読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

国立がん研究センター講演会-4

薬を使う場合、全員に有効であって、誰にも副作用がでない、そのような薬など、ありえません。遺伝的多様性による薬剤の代謝・分解や運搬の違い、そして、それぞれの患者さんの状況の多様性のため、同じ種類で同じ量の薬を服用・注射しても、効いたり効かなかったり、副作用に苦しんだりするなど、大きな違いが生まれてきます。

 

次の図は、薬剤を用いた場合の患者さんの応答性を、4つのグループに分類したものです。効果があって全く副作用のないグループ、効果もないが副作用もないグループ、効果がなくて副作用に苦しむグループ、そして効果があるか副作用もあるグループ、の4つに単純に区別できます。

 

f:id:ynakamurachicago:20151023001830j:plain

効果や副作用が、あらかじめわかれば、薬の利用をより安全に効果的に行うことができます。効果があり副作用がない人には、もちろん投与します。効果がない二つのグループには投与する意味がない、と常識的に判断されます。

 

f:id:ynakamurachicago:20151023001835j:plain

では、効果があるが副作用もある人はどうすればよいのでしょう。それは、効果と副作用のバランスと疾患の種類によって違ってきます。効果が副作用よりも、はるかに優れている場合には、当然投与すべきですし、副作用が効果よりも強い場合には、当然回避すべきです。ただし、病気の性質や重篤度によって、この効果と副作用の比の線をどこに引くのかは異なります。そして、代わりの薬があるかどうかも、重要な決め手の一つとなります。

 

f:id:ynakamurachicago:20151023001839j:plain

このような薬剤の使い分け研究をさらに進めるために取り組んだのが、国際ハップマッププロジェクトです。図はその国際会議を東京大学の医科学研究所で開催した際の集合写真です。真ん中にいるのが私と全体のプロジェクトリーダーのフランシス・コリンズです。彼が、現在、米国NIHの所長をされていることは、皆さんご存知のことと思います。

 

f:id:ynakamurachicago:20151023001843j:plain

2年間の国際協力によって、この図にあるようにネイチャーに論文を公表いたしました。この論文では、アフリカ人、白人、アジア人の3人種について100万か所の遺伝子多型をデータ化しました。これらの情報を元に、全ゲノム相関解析による易罹患性遺伝子(病気のリスク遺伝子)や薬剤応答遺伝子の解析が一気に進みました。

f:id:ynakamurachicago:20151023002101j:plain

ここで、患者さんに役に立った遺伝子多型解析データを一つ紹介します。乳がん患者の治療に使われるタモキシフェンとCYP2D6という遺伝子の多型との関係を示した成果です。この研究の中心的な役割を果たしたのはこの場にいる前仏均先生です。

f:id:ynakamurachicago:20151023002144j:plain

みなさんご存じのように、女性ホルモンであるエストロジェンがエストロジェン受容体と結合すると乳がん細胞の増殖が刺激されます。タモキシフェンは、このエストロジェンとエストロジェン受容体の結合を阻害して、細胞の増殖を抑えます。ただし、多くの人が知らないのは、タモキシフェンそのものは薬としての効果がほとんどない、という点です。

f:id:ynakamurachicago:20151023002212j:plain

 

 

f:id:ynakamurachicago:20151023002233j:plain

f:id:ynakamurachicago:20151023002352j:plain

図に示すように、タモキシフェンは我々の肝臓の中でエンドキシフェンという物質に作り替えられます。このエンドキシフェンが薬としての効果を発揮する物質であり、これを作り出すのに重要な役割を果たしているのはCYP2D6という酵素です。この酵素の働きが弱ければ患者さんは、薬として働く物質が作れず、タモキシフェンの効果が期待できません。日本人の約20%は遺伝子多型の影響でこの酵素の働きが弱く、薬として働く物質を作ることができません。

 

f:id:ynakamurachicago:20151023002433j:plain

 

f:id:ynakamurachicago:20151023002456j:plain

次の図は、CYP2D6の遺伝子多型を示したものです。以前は、異常型は日本人には少ないと考えられていましたが、CYP2D6*10という遺伝子多型が見つかり、それが日本人には非常に頻度が高いことがわかりました。そこで、我々はCYP2D6の遺伝子多型が乳癌の再発率に影響すると考え、遺伝子の違いとタモキシフェン治療を受けた乳がん患者の再発率を比較しました。

f:id:ynakamurachicago:20151023002515j:plain

図にあるように、CYP2D6の働きが悪いと再発率が非常に高くなっていることがわかります。従って、このような患者さんには、タモキシフェンに代わる薬剤を投与すべきであると考えています。しかし、世界的にみると我々のデータを支持するグループと相反する結果を報告するグループがあり、2年前には議論が沸騰しました。

 

f:id:ynakamurachicago:20151023002533j:plain

遺伝子多型が関係すると報告したグループの結果をまとめると、多くの研究では血液から取り出したDNAを利用しています。また、患者全員、あるいは大半がタモキシフェン単独治療を受けており、また、CYP2D6*5をきっちりと調べています。この*5はDNAの細かく分解していて質が悪いと検出できません。

f:id:ynakamurachicago:20151023002650j:plain

一方、タモキシフェンの効果とCYP2D6多型に関係がないと言っているグループのデータをみると、多くはがんの組織を使っており、ほとんどが化学療法や放射線療法と併用であり、CYP2D6*5も調べていません。中には、わざわざがん細胞のDNAを利用した非常識な研究もありました。これなど論外であり、このような論文を出版する雑誌の見識が問われます。

f:id:ynakamurachicago:20151023002718j:plain

研究をするには、それに適した患者集団を対象に、研究に適した材料と、しっかりとした科学的な解析をしなければ、白が黒になってしまいます。今、目の前にこの材料しかないので、それを用いて、とりあえず予算の範囲内で研究する、という非科学的な理由で、重要なこと、必須用件を避けていては、正しい結果は生まれません。この論争は、今後の科学的な研究を考える上で非常に示唆に富むものです。これらの点に十分に注意を払って、研究を進めてください。

(続く)