残念、ラグビーW杯!!!

ラグビーワールドカップで日本は3勝1敗ながら、決勝に進めなかった。私の出身校である天王寺高校では、体育の多くをラグビーに費やしていたので、ラグビーには親近感がある。ワールドカップ史上、3勝して決勝に進めなかったのは初めてと聞くと余計に残念だ。しかし、日本チームの大健闘を称えたい。

 

京都大学に入学した同窓生が、ラグビー部員に限らず、それ以外の人も、アメリカンフットボール部に勧誘されたと聞いたことがある。橋下市長の出身校である北野高校と天王寺高校は、全国大会に出場したこともある。もちろん、何十年も前の話だが。今回の日本チームのメンバーは、猛特訓を受けたようだ。ニュースでは、厳しいトレーニングによって、体脂肪が5%減り、筋量が20%増加したと伝えていたが、努力は嘘をつかないのだ。「努力」という言葉は、一時代前のカビの生えたような言葉になってしまったが、「努力」、「勤勉」が敗戦後の奇跡的な復興をもたらしたことを忘れてはならない。

 

しかし、この日本の大飛躍を成し遂げたコーチは、南アフリカのグラブのコーチに招聘されて日本を離れるという。2019年のワールドカップは日本で開催されるというのに、何故、コーチを留めることができなかったのか?シンクロナイズスイミングの井村コーチも日本を離れ(追い出され)、中国で指導者となって中国を世界と競争できるまで、引き上げた。その成果によって、再び日本に呼び戻された。厳しい指導者をしっかりと評価しないと、「部下にいい顔をしたくて甘やかす」指導者が増えては、日本の未来はない。部下に甘い上に、自分にはもっと甘い、そんな連中が徒党を組むとろくでもない。

 

厳しい指導をパワハラと呼び、感情的に糾弾する人たちがたくさんいるが、成功するためには努力は不可欠だ。努力する貴さを教えようとしても、それをパワハラもどきのように言われてはたまったものではない。スポーツの世界にせよ、科学の世界にせよ、国際的な競争を勝ち抜くためには、「たゆまぬ努力」は絶対に必要だ。人はどうしても辛く、苦しいことは回避したくなる。そんな時に指導者は、時には優しく、時には厳しく、努力を継続することの重要さを教えねばならない。もちろん、努力をしても報われないことがあるが、努力がなければ絶対に成功はない。成果を大いに評価するのは当然だが、努力したこと自体をしっかりと評価するのが大切だと思う。私はラグビー日本の活躍を見ていて、改めてそう思った。

 

と考えている時に、先週の日本癌学会の場で耳にした、「大阪成人病センターの研究所がなくなるかもしれない」という現場の嘆きを思い出した。ラグビー、北野高校、橋下市長、維新というキーワードで思い出したのだ。どうも「維新」の予算削減策の一環として、研究所不要論が出てきたそうだ(伝聞なので、間違っているかもしれないが、関係者がそのように言っていた)。これが事実なら残念だ。

 

私は大阪活性化のためには、医療関連産業の振興が不可欠だと信じてやまない。日本国内の大学で、最大、かつ、強固な病院ネットワークを有するのが大阪大学の強みだ。ネットワークというのは、紙に書くのは簡単だが、実体を作り上げるのは容易ではない。そのネットワークが、医局制度の名残りで、大阪には残されているのだ。これを利用すれば、世界に例のない医学研究・新たな医療システムが構築できるはずだ。しかし、それには基礎研究を継続支援していくことも含めた制度設計が絶対的な要件だ。

 

私は、医学は実学であり、応用がなければ意味がないと主張し続けてきたが、応用することができるような基礎研究の成果がなければ、何も生まれるはずがない。これまで日本では医療に還元するような大きな成果を挙げることができなかった反省や問題点を踏まえて、将来のビジョンを再構築しなければ、税金の無駄使いという誹りを受け続けても仕方がないのも事実だ。研究者自身も、国という親鳥がひな鳥に餌を与え続けてくれるという甘い考えではなく、国や地方公共団体に依存しない、大きな動きをしていくことも必要だと思う。

 

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