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的外れな「医療費膨張を防ぐための医学部定員削減」議論

今、NIHの近くにあるホテルにいる。明日、NIHでセミナーをするためにやってきた。5月にシカゴ・オヘア空港でいったん乗った飛行機を整備不良で降ろされた、いわくつきのセミナーのやり直しである。今回はトラブルなく定刻より早くワシントンの空港に到着した。今朝のシカゴの気温は急激に下がり10度程度であった。1週間前の最高気温は35度近かったので、真夏から冬へと一気に季節が進んだ感があった。そして、その道中で、日本のネットニュースを見て心も寒くなった。

 

日本経済新聞に「医学部の定員削減、政府検討 医療費膨張防ぐ」という見出しの記事があった。これは余りにも暴論だ。これではまるで、医師が医療費を無駄使いしているから、医療費が増えているような言い草だ。どこからこのような短絡的な発想が出てくるのか、不思議でならない。私も医師の端くれだし(まだ、私の医師免許は有効だと信じている)、ひょっとして日本で医師して働く可能性も無きにしもあらず、なので、この見出しには腹が立った。

 

日本の医療費のGDPに占める割合は、OECD加盟国の中位に位置する。日本の高齢化率、均てん化された医療供給体制、高額な高度医療機器の整備などを考慮すれば、このGDPに占める割合の低さは驚嘆に値するのである。医師だけでなく、看護師、介護師など、医療関係の従事者の置かれている環境は厳しい。かつてと比べて、医療従事者に求められる仕事量は増大しているし、加速度的に進展している医療技術、生み出される膨大な新規医学情報に追い付く努力も大変なものだ。

 

日本のように高齢化社会になればなるほど、医療の需要は高まることはこのブログでも何度か触れたが、歳を取れば取るほどガタが来るのだから当然だ。私も、昔のケガの影響か、左の頸部から肩にかけての痛みが強くなってきたし、右ひざが痛むようになってきた。頸部の痛みは大みそか転落事件の後遺症だと思う。

 

右ひざの痛みは、中学時代にスキーで大骨折したことと、ユタ大学時代のソフトボールの試合での負傷のどちらか、あるいは両者の複合的な原因だと思う。ユタ大学では各研究室にソフトボールチームがあり、リーグ対抗戦をしていた。私は、まだ体も細身で動きがよかったので、ショートを守っていた。今なら2-3メートル横にボールが飛んできても追いつきそうにないが、当時は俊足だった(と自己評価している)。

 

2塁ベース近くに飛んできたボールを取り、セカンドベースを踏んで、1塁に投げた。ランナーは止まってくれると期待していたのが間違いだった。巨体のランナーは止まらず(止まれず、と言った方が正しい)、そのまま私に突進してきた。そして、右ひざを思いっきり捻じってしまったのである。もちろん痛かったが、直後は車を運転して帰ることはできた。しかし、翌朝、膝がパンパンに腫れて痛くて曲がらない。右ひざの血腫だ。器用に左足だけで運転して大学に通った。終日、膝を冷やしていたが、全く効果なく、帰宅時に注射器と針を持って帰り、自分で膝に針を突きさして貯まっていた血液を吸い出した。100cc以上貯まっていたのを今でも鮮明に覚えている。1か月間で、関節内の液を3度程度抜いたが痛みは少し残った。この後遺症の可能性が大だと思う。

 

と、全く話がそれてしまったが、歳を取ると、大半の人には多かれ、少なかれ、体のどこかにガタが来るのだ。したがって、高齢化社会、高額な医療機器、高額な新規治療法などの医療の進歩や社会環境の変化に対する科学的な考察もなく、医師が医療費を無駄に使って、医療費を押し上げているような議論はおかしい。

 

そもそも、日本には高齢化社会や医療技術の進歩などを見据えて、20年後、50年後の医療供給体制をどのようにすべきなのかと言う青写真が全くない。世界最高レベルで、健康を守る、命を守るために、医療をどうすべきなのか、根源的なところから議論することができない。そして、もし、医療費を賄うために税負担が更に必要ならば、国民に問いかければいいのだ。「医療の質を維持するには、XX%の消費税アップが必要です。これができなければ、医療の質の低下を招きます。どちらを選択しますか?」と。食料品でも、レストランでも、衣料品でも、質のいいものに対しては、経費がかかることをわれわれは常識的に見につけている。質のいい医療を求めながら、お金はかけたくない考えること自体がおかしいのではないのか?

 

医療費を抑えるためを第一義的な目標として医師の数を制限するなど、国としてあってはならないと思う。医療の現場はすでにブラック企業と呼ばれていいくらい過度な負担が押し付けられている。目先の銭勘定ではなく、もっと医療をどうすべきか、という根源的で崇高な理念に基づいて国家戦略を描き、そこから医療費の議論を始めるべきではないのか?この新聞の見出しのような理不尽な議論に、医師は立ち上がるべきだ。

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