国立がん研究センター講演会ー1

本日は、お招きいただきましてありがとうございます。シカゴ大学の中村祐輔です。講演タイトルは刺激的ですが、がん研究センターに喧嘩を売りに来たわけではなくて、若手の人たちに、私が考えるがん研究に対する心構えを、お伝えしたいと思ってまいりました。

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当然ながら、私がどのような研究をしてきたかをお話ししますけれども、それに加え、それぞれの研究に取り組んできた背景のようなものを紹介させていただきます。何故にその研究を行おうと思ったのかを中心に私の人生を、皆さんに、特に若手の方に、知っていただければと思い、ここにやってまいりました。

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先ほど、紹介していただきましたが、私の研究の原点は腫瘍外科医として働いていた時にあります。研究をしながら病院でアルバイトしていた時期も含めると、7年間外科医として臨床に携わってまいりました。そのときに、本当にたくさんのことをがん患者さんから学びました。そして、がん患者さんと接しながら感じた疑問、問題点を解決しようとして、今日に至っています。私の研究の出発点はがん患者ですし、研究のゴールもがん患者です。研究の成果を患者さんに戻したいと願いつつ、35年以上にわたって、研究を続けてきました。このスライドの真ん中にいるのが、28歳の時の私です。このスライドでは、生意気にも第一術者の位置にいますが、大腸がん、胃がん、乳がんの手術に携わっていました。

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がんの臨床医として、患者さんに接し、さまざまな疑問を感じました。最も率直な疑問が、何故正常細胞ががん化するのかです。これを理解することなくして、がん患者さんに貢献できないと思ったのです。

それから、あっという間に、がんが全身に広がって亡くなる患者さんもおられるし、もうこの人は長くないと思っても数年にわたって、がんと共存して生きられる患者さんもおられます。いったい、この個人個人の違いは、何によって生まれるのか。今は、がん細胞に起こっている変化だけではなくて、患者さんの免疫状態が非常に重要と考えられています。その時は、あまりそのようなことを考えませんでしたが、何が個々の患者さんのがんの進行の速さを決めるのか、その背景を知りたいと思いました。

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当時、使える薬は限られていました。ほとんどの患者さんには無効でしたが、まれに驚くほど効く人がいました。一体、効く人効かない人、効くがんと効かないがんでは何が違うのか、それを知りたいと思いました。臨床の現場にいながら、大きな個人差を目の当たりにして、できればその背景を解き明かしたいと思ったのです。

そして、多くの患者さんが副作用で苦しまれます。その中に、苦しみ方が中途半端でない人がいるわけです。あっという間に白血球が千をきるような値になる人がいました。その一方で、結構平気で過ごされる患者さんもいました。同じ量を投与しているのに、この違いはどこから生まれるのか。これらの疑問を解き明かそうとして、遺伝子研究の道に入り、そしてそれがゲノム研究として発展しているのです。

 

私は、「この研究をやれば予算が獲得し易そうだ」というような不純な動機で研究をやったことは一度もありません。あくまでも、臨床医時代に感じた疑問を解き明かしたいと研究に取り組んできました。研究解析技術の進展に伴って、できる範囲は次第に広がりましたが、自分のやりたいこと、患者さんに貢献することを常に意識して、研究を続けて今日に至っています。 

最近、若い人だけではなくて、中堅どころの研究者でも、この研究をすれば、予算が獲得できそうだとの発想で、研究対象を変えられる人が少なからずいます。しかし、医学研究をやる以上、自分の信念に基づいて、患者さんが求めているもの、あるいは、我々が患者さんに何ができるのかを考えながら、研究をして欲しいと思います。

今は、先ほどお示しした疑問に対して、いろいろな角度でアプローチができます。しかし、当時、どうしてがんができるのかということを解き明かすために、私は、ユタ大学に留学しました。そこで、遺伝性のがんの研究に取り組んだわけです。何故、遺伝性のがんに興味をもったか、引き寄せられたか?いくつか理由がありますが、27歳の時に、27歳の胃がんの患者さんに死の宣告をしたことが、大きな理由の一つです。同じ年齢のがん患者の死を宣告することに、何とも表現のしようのない苦悩・悲しみがありました。

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 当時は、がんを告知する時代では無かったですから、「あなたは潰瘍です」と伝えていました。当然ながら、患者さんは日々悪くなっていきます。何となく阿吽の呼吸で、本人もわかっているし、私も言えない、そんな状況の中で毎日病室を訪ねていました。しかし、ある日突然、患者さんが泣き叫んで、「私のお腹の中の塊をとってください」と言いました。もちろん、当時でも、今でもそうですけれども、進行したがんに対して何もできるはずがありません。わかっていながらも、何もできない自分に対する悔しさが残りました。そして、何故、こんな若い人にがんができるのかという疑問が湧きおこりました。それが、遺伝性のがんを研究して、解き明かしたいという動機につながったのです。

もう一人、強く印象に残っている患者さんは、二人の幼い子を残して亡くなられた大腸がん患者です。亡くなられた時に、奥さんが泣いている傍らで、小さい子供が無邪気に走り回っている、それでも、自分はこの患者さんに死を宣告しなければならない。どうして、こんな若い患者さんが小さな子供を残して死んでいくのか?

これらの若い患者さんの死をきっかけに、色々調べているうちに、遺伝性のがんを報告した論文を見つけました。その一つが、このリンチ症候群、あるいは、非ポリポーシス性の遺伝性大腸がんと呼ばれている病気です。そのスライドで、黒く塗りつぶされているのが、全てがんの患者さんです。 

親が遺伝性がん患者だと、子供は50%の確率でがんにかかります。このリンチ症候群の原因はDNAを修復する遺伝子の異常であることがわかっています。大腸がんや子宮体がんが生じやすいこと、そして世代を経るごとに若くして発症する傾向があり、このスライドの右下の患者さんは23歳の時に大腸がんと診断されています。

このような遺伝性疾患の原因を解明するには、大きな家系の協力が必要であり、それを可能としている環境を求めて、ユタ大学に留学しました。ユタ大学のあるユタ州ソルトレークシティーはモルモン教の本山があり、教徒は医学研究に非常に協力的です。

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この地で、下図にある家族性大腸腺腫症の原因を見つけるべく、長く果てしない旅を始めました。この病気は優性遺伝性の疾患で、親が病気であれば子供の二人に一人は同じ病気になり、若い場合には10歳代でポリープが生じ始め、放置するとポリープの数は数千にもなり、大腸がんが100%の確率で発生します。

 

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