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国立がん研究センター講演会―3

これらDNA多型マーカーを利用して、ジョンスホプキンス大学のVogelsteinらと、大腸がんの多段階発癌を証明することもできました。図に示すように大腸の粘膜細胞でAPC遺伝子の異常(不活性化)がおこると、ポリープ、すなわち、腺腫ができます。そして、それらにさらに、K-ras遺伝子の活性化が起こるとポリープが大きくなります。さらに、p53遺伝子の不活性化が加わると良性腫瘍が悪性腫瘍へと変化します。

 

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そして、他の遺伝子の異常が加わると癌がさらに悪性化し、増殖の速い、転移しやすいがんとなります。これらの遺伝子が明らかになり、これらを治療に応用しようと考え、まずp53遺伝子を利用してがん細胞にアポトーシスを誘導することを試みました。次の図にあるように、アデノウイルスを利用してp53遺伝子をがん細胞に導入すると、アポトーシスが起こり、細胞は死にます。

 

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細胞レベルやマウスレベルでがんをたたくことができましたが、全身のがんにこれらのウイルスを届けることが難しく、断念しました。一部でも殺すと、免疫が活性化されて、予後が改善された可能性がありますが、治療への応用には至りませんでした。しかし、p53の下流遺伝子には細胞の増殖を司る大事な遺伝子がたくさんあると考え、それらの遺伝子の単離を試みました。

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そのプロジェクトの中心的な役割を果たしたのが、この場に座っている荒川博文先生です。p53遺伝子はさまざまな刺激・ストレスで活性化され、がん細胞ができるのを防ぎます。アポトーシスを誘導したり、細胞周期をとめたり、DNAの修復に重要な遺伝子を活性化します。血管新生を抑える遺伝子も制御しています。図で緑色で示しているのが、我々の研究室で発見したものです。ネイチャーやセルなどの雑誌に報告してきました。すべてを説明する時間もありませんので、ここで話は変わり、なぜ抗がん剤の効果が患者ごとに異なるのか、なぜ一部の患者で非常に重篤な副作用がでるのかについて、お話を紹介します。

 

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私は医者になった当時から、なぜ、という疑問を持ちつつ、患者さんの治療にあたってきました。その実例を示すのが、私が最初に学会で報告した次の図にあるデータです。今から約30年前に大阪の府立病院の救急医療診療科で勤務していたときに、まとめたものです。

 

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今の私では想像できないかもしれませんけれども、一年間に10人お腹を刺された患者さんの診療にあたりました。全員、開腹手術を行いましたが、多くでは内臓損傷があり、開腹手術の意味があったのですが、中には全く内臓に損傷がなく、開腹しただけで、終わった患者さんがいました。そこで、開腹する必要がある人、必要がない人を識別するためのスコアリングシステムができないものかと思い作ったのが、この数値アルゴリズムです。数年分のカルテを調べて検討しました。

 

(1)自分で刺したのか、他人に刺されたのか、(2)刺された部位がどこか、(3)使われた凶器の種類、(4)傷の長さ、(5)一か所だけ刺されたのか二か所以上か、によって点数化したところ、約85%の精度で開腹の必要性が診断できました。

 

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患者さんを目の前にして、常に自分がベストの治療をしているのかどうかを考えて診療・研究に取り組んでいただきたいと思います。これが、その一例だと思っています。決して唐突にオーダーメイド医療を考えたわけではありません。そして、遺伝子の研究を進めているうちに、遺伝子情報を利用した個別化医療、オーダーメイド医療が可能になると考え、1996年に「遺伝子で診断する」という本を書きました。遺伝子情報、ゲノム情報を利用して、薬の使い分けができる時代が来ると予測しました。f:id:ynakamurachicago:20151022051823j:plain

少し早く言い過ぎたのかもわかりませんが、当時は変人扱いされましたが、20年後の今、それは現実となっています。

(続く)