プロトコールが尽きれば、患者さんを簡単に突き放す、それで国立センターとしての責任を果たしているのか、是非考えていただきたいと思います。希望を与えてこそ、税金で支えられている責任を果たせるのではないでしょうか?

(続く)

(一部、実際の講演会とは異なるデータを利用しています)