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アルツハイマー病は感染する?

今日のNature誌に「Evidence for human transmission of amyloid-b pathology and cerebral amyloid angiopathy」というタイトルの論文が発表され、「Alzheimer’s fear in hormone patients」とコメントされていた。アルツハイマー病患者の脳には、ベータ・アミロイドと呼ばれるタンパク質の沈着が特徴的である。論文には、このベータ・アミロイドの異常が人から人にうつる可能性が指摘されていた。後者のコメントの標題は、30年以上前にホルモン療法を受けていた患者さんが、アルツハイマー病のリスクが高まる可能性を表現したものであるが、少し不安を煽るようで週刊誌的過ぎる表現だ(Natureは週刊誌なので適切な言い方ではないが)。

 

論文では、クロイツフェルト・ヤコブ病(海綿状脳症、牛に発症すると狂牛病と呼ばれる)患者の脳を調べていた過程で偶発的に見つかった知見をもとに展開されている。1985年以前には、成長ホルモン低下によって起こる病気に対して、脳の下垂体と呼ばれる臓器から抽出した(取り出した)成長ホルモンが治療に利用されていた(それ以降は遺伝子組み換えによって作られたものが利用されている)。ホルモンを取り出す過程で混入していた「プリオン」によって、クロイツフェルト・ヤコブ病が発症した患者8名の内、4名の脳にアルツハイマー病特有のベータ・アミロイドの沈着があったことから、ベータ・アミロイドの蓄積が人から人へとうつる可能性を指摘したのである。

 

「プリオン」といっても、あまりなじみがないかもしれないが、Prusiner遺伝子を持たない、人から人へ、あるいは、動物から人へ感染する病原体のことである。感染症を引き起こす原因である細菌・ウイルス・真菌などは、DNA・RNAのいずれかの核酸、あるいは両方を有するが、プリオンは核酸を持たない感染病原体である。Prusiner博士が1982年に核酸を持たないプリオンがクロイツフェルト・ヤコブ病の原因であることを報告した際には、大半の研究者は信じなかった。しかし、その後、この報告を支持する研究成果が報告され、1997年にPrusiner博士はこの常識を覆す発見によってノーベル医学生理学賞を受賞している。

 

「プリオン」は正常な人にも存在するが、正常プリオン蛋白と異常(変異)プリオン蛋白は形が異なっている。正常タイプは細胞内で分解を受けるが、異常タイプは分解を受けにくい上に、多数のプリオンが集まって団子状になって塊を作り、それによって脳を破壊していくと考えられている。この異常プリオンが含まれている食肉を食べたり、医療用として利用された(プリオンが感染した)硬膜(脳を包んでいる膜)などによって、感染が引き起こされたと考えられている。ごく一部の異常プリオンが体に入っても大丈夫そうなのだが、この悪玉プリオンは、無害のプリオンの形に変化させ、自分の仲間を増やしていくらしい。「朱に交われば赤くなる」ではないが、ごく一部の赤が大多数の白に交わって、次々と白を赤にしつつ、赤い大きな塊を作っていくのである。といっても、病気を起こすには数十年の歳月がかかる。

 

と話はそれたが、おそらく1985年以前に受けた成長ホルモンに混入したプリオンによってクロイツフェルト・ヤコブ病に感染したと考えられる患者の脳に、アルツハイマー病に特徴的な変化があったため、ベータ・アミロイドにもプリオンに似た作用―仲間を増やして塊を作り神経細胞を壊していく作用―のある可能性を示唆したのである。この変化は、感染した食肉を食べて起こったような他の原因があるとされるクロイツフェルト・ヤコブ病患者などには見られなかったことが、ベータ・アミロイドがプリオンのように人から人に伝わる説の根拠となったようだ。

 

これまでにもサルやマウスを利用して同じような説が報告されている。異常プリオンがベータ・アミロイド蛋白に変化を起こした可能性もあるが、プリオンとベータ・アミロイドが同じ場所に存在しないことから、それは否定的である。一般的にタンパク質はホルマリン処理や熱処理によって変性してその働きを失うが、異常プリオンとベータ・アミロイドはこれらの処理には強いことが知られているのも根拠のひとつだ。

 

ベータ・アミロイドの小さな塊が、ホルモンに含まれていて、それがプリオンと同じように、アミロイドを歳月をかけて変化させていった仮説だが、30年以上前に利用されたホルモン治療薬にベータ・アミロイドの小さな塊が混入していたという証明はされていない。また、アルツハイマー病が輸血などによって伝達されることは、これまでの研究では否定されている。

 

この仮説が本当ならば、日常医療への影響は大きいが、STAP細胞と違って、確認するのも、否定するのも大変な作業が必要である。医学研究は時として不安を煽ることになってしまうが、8名中4名で認められた異常が、今後、医学・医療にどのように影響するのか、注視が必要だ。

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